第22話 すべては早く終わって帰りたい願望
矢山が家のなかへ消えていって三十分が経つ。
一条はじっと車内の窓から矢山の自宅の様子をうかがっていた。五郷は椅子に寝転がり、木野目は運転席でずっとスマートフォンを操作している。
雑談は発生しなかった。待機開始当初は、矢山がどういう状態で家からもどってくるのか、各自、括目していたが、矢山がなかなか家から出てるくこともなく、時間が経つにつれ、もともと脆弱だった緊張感はすぐに消えていった。やがて、五郷は車内で横になり、木野目はスマートフォンをいじりだす。一条だけが、強制されたわけでもないのに、窓の外で動向をうかがう。それもすべては早く終わって帰りたい願望から発生したものであり、視線だけは家に定めているが、基本的には別のことを考えていた。
そして当然のように「あっ、あっ、出てきたよ!」一条がまっさきに自宅から出てきた矢山に気づく。猫は抱いておらず、ひとりだった。左右を確認した上で通りを渡り、車へ戻って来る。
すると、五郷が「ようやくか」身を起すわけでもなく、窓の外を確認するわけでもなく、そういった。木野目の方は、そっとスマートフォンをどこかへ収めていた。
やがてドアをあけて、矢山が助手席へおさめ、ドアもしめる。
「ハイ、オッケーでしたあ!」
矢山は開口一番、そういった。口調から着地を得た手ごたえも伝わってきた。
「カイケツしたんですか!?」唯一、好い反応をみせた一条が問い返す。
「ああ、すべてカイケツしたよ、一条くん。私は家に帰れたんだよ、猫も飼うよ」
「よかったですねえ!」一条は素直に喜んでいた。これで帰れる、気持ちが表面に現れて、笑顔となって咲いている。「よかったね、終わったんだよ、五郷くん」歓喜のまま寝転んでいたところへ呼びかける。
これで帰れる。秒を追うごとに、一条の喜びは増しているようだった。笑顔からは、優しい色の小花も溢ればかりの様子だった。
「そうかですか、終わったですね」五郷は寝転びながらいった。「最初から、ある
寝転んだまま、異世界からの帰還でも迎えるような口ぶりだった。
惜しむ感じはない。
「というわけで、ふたりとも送ってゆくよ」
矢山がそういってシートベルトを締めると、木野目はエンジンをかけて、サイドブレーキも解除した。それから、ぬるりと車は動き出す。
五郷が以前として寝転がったまま「おっさんの家んなんか、どういうドラマがあったかを聞くところだろうが、あえて聞かないようにしとくぜ」と言った。「あえてだからな、決して、興味ないとか、そういうんじゃなくて、あえて、だからな。ヒト様の家庭の内部をねほりはほり知りたがるような、蛮行にも似た好奇心を、俺たちは抑制してるってわけだぞ、いいか、おっさん、べつにもう聞くのがめんどうだから聞かないってんじゃないんだからな、わかってくれよ、おっさんよ」
「ん、なんだって五郷くん?」矢山がきょとんとした表情で後部をふりかえる。
「ヨシ、きこえてなかったんだったら、それはそれで、なにより」
「木野目さん、ガソリン入れてこう、少ないよ。あ、ところでふたりとも、報酬の件だがね」
「くれ」五郷がいう。
「もちろん払うさ。当然だろ」
「もし、ばっくれたら、おっさんの存在を、この現世から、ばっくれさせるからな」
「またまたー、ごごーくん、ってば」
矢山は白い歯を見せて笑う。それを不愉快そうな顏で見返す。そういったやりとりをしている間に、車はガソリンスタンドへ入ってゆく。同じ敷地内にコンビニエンス・ストアも併設されていた。五郷が「腹がへったんだ」と、要求か、心の声を吐露したか、絶妙な言い方をすると、矢山が「わかったよ、なにか食わせるよ」と応じる。ガソリンを入れる木野目にも欲しいものを聞く「すっぱいグミ」という回答を得た後、他の三人で店へ入った。
食料の調達を終え、三名で車内へ戻る。矢山は助手席で、ふたりは後部へ乗り込む。木野目はすでに、給油と支払いも終え、運転席へ収まっていた。
