第19話 捏造倉庫に、捏造在庫を増やす



 移動する車内では会話はない。

 誰ひとり気遣って沈黙を解消しようともしない。ただ移動している。貨物と同じだった。

 そして会話のないまま到着する。キャブコンの窓にかけられたシェード隙間からは、通りを挟んで矢山の自宅が見えた。

 木野目がサイドブレーキを引き、エンジンを停めると、五郷が「着いたか」といった。

「着いたよ」と、矢山がやまびこのように返す。

 すると五郷は「俺は、いまここに、そう、まさに、決勝戦にも似たものを迎える気持ちだ」と言い放つ。

「その発言は、ぼくの心の不安を五倍にさせる」と一条は言葉を寄せた。だが、回答は最初から多くをあきらめているらしく、矢山の方を向いて「いなくなった猫ちゃんってのは、このあたりに出没してた野良なんですよね?」と訊ねた。が、訊ねた後で「いや、行方不明の野良猫ってのも、なんか、ちょっと、不整合というか、ええっと、まあ、いいか」と、自身の発言の修正をしようとして結局あきらめてゆく。

 一生懸命になっても実りはない。その意向も見て取れる。

 そして代わりに進行させる。

「かるめさんが探してる猫って、たしかに二日目に写真で見せてもらった猫ですよね」

 一条の横にいる五郷は「そういえば、その日、俺、ここで、ひき逃げされたな」といって腕を組む。「春のひき逃げか」とつぶやく。

「うん、その件については、いまもう、アレにしておこう」一条は、一度、過去の現実と向かい合うことを棚上げしてゆく。きっと棚にあげたそれは、二度と、棚から戻して確認しない雰囲気もある。実質、封印化だった。

「じゃ、俺たち、ちょっと言って来るから」水五が宣言した。「猫探してくるから」

「猫を探すのか」ここに来て、一条があらためて考え出す。しかし、これまでの経験情報が働いてか、すぐに屈して「そうか、猫探しかぁ」と、目つぶって、天を仰いだ。

「俺たちはこれから、貴重な学生生活の春の一日を、謎の猫探しに投じるんですよ、一条さん」

「うん、入れ墨を掘り込むみたいに、その現実をぼくにしっかり入れ込まなくてもいいよ」

「………猫、ホントに探すの?」

 そこへ、矢山がそわそわした調子で訊ねる。ふたりとは別世界にいるように、落ち着きもなかった。

「私、やっぱ猫を克服できる自信がないだけど」

「まってろ、おっさん。ものの数分で行方不明の猫を探してくるからな」

 五郷がまるで聞く耳を持たない。

「なーに、俺にかかれば行方不明の猫なんぞ、無免許で外科手術するみたいなもんさ」

「君の脳はぜったいどこかおかしいよね?」一条が訊ねる。

「すぐ見つけてくるからな、おっさん、覚悟して待ってろ」

 指をさしながら告げて、五郷は席を立つ。一条も「ぼくは引退したい」と、こぼしながらしぶしぶ腰をあげ、車からおりていった。



 七時間後、車の窓を叩く音がした。

 車体のドアが開き、五郷と一条が車内に入って来る。開かれたドアの向こうは、すっかり夜となっていた。深海にライトを当てたような薄闇になっている。

「おお、もどってきたか」

 車内の椅子をベッド状態にしていた矢山は、身を起して飛びかける。

「ダメだな」と、車内に入りこみながら五郷が顏を左右に振った。「この町じゃ、猫も希望もみつからねえ」

 続いて一条が「素人が猫を探し出すなんて不可能ですよ」と苦笑いしながら言う。

「いやはや、町が悪いね」座る場所がないので五郷は車内で中腰になりながら言い放つ。「この町は、現代の迷宮だな。くかー、こいつぁ文明の進歩に負けたな、散歩中のトイプーしかみつけられなかった」

 敵に一本とられかの如く言う。

 矢山はとりあえずといった感じで「トイプーってなによ?」と訊ねた。

「トイプードルのこと」

 答えたのは、なぜか、運転席にいた木野目だった。

「いやはいや」と、五郷が繰り返すようにうなった。「今回ばかりは俺たちの負けだわ」

「いままで何かに勝った記憶はないよ」一条が現実を与えてゆく。

 しかし、流される。「正直、俺たちには驕りがあった」

「驕り以外がないのでは」一条がもう一度、現実を仕掛けてゆく。

 しかし、五郷はベッド状態になった椅子へ強引に座ってゆく動きで、聞こえていないことにしてゆく。反応をしない。

「………そう、かー」結果を報告された矢山は、どこか安堵の色が見えた。「みつかなかったか、猫さんは………そっかそっか………」うんうんとうなずく。

 すると座った五郷が「だいたいな、ずぶの素人が行方不明の猫探し出すなんて、無策のまま勢いでやろう、ってんだぜ。誰かとめなきゃダメだよ」と苦言を呈す。

 一条は、ああ、はじまったな、という表情を浮かべて隣に座った。

「おっさんさ、俺たちは人間としてブレーキついてないんだから、そっちがちゃんとブレーキの役目しろよな。なーに、あても俺たちに猫探させてんだよ、ヒントゼロで猫探しって。おい、君たちちょっと待て待て、って感じのストッパー機能はそっちの担当だろ。なに、若者に自由にやらせてんだよ。理解ある、懐の深い大人を演じやがって。本来、おっさんはまったく良いニンゲンじゃないくせに。下手に寛大な感じを出しやがって。そんなもん、さっさとひっこめろバカやろう。ちゃんと、俺たちを注意しろよ、お前たちじゃ猫はみつからないってよお」

