その人は、「牙」の残党と対峙する。

 悲鳴は、みんなの寝室からだ!

 わたしたちは、院長室をとびだし、いつもみんながいっしょに眠っている、大部屋に駆けつけた。

 そして、見たのものは——。



 無残に打ち破られた、窓。

 窓から侵入した、無骨な盗賊の黒い影。

 盗賊に抱えられて、しゃくり上げるように泣いているリン。

 リンの首には、凶悪に光るダガーの刃が突きつけられ。


 残りの子どもたちは、部屋の隅にかたまって震えている。


 「こら、リンを離しなさいよ!」


 ジーナが、子どもたちを守るように立ち、勇敢に叫んでいる。

 盗賊はそんなジーナを鼻で笑っていた。

 しょせん何もできないと、たかを括っているのだ。


 盗賊は、部屋に飛びこんだわたしたちに気づき、そして、わたしとユウの後ろに立つ院長先生をみて、ニヤリと卑しい笑いを浮かべた。


 「院長先生のお出ましか。噂通りの美人のエルフだな、さぞや高く売れるだろう」

 「ふざけるな!」


 ジーナが怒鳴るが、盗賊は動じない。


 「前情報通り、この孤児院には、女子どもしかいないな、お頭たちも、こんな金蔓かねづるを前にして、下手へたを打ったもんだ」

 「お前は、つまり、『牙』の一味なのかな?」


 ユウが、いつも通りの口調でそう聞くと、男は凶悪そうな顔で笑い、


 「ひひ、こぞう、よく分かったな。そうだよ、俺は『牙』だよ。

 その名を知っているなら、お前も大人しくしていた方がいいぞ。

 俺たち『牙』の評判は聞いているはずだ」

 「最初から、ここを狙っていたのですか?」


 ルシア先生も、静かな声できいた。


 「そうだ。なんの守りもなく、女子どもしかいない。しかも女は美人のエルフだ。

 みんな拐って、地下の奴隷市場に売れば、かんたんに大金を稼げる。

 お頭が眼をつけて、それからずっと情報を集めてきたんだ。

 エルフといえば、魔法が得意なのが定番だが、あんたが魔法を使えないことも、とっくに調べ済みだ」


 盗賊は得意気にいった。


 「準備万端にして、いよいよ全員で押し入るつもりだったが、さっき用を済ませて町から戻ってみると、お頭たちは、あっさりギルドに捕まっちまっていた。はっ、ざまあないな。みんな、かんたんな仕事だとおもって、油断しやがってよ」


 と吐き捨てた。


 (あ、こいつは、『牙』がほぼ壊滅したいきさつを、まだ知らないんだ……)


 わたしはそう気がついた。


 (こいつが、「こぞう」なんて呼んだユウが、どんなにとんでもない人なのか、まったく気づいてないんだ……)


 「だがな」


 と、盗賊は続けた。


 「こんなぼろ家に押し入って、お前たちをさらうのに、そもそも、そんな人数はいらないんだよ。俺一人でも十分ってことだ、こんな風にな」


 男は饒舌だった。


 「お頭が捕まったこれからは、俺が『牙』の顔になればいいんだよ。その手始めにな、おい」


 ルシア先生を、指先でひょいと指し招いた。


 「美人のエルフ先生、お前、こちらにこい」

 「……わたしが行けば、その子をはなしてくれますか?」

 「やっぱりエルフだな。こんな場合でもお高くとまってやがる」


 そして何か邪悪なことを思いついたように、ニヤリと笑い


 「いいだろう、お前がきたら、子どもは離してやる」

 「わかりました」

 「ルシア先生!」


 ジーナが叫ぶ。

 ルシア先生は、落ち着いた様子で、盗賊に歩みよった。


 「よおし、エルフを捕まえたぞ」


 盗賊は、空いた左腕で、ルシア先生の体を、がっしり抱えこんだ。


 「へへへ、さすがに、いい体をしてやがるぜ」


 そういって、貫頭衣の袖口から手をつっこみ、ルシア先生のかたちの良い胸を乱暴に掴んだ。


 「テメェ、このクズやろう!」


 ジーナが怒りに眼を釣り上げた。


 「……約束ですよ。子どもを、はなしてください」


 ルシア先生は、男の動作には、まったく動ぜずに言った。


 「おお、そうだったな、やくそくだったな。ほら、はなしてやるぜ」


 盗賊は、いやらしくルシア先生の首筋に顔を埋めながら、右手をゆるめ


 「そら、いけ」


 と、リンを前に押し出した。


 リンがおずおずと、わたしたちの方に歩きだす。


 「……う、うわーん!」


 そして、途中から、泣いて必死に駆け出した。


 「けけっ」


 盗賊が卑しく笑い、その右手をふるった。

 さっきまで突きつけていたダガーを、必死で走るリンに向かって、思い切り投げつけたのだ。

 残忍な期待がその顔に浮かんでいた。


 (こいつは、ほんとうに最低な人間だ)


 この男には初めから、リンを無傷で解放するつもりなどなかったのだ。

 無防備なリンの背に、グサリとダガーが突き立つ光景が頭に浮かんだ。


 しかし、そうはならなかった。


 パタン!