そして車は動き出し、車道へ戻る。五郷がすぐに矢山に購入させたカラアゲを、もそもそと食べはじめた。
その後十分ほど車は走り続ける、会話はなかった。五郷が食料を食らい、時にジュースを飲む。
これといった会話は発生しなかった。
ただ、ふと、一条が「あれ?」と声を発した。食料を食らいながら五郷が目を向けると、そこに一条のいぶかしげな表情があった。
「どうした一条さん、前世の記憶でもよみがえった?」
五郷が問いかけるも、一条は「え、あれ?」と落ち着きなく、反応し続ける。
「あの………これ、高速乗ろうとしてませんか?」
運転席側へ訊ねるも、答えは返ってこない。車輛はそのまま、高速道路のゲートを通過してゆく。
無言のままのった。一条は衝撃を受けていた。五郷の方は、まだ状況がよくわかっていない。買い与えられたスナック菓子を食らうことに意識の大半が差し向けられている。
「え、あれ?」相手からの反応がなかったせいか、一条は、むしろ、自分の方が何か巨大な誤解をしているのではないかと思い出したらしい。「高速のってます………けど………あれ?」この状況の認識について、自身の不備をさぐるも、しかし、心当たりもないらしく、脳内で一種の摩擦が起こり、煙を上げんばかりの状態になっていた。
「なんだ、どうした、一条さんよ」すると、五郷がようやく、ぬめりと声かけた。「さっきから」
「いや、五郷くん………あれ? え、いいだっけ? だって、この車、高速道路に乗ってるんだけど」
「え、一条さんちに向かってんじゃないんですか」
「いや、ぼくの家は高速道路なんてつかわなくて、あそこの最寄り駅からひと駅だから」
「おっ、けっこう近くですね」
近所だったことで、五郷が親近感をわかせ、ぱっと、顏を明るし、その顏で菓子も食う。
「いや、うん、まあそれはそれとして」ふと、数秒ほど一条の言葉が途絶えた。「高速道路はのらんで帰れる」
「おっ、なんだとぉ」
それを聞き、五郷が菓子を口に運ぶ手をとめた。
「おい、おっさん」
「はっはっはっは!」
とたん、運転席の矢山が笑い出す。
すると、五郷がつよく怪訝な表情を浮かべ「どうかいのう」と、広島弁を展開した。
「まんまとワナにはまったな! ふたりとも!」
「おお、何をいってんおかさっぱりわかららんが、耳もぐぞ、説明もきかず」五郷が躊躇せず淡々と暴力を予告する。「でもまあ、説明しろや」
「そのまえにふたりとも、シートベルトをしめたまえ!」
「うん、そういえばそうだな」
それについてはあっさりと受け入れる。一条も同じだった。椅子に座り、シートベルトで身体を固定してゆく。
かちり、とベルトが固定される音を聞き「しめたか!」と、矢山が助手席から激しくといかける。
「ああ、あとはあんたの首を絞めるだけだ。そうだ、真綿を入手したいんで、どこかのホームセンターで車をとめてくれ」
「いいや、この車はもうとまらんよ、五郷くん。そして、一条くん!」
「ほう」五郷が落ち着きか、やる気のなさか、判断つきかねた様子で声を発した。
「この車がとまる方法を知りたいかい!?」
「声がでけぇな」
「これが君たちふたりの《最後と戦い》となる!」
大きくそれを宣言する。
「そうなのか?」五郷は、まったく現状を理解していない。出来るはずもなかった。理解できるためのヒントがほぼない。そのため、生態の知れない生き物を見るような表情になる。その生命そのものを冒涜するような眼差しではないが、自分の生活圏には、こんなのいないなぁ、という、牧歌的な観察にも属するものだった。
「説明するよ!」
宣言して、ことを始めようとする矢山へ「手短にな」と、五郷が返す。
「私とかるめの問題は本日めでたく解決に至った」
「なんだバットエンドか」
五郷が侮辱するが、矢山は反応しない。自分の言いたいことが強すぎて、対応するつもりもないらしい。
その構えで続けてゆく。
「私は家に帰れるんだ。奥さんにも許してもらった、かってにキャンピングカー買ったことを謝罪してね」
