ルシア先生が、その人の手を握った。
わたしとジーナは、それぞれの修行にはげんだ。
ギルドからの連絡は、なかなか来ない。
やはり、ダンジョンの壁が内側から破られるというのは大ごとなので、しかるべきところに連絡をしたり、調査に参加する顔ぶれの調整をしたり、資材を揃えたりと、いろいろ段取りをするのに手間取っているのだろうか。
そんなある日、ルシア先生が、朝早く、良く晴れた空を見上げて、
「さて、そろそろかしらね」
といった。
そして、しばらくすると
「ルシア様ぁー」
サバンさんが、息せきって、わたしたちの孤児院を訪れた。
(ついに、来たか!)
と、わたしとジーナは緊張に顔を見合わせたのだが、話は、ぜんぜん、わたしたちの予想のようには進まなかったのだ。
「ルシア様、どうされましたか。仰せのままに、急きょ時間を空けて参上しましたが……?」
サバンさんは、来るなり、けげんな顔でルシア先生に聞いた。
どうも、ギルドによる探索の準備がととのったのではなさそうだった。
「サバン、どうもありがとう。呼びつけてわるかったわね」
「とんでもありません、ルシア様のご指示とあれば、なにがあっても……」
「うむ」
ルシア先生は重々しくうなずく。
「それでは、サバン、あなたをみこんで、どうしてもお願いしたいことがあるの」
「はい! なんなりと」
「では、サバンあなたは、今日いちにち、わたしのかわりにこの孤児院の番をしなさい」
「へ?」
「ここで、こどもたちの世話をしてちょうだい」
サバンさんは口をぽかんと開けて、
「はい? 俺が孤児院の……? それで、ルシア様はどうされるのですか?」
「わたしは、ダンジョンに行ってきます」
「ええっ?」
「この、『雷の女帝のしもべ』たちと、今からダンジョンにでかけてくるわ」
「「「はあっ?」」」
サバンさんはもとより、わたしとジーナももちろん、驚いた。
「なにしろ、ライラもジーナも、ダンジョンにはまだ潜ったことがないから。
ちょっと経験をつませるわ。
修行の成果もみたいし」
「いや、ルシア様、それは……」
「だいじょうぶです。そんなに深いところにはいかないから。
それに、あなたは、このわたしの力を疑うとでも?」
「いえっ、めっそうもありません!!」
ルシア先生はにっこりして、
「ではいいわね。サバン、孤児院の留守番、よろしくね」
ルシア先生、やっぱり、なにかおかしくなっちゃった。
いきなり、こんなわがままなことを言い出す人ではなかったと思うんだけどな。
楽しそうではあるけど。
「さて、それで、と」
ルシア先生は、院長室にわたしたち「雷の女帝のしもべ」を集めて、言った。
わたしたちはおのおの、ダンジョンに向かうための身支度をして集まったのだ。
「ジーナには、このまえ契約したイリニスティスがあるから、いいとして……ライラは」
そういって、部屋のクローゼットを開け、
「これを持つといいかな……」
わたしに、ひとふりの杖を手渡した。
端に魔石がはめこまれた、ところどころが曲がっている赤褐色の木の杖だった。
「ちょっと、持ってみてね」
「あっ、なにか力を感じます。わたしと、杖の間に魔力が往復するようです」
「よさそうね。それはエルフの森のセイレイガシからつくったもので、魔法を使いやすくしてくれるわ。あなたは、これを使いましょう」
「はい、ありがとうございます、先生」
「それから、あとは、ユウさんね」
「ぼくもですか……」
「そうよ。あなたには武器は必要ないかもしれないけれど、まあ、念のために、なにかひとつくらい持っていてもいいでしょう?」
「あまり、そういう心得はないけれど……」
ユウはあまり気乗りしない様子だったが、そんなユウにかまわずルシア先生は、クローゼットのなかをかきまわし、
「たしか、このへんに…ああ、あった、あった」
そういって持ち出してきたのは、
「これは、クリスですね」
独特な、波打つ刀身をもった短刀である。
美しい装飾の赤いさやにおさめられていた。
黒い刃には、呪術的な価値のある紋様がきざまれている。
「そうです。これは、わたしの家系のものが、みな、ひとふりずつ持っているものです」
そんな大事なもののわりには、なんだか無造作にしまってあったような気もするが、たしかにその刀は格調高く、武器としての鋭さに、美しさも兼ね備え、エルフの至宝といってもいいような逸品に思える。
「ぼくが、これを持っていていいんですか?」
ルシア先生はうなずいた。
「持っていてください。そのクリスには、いろいろな能力がありますから、どこかで役に立つはずです」
「そうですか…では、ありがたく、身につけさせていただきます」
ユウはそう言って、クリスを腰に結びつけた。
「ねえ、それで、ルシア先生は、何を持つんですか?」
ジーナが聞いた。
ルシア先生は、
「わたしは、これよ」
といって、本棚の横に立てかけてあったものを、ひょいと掴んだ。
「それって……」
たしかに、以前からそこにあったのだが、ルシア先生があらためて構えるまで、まったく気にも留めなかった。
金属製の長い棒の先に、鎖でつないで可動性をもたせた、トゲのある短い棒がつけてある。
これで相手を殴りつけると、先の部分が遠心力で急速に叩きつけられ、より強い衝撃を与える。
いわゆるフレイルである。
「わたしの得物は、これなの」
そういって、石突で、床をどんと突いた。
鎖がじゃらんとなった。
なにか、おっかなかった。
ルシア先生、こんなものをふりまわすの?
わたしの知っているルシア先生は、どこにいってしまったのか。
でも、よく考えてみれば、これをふりまわしてた方の人が、もともとのルシア先生、いや大魔導師「麗しの雷の女帝」なのだ。
「では、みんな、いきましょうか」
そういうと、ルシア先生が、フレイルの石突で、部屋の床をさっとなぞった。
すると、そこには複雑な模様に輝く魔法陣が出現した。魔法陣の模様は、黄色と緑に光っている。
「これは……」
「時間ももったいないし、手っ取り早く、ダンジョンの入り口までは転移魔法で移動します」
転移魔法……ルシア先生、そんな大魔法まで使えたんだ。いったい現在、この地上で、何人の魔法使いが使えるのか、といえるぐらいの高度な魔法である。
さすが、伝説の大魔導師だ。
「さ、ライラはそこ、ジーナはそこに立って」
魔法陣上の位置を、ルシア先生が指定する。
わたしとジーナは、指示に従って、魔法陣の前半部分で光る小円の上に、並んで立つ。
「わたしは、ここ。ユウさんはここに」
ルシア先生は、魔法陣の後半部に位置し、ユウを自分の横に立たせると
「さあ、いきましょう」
そういって、自分の左手で、ユウの右手をぎゅっと握った。
わたしが、振り返ってそれをじっとみていると、先生はあわてて、
「手を繋ぐのは、ユウさんは、こうやって接触しないと、魔法の効力内に入らないからです。
他意はありません!」
そういうのだが、本当だろうか。
なんだか怪しい気もする。
他意がないなら、なぜ、あせって顔を赤くするのか。
疑問を感じずにはいられない。
「と、とにかく、いきますよ」
ルシア先生は転移魔法を詠唱する。
「土と風の精霊の舞踏により異なる光と影が成約する、転移!」
わたしたちのからだは、光の渦に包まれ、そして――跳んだ。
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