 リンが、急にバランスを崩して、床に転んだからだ。

 それは絶妙のタイミングだった。

 投じられたダガーは、倒れたリンの上をかすめるように通過し、壁に突き立った。

 盗賊は、がっかりした顔で、舌打ちをした。


「けっ、運のいいチビだ。都合よく、転びやがって」


 ああ、まったく分かってないね、こいつ。

 ユウはアンバランサーなんだよ。

 今のだって、ユウがやったに決まっているじゃん。

 そして、盗賊にはまだ、ことがあった。


 わたしたちが、さっきまで、院長室で何をしていたか。

 ルシア先生に、アンバランサー・ユウが何をしたのか。


 つまり、


 「さてと。そういうことで……わたしの大切な子どもたちに怖い思いをさせたあなたには、それなりの報いが必要ね」


 ルシア先生が、静かな微笑みを浮かべて、盗賊に告げた。


 微笑を浮かべるその目は、だけど、全く笑っていなくて、わたしは背中がぞくり、とした。


「ああ?」


 盗賊が、このエルフは、なにを世迷言をほざいているのかという顔でルシア先生を見る。


 ルシア先生は、そんな盗賊の肩にぽん、と手をのせると


 「神々の怒りよ天降あもり来れ、地獄の雷撃サンダーボルト


 ごく淡々と、あたりまえのように、ハイレベル魔法を詠唱した。


  バリバリバリバリバリ!!


 「ぎゃあああああああ?!」


 その瞬間、大気がばちばちと弾け(「うん、のにおい……あまりのに、空気がしたな」とユウが例によってむずかしいことをつぶやき)青紫のまばゆい光の束が、轟音と共に部屋の天井付近から出現した。

 ルシア先生の魔法によって招来された雷が、盗賊を直撃した!

 男の髪はいっしゅんにビンっと逆立ち、目玉が飛び出しそうなほどにみひらかれ、体はがくがくと痙攣し、その服のあちこちからは煙が出て、肉の焼ける焦げくさい臭いが部屋中に立ちこめた。


 「雷撃サンダーボルト

  雷撃サンダーボルト

  雷撃サンダーボルト!」


 「ぎゃっ! がっ! ぐっ!」


 盗賊は、雷撃をくらうたびに、ビクビク痙攣した。


 (ざまみろ、だけど……せんせい、こわいです)


 ルシア先生は、相当怒っていたのだ。


 盗賊が死なないていどに加減して、何度も何度も、恐ろしい雷の魔法を喰らわせ続けた。

 盗賊はどんどんずたぼろになっていった。

 もちろん、ルシア先生の表情はその間も変わらず、ずっと微笑んだままだったけど。


 ぷすぷすと煙を上げ出した盗賊を、哀れみを持って見ていると、


 ?!


 背後に、冷たい殺意が突然出現したのを感じた!


 ユウが、サッと後ろを振り返った。


 わたしもそれにつられて振り返ると、どこから現れたのか、もう一人の盗賊が白刃をきらめかせながら、ユウに飛びかかろうとするのが、まるで時間が止まるかのように、ゆっくりと見えていた。その短刀は、「シカ」と呼ばれる、刀身が湾曲した特殊なものだった。「暗殺者アサシン」がよく使うタイプだ。


 「危ない!」


 (ユウが刺される!)


 そう思った瞬間、わたしの口からは


 「神々の怒りよ天降り来れ、地獄の雷撃サンダーボルトっ!」


 さっきルシア先生の唱えた詠唱が、そっくりそのまま、なにも考えずに吐き出され、


 そして



  バリバリバリバリ!!!


 「ぐわああああああ!」


 わたしの詠唱によって出現した、地獄の雷撃によって、その男は弾かれたように吹き飛ばされた。

 頭からはげしく壁に叩きつけられ、部屋の壁を叩きつけられた形にへこませ、そして、その位置からずるずると崩れ落ちて、ピクリとも動かなくなった。

 白眼を剥いて意識をうしなったその顔には、頬に大きな切り傷があった。これが、サバンさんの言っていた、「牙」の副官オルゾなのだろう。下っ端を前に出し、自分は「暗殺者アサシン」のスキルで、かげに隠れて様子をうかがっていたようだ。サバンさんのいうとおり、ずる賢いやつだったのだろう。まあ、意味なかったけど。


 ジーナが、向こうで、口をあんぐり開けてわたしを見ていた。


 「ライラ、あんた、その魔法……」


 しかし、この展開にいちばん驚いたのは、もちろん、このわたしである。


 習ったこともない、しかも、本来のわたしのエレメントとは違う、水のエレメントの雷魔法。

 とっさに、ルシア先生の真似をしただけなのに?

 なんで、こんなふうに、いきなり、できちゃうわけ?


 あぜんとしているわたしに、ユウはにこりと笑って、言った。


 「共振レゾナンスって言ったでしょ。それはつまり、こういうこと」


 ルシア先生も、にっこりして、自分が黒焦げにした、下っ端の盗賊を、ぐいっと踏みつけると、


 「やったわね、ライラ!」


 わたしに親指を立てたサムズアップ!



 ……ああ、お母さん、どうやらわたしは、ユウのおかげで、いつのまにか大魔導師ルシア先生の魔法の、後継者になってしまったようです。

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