聞かされ一条が「あの、なんかここにきていままできかされたなかったそこそこ重要な情報がブチこまれてますよね?」と訊ねた。
無論のように、矢山は反応しない。無視してゆく「やり口が雑なんだよな」そこへ五郷がねいっこく指摘してゆく。「そういうやり方だからさ、若者に避けられる大人になっちまんだよ」
「私の集結した物語は終わったんだよ、五郷くん、一条くん」
車は高速道路をひた走る。あっという間に、五郷の住む町から遠ざかってゆく。
「しかし、《本当の戦い》はここからなんだ!」
「おい、さっきは《最後の戦い》って、言い方してたよな? で、いまは《本当の戦い》とかいってるが、あやふやだな、設定が。せめてそこあたりの設定だけは統一しとけよ」五郷が不愉快そうな表情で言う。さらに「つか、会社の経営者とか、上司とかって、そういうところあるよな、好き勝手ころころ言うこと変えやがって。こっちはあきあきしてんだよ」よくも知らない実社会について語る。どこかで拾い聞いた話の様子だった。
「ゴールはあるよ!」
聞き手の意見を聞くよりも、遥かに自身が発言したい、そんな高い気持ち矢山は狭い車内で声を張ってゆく。
運転席でハンドルを握るいつも無表情の木野目が、心なしか、不機嫌そうに見えた。
いっぽう、車は順調に高速道路を飛ばす。軽キャンピングカーは重量がなく、車体も縦にながいためか、風で異様に揺れ、速度を出すと一般道を走るときよりもエンジン音もよりうるさく車内に聞こえる。矢山の声が大きいのは、大きく言わないとエンジン音に負けて聞こえないという部分もありそうだった。
「ゴールはあるんだ、この走りのね!」
「嗚呼、そいつはめでたいぜ、ちきしょうめ」
「ふたりとも《神殿》の話は覚えているよね」
「明日には完全に忘れるつもりだが、おぼえている」
「かるめの心とあのアプリは連動している。かるめが幸せになれば世界を幸せにできる人間に、クジが当たる仕組み。そう話たことは覚えているよね?」
一条は「ええ、最初から破綻してる仕組みだって認識はあります」と答えた。「ぜんぜん、うまいこと設定された仕組みじゃない認識であると」
「今日の当選者を持って、クジ引きアプリ《神殿》は停止する、これは確実に今日、私がこの手で停止させる」
「おう、好きに止めろよ」五郷が言う。
「そして、アプリを停止させるため、そのため、いまここに、君たちの《最後の戦い》がある!」
「いらねえよ、最後の戦いとか」率直な意見を言ってゆく。「いや、最初の戦いから、ぜんぶ、俺の人生にいらねえからな、あんたがこっちへドバドバ流し込んできた数々の小粒な戦い全般、人生経験の不要ボックスにダイレクトに捨ててってるからな、体験したそばから」
「つまり、最後の戦いとはね」
矢山はきいていない。勢いで進めてゆく。
「この世界の幸せとは何か、それを今日、いまここで、この車内で君たちに決めてもらう!」
すると、矢山はいままで最大の声量でそう言った。
「これから決めるんだかね、君たちふたりがこの世界の幸せってなにかを」
「………あの、なにを?」一条がついに眉間にしわを寄せた表情をみせた。
矢山は問いかけには反応せず、口を開く。「君たちが決めるんだぞ、この世界の幸せとはなにかを」
「それは、なにすりゃいんだよ」五郷が具体的な情報を求める。
「かるめを幸せにすれば、クジ引きアプリ《神殿》のその日の当選は、この世界を幸せにする者に当選すると説明したよね」
「ああ、何回も聞いたさ。そのたびにふわっとした設定だと思ってたさ。具体的なことをきいてもどうせロクな答えもかえってこなさそうだったので、初期段階で追求するのあきらめたぜ」
「つまり」矢山は露骨に間をあけて演出し、それから続けた。「そういうことなのさ」
一条が反応する。「そういうことなのさ、って、どういうことですか?」
「私にはね、わからないのさ」
「なにがです」と、一条が追い問う。
そして矢山が口を開く。
「この世界の幸せって、なにさね?」
