その人は、穴に飛びこむ。

 「「えっ?」」


 ちょっと待ってください、ルシア先生。

 わたしとジーナは、ダンジョン初心者です。

 そんなに急がなくてもいいのではないでしょうか。

 そんな顔でルシア先生をみたが、


 「この階層は、コボルドていどの魔物しかいないの。それも、たいていは数体ぐらいの集団が襲ってくるくらいで、あんな大群がむかってくることなんてほとんどないわ。

  あれを二人(と、一刀)であっさり殲滅せんめつできちゃうんだから、これ以上、この階層でもたもたしてても、時間の無駄。

  さ、行くわよ」


 ルシア先生は言い切った。


 「はあ……」


 わたしたちが今いる場所は、この前、アンデッドと戦った洞窟のような、岩肌がむきだしの空間だった。壁には、いくつもの通路と思しき穴が開いている。

 天井は高い。


 「ダンジョンて、こんなふうなんだ……」


 ジーナがみまわしながらいった。


 「この階層はね。つまり、この階層は、おそらくコボルドの巣穴を模して構成されているわけね」


 ルシア先生が、ずんずん進みながら解説した。


 「だから、通路がいりくんで掘られていて、思いもよらないところからコボルドが飛び出したりするの」


 そういうそばから、一体のコボルドが頭上に出現し、刀をかざしてルシア先生にとびかかった。

 岩陰に隠し扉があったようだ。


 「まあ、こんなふうにね」


 ルシア先生は言って、飛び出したコボルドを、無造作にフレイルで打ち払った。


  ギャッ!


 フレイルの先端にある刺のついた可動部がコボルドの頭部を直撃し、コボルドは一声叫んで倒れ、動かなくなった。


 「そこだけは注意かな」


 まったく、問題にしていない。

 ルシア先生は本来、魔法中心に戦う、大魔導師のはずなんですが……。


 「最短距離で、次の階におりましょう」


 そういいながら進むルシア先生に、また一匹コボルドが襲い掛かり、フレイルに粉砕された。


 「うーん、めんどうね。ユウさん、ちょっと手伝っていただいてもいいかしら?」

 「ええ、いいですよ」

 「一気に、第二層への降り口までいきたいの。わたしが指示するので、重力をそちらにむけて傾けてくださる?」

 「はい、いつでもできます」

 「いい、ライラ、ジーナ。この通路の先に降り口があるわ。いまから、わたしたちは、この穴にとびこむの。わたしが先頭をいくから、あなたたちはついてきてね」

 「「?」」


 何をいわれているのか、よくわからない。


 「風と水の精霊のもと回転する顎が現前する、氷刃!」


 ルシア先生は魔法を詠唱する。

 先生のフレイルの端、石突の下の空間で、呼び出された氷の刃がぐるぐると回転をはじめた。


 「さあ、ユウさん、お願い」

 「はーい」


 ユウが応えると同時に、わたしたちの世界がぐるりと90度まわり、さっきまで立っていた地面が側面の壁となり、目の前にある通路が下になり、わたしたちのからだは一気にその穴に落ちていく。


 「「ひゃあああああ!」」


 ルシア先生はフレイルを構え、氷の刃を先頭に回転させながら、穴を落ちていく。

 わたしとジーナも落ちていく。

 見上げると、ユウもついてくる。


 「ユウさん、次の角を右へ」

 「了解」


 曲がり角でルシア先生が方向を指示、それに従って、ユウが重力の向きをかえる。

 わたしたちにとっての下方向も、90度いきなり回転する。


 「「ひいいいいいい!」」


 この状態での、わたしたちの実感は、高いところから飛び降りて、延々と続く深い穴を、ふりまわされながら、どんどん落下していくようなものなのだ。


  ガリザリガリ!

  ギャギャギャギャ!


 飛び出してきたり、たまたまその場所に出くわした運の悪いコボルドが、ルシア先生の氷刃に切り刻まれ、粉々になって、通り過ぎていく。

 霧のようにとびちり、わたしとジーナのからだに降り注ぐのは、コボルドの血肉である。


 「うひゃああ、気持ち悪いよう」


 ジーナがうめく。


 「うーむ、こりゃあ、まるでみたいなもんだな」


 とユウが頭の上でつぶやいたが、例によってなんのことかはわからない。


 「そこを左」

 「次は右」

 「そこは、上方向で」

 「そこは……」


 ルシア先生の指示が続き


  ザリザリザリ!

  ギャギャギャギャ!


 コボルドと、ほかのもはや何だかよくわからない魔物が、つぎつぎと粉々になり、


 「はい、到着―」


 ルシア先生の陽気な声。


 二階層への降り口に到着したときには、わたしとジーナは、全身魔物の血まみれで、めまぐるしい方向転換にふらふらとなり、まともに立てない状態になっていたのだった。

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