その人が、わたしたちの家にやってきた。
「うわっ! なにあれ!」
「げっ!」
「ジーナ姉ちゃんが?」
「えっ? えっ? どうなってるの? ぜったいおかしいよ!」
わたしたちが、家——孤児院「ドムス・アクアリス」に到着すると、庭に出て遊んでいた子どもたちが、めざとくわたしたちを見つけ、大さわぎになった。
むりもない。
わたしと、ジーナと、ユウ。
それだけならまだいいが、問題は、息絶えて、ぐったりとなった草豚の巨体だ。わたしたち三人分はゆうにある、緑色のずんぐりした草豚。
それを、ジーナが片手で支えて、運んでいるからだ。
支えているというのか、正確には、かってに浮かんでいるのだ。
実は、ふわふわと浮かんでいる草豚が、風に流されてどこかにいってしまわないように、ジーナがその尻尾をつかんでいるだけだなのだ。
ジーナは、巨大な草豚を片手に得意気だが、もちろん、これはジーナの力ではない。
ユウが、例の「重力操作」というやつを使っているのだ。
ジーナのどや顔が、ほほえましいといえばほほえましいけど、あんたの手柄じゃないよとは言いたい気もする。まあ、とどめを刺したのはジーナだから、いいのかな。
「ねえ、ライラ姉ちゃん、ジーナ姉ちゃんはなんでこんなことになってるの」
「二人で薬草取りにいったんじゃないの?」
ジーナに聞いてもダメとわかっているみんなは、わたしに聞いてくる。
「なんか、知らない人も一人いるよ?」
いちばん小さな、リンがそういって指さしたので、子どもたちが、いっせいにユウに注目した。
ユウは、手を上げて、にこやかにあいさつをした。
「あ、みんな、はじめまして。ぼくは、ユウっていうんだよ」
じーっとユウをみつめていた男の子、サハリが
「へんなやつ!」
と、感想をのべた。
その横で、鼻をひくひくさせていた獣人の子ども、レーナは
「でも、なんかいい匂いかも……」
とつぶやいた。
「まあ、なんて立派な草豚。 それに、その方は……お客人のようね」
子どもたちの後ろから、涼やかで、そして穏やかな声が。
「あっ、院長せんせい」
院長のルシア先生だ。
腰まである、流れるような銀髪、そして長身のルシア先生は、つえをつき、片足をひきずりながら、ゆっくりと歩いてわたしたちの前に出てきた。
ルシア先生は、エルフ族の女性だ。その美しい姿は、ヒトでいえば30代前半くらいにみえるが、エルフ族はみな長命なので、実際にいくつなのかは、わたしたちのだれも知らない。
ルシア先生自身ががこの孤児院を立ち上げ、以来、たった一人で切り盛りしてきたとのこと。
院長先生は、孤児のわたしたちにとっては、まず第一にやさしいお母さんであり、そして、わたしたちが独り立ちできるように、いろいろな知識を教えてくれる、優れた教師でもある。
先生は、昔、命にかかわるような大怪我をされたそうで、その後遺症で片足が不自由だ。どうやっても治すことができないのだという。わたしは、今はまだできないけど、いつか、回復魔法を極めて、先生の足を治してあげたいとひそかに思っている。
ルシア先生は、ユウに頭を下げた。
「ようこそ、我がドムス・アクアリスへ。わたくしが、院長のルシア・ザイクです」
「はじめまして、ぼくはユウです。アンバランサーです。
いきなりお邪魔してしまって、ご迷惑ではありませんでしたか?」
「アンバランサー……」
ルシア先生は、ユウのその言葉を聞き、すこし黙って、それからぽつりと言った。
「……そうでしたか。ユウさん、……あなたは、ずいぶん遠くからいらっしゃったのね……」
ルシア先生の、最後のことばには、なぜか深い実感がこもっているようだった。
「院長先生、あなたは……?」
ユウが、はっとしたように、ルシア先生を見た。
ルシア先生は、にこりと微笑み、
「そのことは、あとで、二人でゆっくり話しましょう。それより、さっきからジーナがつかんでいる、その立派な草豚をなんとかしましょうかね……」
そう、ルシア先生がいうと、
「せんせい、今日のごはんはお肉? 今日はお肉たべる?」
「うおー、すげー」
「肉きたー!」
子どもたちが、騒ぎだす。
「そうだよー、肉だよー」
ジーナが、勝手に言った。
「ユウさんのお土産だよー、みんなで、おいしくいただこうね!」
(いや、それはそうなんだけどさ……ユウさん抜きで、どんどん話を進めてるんだけど……)
あいかわらずのジーナである。
でも、ユウはにこにこ笑っている。
草豚は、ふわふわと中庭に運ばれていった。
そこで、ジーナの手によって、きれいにさばかれて、今夜のおいしいご飯になった。
メニューは草豚のシチューだった。
草豚はその名の通り、基本、草食なのだけれど、とくに、オレガン草というハーブを好んで食べるために、その肉にはオレガンスパイスの匂いと味が移り、えも言われぬ風味をかもしだす。
肉質も柔らかく、そして適度に脂がのっている。
みんな大よろこびで、ひさびさの草豚シチューに舌鼓を打ったのだった。
そうそう、食べる前に、ジーナの号令で、みんなで手を合わせたのはいうまでもない。
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