自身が言い出したことを、まるで自身が誰から問われ、しかも、まるでピンと来ていないかのように。
「わからないの」
次に、妙齢の御婦人が如く言い放つ。
「だからね、つまりね!」かと思うと、後部座席から怒涛のように攻められることを回避するかのように、間をあけずしゃべり出す。「私たち大人では、もう、もはや見えなくなってしまったこの世界の幸せとはなにか、それをね! 君たちふたりにね、見つけ出してほしいだ! その見つけた答えによって、最後の当選者を決めようってだよ!」
ふたりとも数秒ほど無反応だった。動きといえば、数秒後、一条が自身の後頭部を少し手でかいただけだった。
「ったくよお」五郷が目を細めて言う。「俺たちは上の世代が好き放題やったあと始末するために生まれて来たり、生きてるわけじゃねえだぜ」
「だ、だからね!」矢山は必死だった、攻められることをおそれていることがよくわかる。「いまこそ、君たちに、この世界の幸せを、いまここで決めてもらいたいんだ!」
負ける裁判の訴えを連想させる、そんな様子だった。
「そしていいかい!? 君たちが、この世界の幸せを見つけだすまで、この車はとまらないよ! 御存じの通り、さっきガソリンも満タンに入れた! もう、タンクからあふれんばかりに入れたよ! わかるかい! 君たちがいつまでもこの世界の幸せを編み出さないと、この車はとんでもないところまでいっちゃうんだ! どこまで行くかわからないよ! それでもいいのかああああぁ!」
激しくせまる。対して五郷は淡々と「いいわけねえだろ」といった。「おっさんん、もうご病気だろ、処方箋の出せない感じ」
「トイレ休憩もないまま走るさ!」
さらに追加でそれを叫ぶ。すると「それは」一条が困惑した。「それは、矢山さんにとっても嫌なのでは?」そう指摘した。
しかし、ふたりの発言は無いものとして処理されてゆく。
「いいか! 何度でも言おう、これが君たちの最後の戦いだ!」
「よし、いますぐ、、このにんげんに、ほのかな心臓発作とか起これ」と、五郷が呪って行く。「あんしんろ、例えそうなっても動物病院ぐらいには連れてってやる。ネット割クーポンつかえるところ探して」
「はは! 五郷くん、私はいつだって命懸けだよ!」
「たいしたもんだぜ」五郷は奇怪なタイミングで褒めてゆく。「そこは流石だと思っている」
けっきょく。こっちも、狂ってやがるぜ。
と、隣にいる一条は、いよいよそんな目を向けていた。
「さあさあさあぁ! この世界の幸せにする方法とをみつけるんだ! ちなみにね、今日で《神殿》が終わりってこともあって、史上最大の参加者数で、史上最大の当選金額になりそうだよ!」
矢山が身勝手に叫ぶ。
「っく」五郷が小さく声を鳴らした。「とりあえず、目の前のあんたがいますぐCG的に消えてなくなれば、俺が少し幸せになるが、で、それはそれとしてだ。どうします、一条さん。なんかありますか?」
「かなり初期段階からこっちに丸投げなのね」
「ええ、丸投げてゆきました。そこの躊躇はないです」
「あ、そうか。ぼくは、いま無策のひとたちと一緒にいるんだね」
急に、一条は嘆く。知らぬ間に、ずいぶん遠くまで来てしまったような表情だった。
そして、実際に遠くへ来ている。向かっていた。車は止まることなく走り続けている。
「いま無策というより、ずっと無策ですがね」五郷が補足してゆく。弱体化しつつある精神に対しては、なにより不要な補足だった。「これからも無策でしょうし」
「さあああ、早く答えを光えないと、遠くへ行ってしまぞ!」
「うっせえな、あんたはラジオでもきいてろよ」
「ごごうくん、ぼくには君の緊張感の種類が分別できないよ」
疲弊がそうさせたのか、一条がこの短時間で頬がこけてやせてみえはじめた。
「はは」
その顔を見て、五郷が笑ってゆく。軽薄を制御もしない、
もはや、ここに法治国家ない住まう人間は不在なのか。一条が巨大な嘆きを、その全身で現わす。
「この世界の幸せってなにか、か」
五郷は、つぶやき考え始める。
