第20話 今日が昨日のコピー感はある



 最終日となる七日目。男たちは午後一時、矢山の自宅近くの公園からすぐ傍にあるコインパーキングに集合した。

 まあまあ晴れ。空模様はそういった印象を受ける。無風だった。

「五郷くん」

 キャンピングカーのそばに立った五郷へ矢山が声をかける。

「この七日間、君はほぼ同じ服装だったね」

「俺は似たようなの服をいっぱい持ってんだ。まあ、毎日似たようなの着てるせいで、今日が昨日のコピー感はあるがな」

 そんな会話で最後の日が始まる。五郷の隣に立つ一条、それから少し離れた場所でリュックサックを背負った木野目のその表情からも、特別な意気込みは見られない。

「俺は今日も、昨日のコピーみたいな気持ちで、最後に挑むハラだぜ、おっさん。新しい気持ちとか、新たなる決意とか、ぜんぜんなしだ、ゼロだ」

「うん、いらない決意宣言どうも、コピーにんげんの五郷くんよ」矢山はそう答え返した。それから「それに一条くん、君もだ。ありがとう、最後までよろしくね」といった。

「はー………はあ………」一条の表面には今日までの疲れが如実に現れていた。今日はまだなにもしてないにもかからず、スタート地点である、いま現時点で、もはやエネルギーの残量がつきかけている。「とりあえず………はい………」それでも最後まで請け負うとしてみせる。

「つけこまれる人生ですよねえ、一条さんって」五郷がふてぶてしさを隠すことなくそういった。「しかし、今日がもう最後ですから、せっかくなんでやりきりましょうぜ、思い出づくりに」

「いらない種類の思い出んだけどね…………」

「しかも、もし今日死んだりなんかしたら、生涯最後の思い出がコレになりますし」

「そういう嫌な想像力とか働かせないでよ………」

「ふたりとも」矢山が、注目、という感じで二人の意識を自身へ向けさせるように言った。「そろそろいいかい?」

「よくねえよ」五郷が遠慮なく言い返す。「最初から何ひとつ良いと思ってねえぜ」

「うーん、それはつまり、最後のご愛嬌だね。五郷くん」

「ここまで来て、まだなんでもかんでも都合よく解釈しやがって。もう、この人間社会からいなくなれよ、身体蒸発しろ、しゅわっちと」

 五郷の願いを聞き、矢山は「はは」白い歯を見せて笑った。

「で、矢山さん」一条が体調の悪そうな様子で問いかける。「昨日の当選者って、どんな人だったんですか?」

「え? ああ、一昨日と同じひとだったよ。つまり、三日連続で、食堂のじいさんに当たったよ」

「雑に慣れ過ぎだろ」五郷が片手で腹をかきながら言う。「もう、何も考えようって意思もねえし。いっそ、酸素を吸う意思もなくなってしまえよ」

「いやいや、ホントに当たったんだよ、ホントホント。三日連続で同じ人にね。まあ、アプリを明日で停止させる関係のメンテナンスをしくじったせいの不具合の可能性もあるけどね。っその関係で当選したじいさんにもまだ知らせてないけど、どうせ三回目だしね、一日知らせが遅れたってどうってことないさ。いやいや、そんなことよりだ。それはそれとしてだ。今日、これからのことを考えようじゃないか、五郷くん、一条くん」

「なれなれしいんだよな」

 五郷には会話を成立させる気はなく、自身の不快さを加工なく伝えてく。

「やめようよ、五郷くん………」一条が弱気な口調で説得する。「今日でもう終わりだし、下手に遺恨を残すとさ………ねえ………」

「うーん、じつは一条くんの方が、私という存在を、よりエゲツなくとらえている感じが登場してきてるよ」

「気にすんな、おっさん。だいたい、あんたにはもはや、何も気にする権利はねえんだから。おれたちのなかでは人間として人類の数に換算すらしてねえ勢いだ」五郷が放り投げるように言ってゆく。その後で「で、ヤツはどうした」と、さきの愚弄など、何も言ってないようにといかける。

「おーう? なんだい、五郷くん。ヤツとは」

「猫だ、猫。昨日、捕まえたんだろ、俺と一条さんを一ミクロンも信用せず、猫探し専門業者に委託してみつけたつーキャットは、どこにいるんだ」

「あー………」問われて、矢山は目に見えて歯切れが悪くなった。声にも小さな震え含まて「あ、あ、あそこにいるよ、木野目くんが背負ってるリュックのなかさ………」怯えた様子を見せた。

 ふたりは同時に木野目を見る。猫は背負っているリュックサックのなかにいるという。少し木野目が少し離れた場所に立っていたのは、矢山が猫から距離をとりたいという理由もわかった。

「どーれどれ」

 五郷が木野目へ歩み寄る、一条も添うように続いた。矢山は車の傍から動かない。

「やあ、木野目さん」

 声をかけると、木野目はリュックサックを降ろす。目の粗い空気穴のついたカバーを外すと、中から白地に先っぽだけ黒いしっぽが首長竜のように出てきた。ほどなくして、猫が顏を出す。白い字に、額から八の字に黒い模様がついていた。顔にはしっかりとした丸みがあり、栄養は充分のようだが、野良猫特有の、雑草に負けないための硬そうな毛をしていた。耳にはカットのあともある。

