その人は、ダンジョンを探索する。

 もう、めちゃくちゃです。

 なにがめちゃくちゃといって、ジーナとルシア先生です。

 ジーナは、まあ仕方ないとしても。わかってたことですから。

 でも、ルシア先生はどうなんでしょうか……。

 まあ、ダンジョンでなにがあったか、聞いてください。




 転移魔法によって、ダンジョン前に出現したわたしたちに、この場所を管理するギルド職員(もと冒険者)が腰をぬかしそうになっていた。


 「て、転移魔法……?!」

 「俺、初めて見たよ……」


 ルシア先生は、動揺する職員のもとに、すたすたと歩み寄り、


 「パーティ『雷の女帝のしもべ』です。いまから、四名で、ダンジョンに入るのでよろしく」


 そういって、ギルドカードを提示した。


 「こ、これは……」


 カードをみた職員は固まった。


 「このカード、等級が『レジェンド』だ……!」



 ダンジョンは、森の奥にあった。

 森の奥まった場所が、かなりの面積に、円形に整地され、境界線には土塁が作られている。

 土塁の内側に、柱状の巨石が、環状に配置されている。

 中央部には、三つの巨石で構成された門のような構造物が、縦に並ぶ。

 この構造がつくられたのは、はるか昔のことらしく、そそり立つ石の柱は、風雨に浸食されてでこぼこになり、苔むしている。

 ツタなどの森の植物も旺盛な生命力で、そこに絡みついていた。

 そして、地下のダンジョンからもれる魔力のせいなのか、森の中にもかかわらず、あたりは静謐さに包まれていた。


 「これは、つまり、だな……」


 ユウがつぶやくが、あいかわらず、意味が分からない。

 巨石によって作られた門の、最深部に、地下への入り口がある。

 深く続く、石の階段である。


 「では、いきましょう。ライラ、ジーナ、覚悟はいいわね」


 ルシア先生がいい、


 「「はいっ!」」


 わたしたちは気合をいれた。



 魔法の灯をともし、長く続く石造りの階段をおりていく。

 先頭はジーナ、次がルシア先生、つづいてわたし、そしてしんがりがユウである。

 ジーナは、イリニスティスを右手にもち、鼻をうごめかせて気配をさぐりながら、慎重に進んでいく。


 「まあ、この階段自体にはなにも出ないと思うけど、そうやって注意を緩めないのは、なかなかいいことね」


 ルシア先生がほめた。


 「先生、このダンジョンは、何層くらいまであるんですか?」


 聞いてみた。


 「24層までだったかな……。前にわたしが潜った時には」

 「ひとりで、踏破しちゃったんですね」

 「まあね。24層に、ダンジョンボスがいる広間があって、その下にはダンジョンコアがあったけど、それを破壊するとダンジョン自体が消滅してしまうので、もったいないなと思って、そこはそっとしておいたわ」

 「……もったいないんですか」

 「ダンジョンの存在も、この世界にとって、ちゃんと意味があるから」

 「レイスが出てきたのは、どのあたりか、見当がつきますか?」

 「そうね……以前は、少なくとも、20層よりは下だったと思うんだけど……」

 「まさか、あのレイスでも、ダンジョンボスではないんですか」

 「ちがうわね。ここのダンジョンの本来のボスは……」


 とルシア先生がいいかけたところで、


 「せ、せんせい」


 緊張した声で、ジーナがよびかけた。


 「階段はもうすぐ終わりで、その先は広い空間になっているようですが、周辺から魔物の気配がどんどん集まってきています……」

 「あら、それは楽しみね」


 ルシア先生は、にこりと笑った。


 「たくさんいます。多分、コボルドです。待ち構えています。このままだと、階段を降りきったとたんに、襲い掛かってくると思います」


 ジーナが様子をうかがって、報告する。

 コボルドは、犬頭の小鬼であり、刀や弓、槍などの武器を使う能力もある。

 単体での攻撃力はそう強くないが、集団で襲ってくる魔物である。

 たいていダンジョンの浅い階層に巣くっているため、軽く見られがちだが、大群に包囲されると、実力のない冒険者は嬲り殺しの目に合うから、侮れない。


 「そう……とりあえず、蹴散らしましょうか。

  ライラ、用意して。炎の宴ね」

 「は、はい」

 「階段の終点を中心に、半径20メイグくらいを焼いちゃって」

 「わかりました」

 「それでは、やりなさい」


 「炎の精霊の加護により地上のもの煙と滅せよ 炎熱の宴!」


 ルシア先生のくれた杖を構え、魔法を詠唱する。

 地獄の炎が爆発するように燃え上がり、


  ギァアアアアアー!!!


 コボルドの甲高い悲鳴とともに、その場の全てのものが業火に包まれた。

 炎がおさまったとき、そこには、半径20メイグの焼け野原ができていた。


  「ん? まだ、いるわね」


 炎の有効範囲外には、十数体のコボルドが、逃げもせず武器を構え、機会を窺っていた。


  「あれをみて逃げないとは、一階層の魔物にしては、なかなか、根性あるわね。よし、次は、ジーナ、行きなさい」

  「はいっ!」


 ジーナは、魔剣イリニスティスを掲げ、コボルドの群れに突撃する。


  「見よ獣人の武勲、ここにあり!」


  そう叫ぶ声は太く、それはジーナなのか、それともジーナに融合したイリニスティスなのか。


  「ライラ、援護の用意!」

  「はいっ!」


 しかし、そんな必要もなく、ジーナとイリニスティスは、あっという間にコボルドの群れをなで斬りにして殲滅した。十数体のコボルドはジーナの剣風になすすべもなく、倒れ伏した。


  「ジーナって、こんなにすごかったっけ……?」


 驚いたわたしが口に出すと、


  「まあ、ジーナはもともと身体能力はあるし、その上、魔剣が加わっているからねえ。

   気合が乗れば、こうなるねぇ」


 とユウがのんきな口調で答えた。


  「ふうううぅ!」


 ジーナが、興奮した息を吐きながら帰ってきた。


  「やったよ!!」


 そういう声はジーナで


  「足りぬ……これしきでは、まだ血が足りぬのだ……」


 とうめく声はイリニスティスだ。


  「ジーナ、だいじょうぶなの? しっかりそいつイリニスティス制御しときなさいよ?!」


 おもわず、声を出してしまう。

 イリニスティスに斬られそうになった、あの恐ろしさは忘れようがない。


  「うん、まあ、こんなものかな」


 ルシア先生が、フレイルを地面に突き立て、あたりを見回した。

 焼け焦げた大地、累々と転がっているコボルドの死骸。

 凄惨である。

 ルシア先生は、ひとつうなずくと、宣言した。


  「よし、この階は問題ない。こんなんじゃ、まったくあなたたちの練習にならないから、どんどん進むわよ」

  「「えっ?」」




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