「さっぱり思いつかねえな。いったい、この惑星の誰んところに多額の金が転がり込めば、この世界が幸せなもんだろうか?」
縦に長く、車重の軽いキャンピングーは隣の車線を大型トラックが通過する度、ひどく揺れた。その揺れのなか、五郷が腕を組み出す。
その考え表情はきわめて素に見えた。大き過ぎる問いかけに、正面から向かっている。
「一条さんはどう思いますか」
投げ出すといった感じはなかった、五郷は答えへのヒントを求めるように、一条へきいた。
「ええー、いや、それはだって………まあ、まるで深いこと考えずに答えるけど、金がたくさんあったほうが幸せになれると思うけど、って、まあ、これは世界の幸せというより、個人の幸せの話かな………?」
「カネが欲しい、あたりクジを引きって、ゆー、みんなのほのかな欲望の発端ではありますが、みんなから集めたカネを、コイツさえたくせば、いいことに使ってくれる、つー、ことをしたくて、では、果たして、渡すソイツはどんなヤツがいいのか? どんなふうにみんなのために渡した金を使ってくれればいいのか」
「すごくややっこしいね」
「なんてたって、バグってのを無理やりなんとかしようとやってきてんですから。こちとら最初から毒入りの大地で野菜を育てさせられてるようなもんですわ。そこで出来た新鮮野菜なんぞ、新鮮な毒みたいなもんですわ」
「最後まで毒を吐くよね」
「あの、俺が直接大地へ毒を吐いたわけではないですからね。毒ヘビじゃないんで」
「わかってるよ」一条は冷静だった。そして「終盤までこういう会話なのか」何か物想う。
「よし、しかたない」
ふと、五郷が何かふっきれたように言った。
「どうせバグってんだし、しかたない」
五郷が何かを変えた。見た目ではわからないが、その内部で何かを変えた。
それが伝わってきたのか矢山が後部席を振り返り「五郷くん?」と、名を呼んだ。
「世界中のみんながやったクジ引きだ、当たりが欲しくてな」そういい、五郷は「なーに、隙間はあるさ」といった。
一条はじっと見守っていた。
「世界的なものが幸せになる方法をみつけたぜ」
堂々とそう宣言した。
その夜、日本時間の午前零時。
クジ引きアプリ《神殿》は最後の当選を発表を持って、運営が停止された。
一週間後のアプリ終了の件は事前に全世界の利用者へ向け公表されており、停止までの七日間、参加者は増加し、最終日にはこれまでで最大数の参加者となった。惑星中、あらゆる言語圏から人々がクジ引きに参加した。
そして当選者が発表される。
全員だった。
当選者は最後の日に《神殿》を訪れてクジを引いた人々すべてだった。
当選金額は当選者一律、投じた金額の約二倍だった。一回の参加が、日本円にして百円なので、約二百円だった。
参加者全員が投じた金額のほぼ二倍になった。当選金に当てが割れたのは、前日の賞金だった。システム不良により、当選者への連絡が滞ていたところを悪用した。
そもそも、三回連続で同じ人間に当たるのは不具合である。理由としては。かなり弱いが、その建前も駆使しての実行だった。
「世界中の人がこのクジをひいたんだ」
快晴のパーキングエリアの駐車場に立ち、五郷は腰に手を当てながらいった。
「で、世界中でみんなが当たったってわけで。が、まあ、かけた金額が倍になって返って来たら、少しだけ幸せな気分になるだろ。ゼロじゃねぇてのは、ゼロよりはいいだろう」
すると一条が「まあ、幸せの大小なんて条件にはなかったしね」と苦笑とともに言葉を添えた。
「最初からバグっての掴まされてんだし、だったら、こっちもバグってるところを使わせてもらおうぜ」
矢山は黙ったまま五郷を見ていた。木野目はその傍に立って、いつも通りの無表情だったが、風を受けて、髪が揺れているせいか、柔らかい雰囲気に見える。
やがて矢山が、うん、と大きくうなずき言った。
「君たちを選んで当たりだった」
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