「オスかい?」

 問うと、木野目はうなずく。八割れ猫はじっと、五郷の方を見ていた。

「地域猫ってヤツだな。大人しそうだし」

 木野目はふたたびうなずいた。

「きき、きー………君たち、無事かね?」矢山が遠巻きから声をかける。「よいかね、危険だからね、危険だと思ったら、すぐに封印するんだよ」そして注意を放つ。

 だが、五郷がリュックサックへ両手を差し込み、猫を持ち上げる。大人しいものだった。

「やられるぞ、五郷くん! うかつだよ、冒険し過ぎちゃいらんよ!」

 矢山の叫びを背後しながら一条は「五郷くん、猫のあつかい方わかるの?」と問いかける。

「ええ」五郷は返事をしながらリュックサックの中へ両手を差し込み、猫を持ち上げた。「ええ、むかし飼ってましたから。猫のあれこれは得意な方です。しかし、こいつはヒトに馴れとりますね」

「死ぬぞ! みんなぁ気を付けたまえ! 命を大事にしろ!」

 いっぽう、矢山は大きな声を上げ続ける。一条は「あの人だけ世界観が違うんだよなあ」と、むしろ、かわいそうなものを見るような目でいう。

「大人にひとりで盛り上がられるって迷惑なんだよな」五郷が猫を胸に位置まで持ち上げながら、忌々しそうな表情をうける。「いったん、隕石落ちてきて、あたってくれねえかな。あいつのヘッドに」

「それでどうするの」

「このまま猫を持って近づいてみましょう」

 猫をむき出しのまま、五郷は矢山へ近づく。一条もあとを追い、木野目はその場に留まった。

「こっちくるつもりかい」

「ああ、いくさ」

 短いやり取りを経て、五郷は猫を持ったまま矢山の前へと着た。猫は時々、周囲の人間たちの目を見ていたが、大人しくしている。目の前まで迫ると、矢山の落ち着きがなくなった。

「じゃ、猫に慣れてこうぜ、おっさん」

「………いやあね、しかし五郷くん」

「では、だっこから」

 と、言って、五郷は猫を矢山へ手渡しに行く。相手の虚をつく動きと、絶妙な間合いだった。矢山は胸にあたりに猫を押しつける。「どう持てと!?」驚いたが、五郷に「娘がベイビーだったことを思い出して、赤ちゃんだっこするみたいに持つんだよ」と言われ、とっさに両手を猫の背中へ添える。五郷が手を離れるとすぐに離脱した。

「ううううう!」猫を胸に抱いた矢山は、腹でも刺されたかのように呻いた。「猫、猫おぉが!?」と、叫んだ。

 二分ほど経った。

「しかし、なかなか可愛いねえ」

 猫を胸に抱いた矢山は、そんなことを言い出す。猫は暴れたりもせず、大人しかった。さらにそのまま眠り始める。

「こうしてだっこしてみると、うん、なかなか可愛く思えてきたよ、五郷くん。いやいや、しかもねなんか、だっこしてると、娘が小さい頃を思い出してくるよ」

 その頃の記憶と類似する感触を体験し、懐かしむ。

「あれ? これはなんかいけそうだね。うん、猫、いや、猫へーきだみたいだね、私」

 そう話す矢山に対し、一条が「あの、そのまま猫を抱いて家へ帰れそうなんですか?」と訊ねた。

「うん、いけちゃいそうだね。ウチに帰って、かるめに猫飼っていいって言えるよ、これなら」

 無理なくそう宣言する。

 すると、それから妙な沈黙の間があった。しばらく誰も口を開かない。

 晴れた春の日、住宅街の中にあるコインパーイングの一角で、猫を胸に抱いた中年を、三人の男たちが無言で、無表情のまま見続ける。

 やがて猫を胸に抱いたまま矢山がいう。

「なんか………最終日、しょぼいね」

 一同に問いかける。程経て五郷が「まー」と声を発した。「しょぼいよ」低調なくちぶりで肯定する。

 すると、ふたたび沈黙となった。誰もささいな発言すらしようとしない。

「最終日の今日がいちばんしょぼいよね」と矢山が発言を追加する。

「いちばんしょぼいよ」五郷は先と同じ口調で肯定する。

「………なんか、ないの?」

「なんかってなんだよ」

「なんかっていったら、なんかだよ。五郷くん」

「一条さんの方はなんかありますか」

「こっちに持ち込まれてもダメだよ………」

「つか、おっさん、なにリアルな路頭で、路頭に迷ってんだよ。ぜーたくいうなよ、最初がゴール用意してなかったくせに」

「一緒にウチ来てよ」

 五郷がねちねちとクレームを言い始めたところを、矢山が狙ったようにそういった。

「ふたりとも、一緒にウチ来てよ」

「ヨシ、行こう」

 五郷の許諾はあっさりだった。

「最後に自宅を押さえよう」

 それからそう続ける。

「なにか勘違いしてそうな発言にしかきこえない」

 そして一条が感想を送った。

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