 責任転換に迷いがない。一条はとても味方になることが出来ず「最悪だな」とつぶやいた。そして、ここまで難癖をつけられて、いよいよ、矢山はどう出るのか。一条は、そちらへ視線を向けた。

「いやー、それは私も落ち度があった認識はあるよ」

 矢山はむしろ、謝罪の構えを展開する。

「うん、君たちが車を降りる前のとめるべきだった」

「だろ」と、五郷が指をさす。

「しかし、私は君たちをホネまで信じたんだよ」

「なんだって信じればいいわけじゃないだろ」

「うん、それはまさに君の言う通りだよ」

 腕を組み、矢山は大きくうなずいて見せる。

「信念がまったくない者同士の会話が」一条が誰へ向けてか、考察を口にしてゆく。それは、この発見を世界に教てあげたい気分にも見える。

「おっさんもこれでわかったろ」五郷も腕を組んで話す。「つまり、だ。たとえ七万五千円だしても、猫はみつからないんだってことが。ああん、勉強になったろ?」

「ああ、お金のチカラには限界があるね、突き破れな硬い天井があるよ、お金のチカラだけでは」

「だろ」と、五郷がいまいちどうなずく。

 二人の会話のラリーには、なにひとつ深みがなかった。だが、ふたりは、さも、世界の真理を掴んだように言葉をかわしてゆく。

 そして、その流れのまま矢山は「で、どうしよう」と、これまでの会話の流れはあっさり捨て未来への展望を問いかける。

「しらん」

 五郷が瞬殺の如く返す。

「そういわずに頼むよ、五郷くん」

「いったいどうして、あなたそこまで言われても彼に頼んでゆくんだろう」

 だんだん、一条も心の声も、はっきりと口に出てしまうようになっている。

「んん、まあそうだな」五郷の切り替えもまた素早い。「ここは、無い処方箋を編み出すしかないよな」

 すなわち、怖い薬を生成しようという宣言に近しい。その発言をした後、五郷は運転席の時計で時間を確認する。午後八時八分だった。

「そういえば、かるめ女子はもう、今日の写真はアップしたのか?」

「おっ、そうか、もしかしたらアップしてるんじゃないかな? うん、ちょっと待ちたまえ、みんなで見てみよう」問われて矢山はスマートフォンを操作する。やがて画面を二人へ向けて見せた。「んー、今日もこんな写真か」

 そこには矢山の家の庭先らしき場所に、食べられていないキャットフードが皿にのった画像が映し出されていた。昨日と、ほぼ同じ画角度でもある。

「かるめはやっぱり毎日エサをやってる猫が、今日をエサを食べてくれなかったこと気にしてるみたいだ」

「なるほど」

 五郷は腕を組んだまま、あごをさする。

 やがて「じゃ、とりあえず、おっさん、皿に残った猫メシ食ってこいよ。それでいったん、猫が食いに来たって錯覚させて安心させてみるんだ」といった。

「捏造はいかんよ」

「なにいってんだ。どうせ捏造みたいな人生だろ。捏造がひとつ増えるも、ふたつ増えるも同じだ。捏造倉庫に、捏造在庫を増やすだけだろ」

「それに私は猫ではない」

「こんな無意味な会話はさておき」五郷が自ら仕掛けて置き、自ら梯子を外してゆく。この会話に未来はないという見切りもありそうな様子だった。「どうするかな、残された時間って、あとイチんちしかないんだろ」

「ああ、タイムリミットはちゃくちゃくと迫っている」

「あんたが勝手につくったタイムリミットであんたも含めて頭をイタませるっていう、謎の構造ではあるがな。そうはいっても焦るわ焦るってことか」

「あいかわらず、入る場所が難し会話だなあ」一条がぼやく。

「これからどうするね、ふたりとも」

「今日はもう帰るに決まってんだろ」五郷はむしろ、聞く間でもないことを聞くなという強行な返しをした。「いつまでも、夜、外をうろついてられっかよ、ど真ん中な夕飯も食ってねえし、それに妖怪でもあるまいし」

「まあそうか」矢山はもっともだと受け入れつつ「一条くん、君の方はどう思っているんだい?」と、なにか状況の好転の望みはないかと一条へもしゃべりかける。

「いや、ぼくも万策は尽きてます。それに六、七時間の間、五郷くんと一緒に猫を探してまあし、消耗がすごいので今日は引き上げさせてもらうつもりです………」

「これは行き止まりに来てしまったようだね。私はいま、ゴールがみえないよ」

「つか、最初からゴールなんてねえからな、あんたのはじめたコレ。誰もがそれだけはわかった上でやってるぞ」

「しかしねえ、このままじゃ、私はずっと家に帰れないし、かるめは幸せになれないし、そして《神殿》も世界を幸せにする人に当たり与えれないよ」

「いまのてめぇの発言のなかで、てめぇ次第って部分が、けっこうな割合でありそうだぞ、そこのてめぇ」

「まるで荒くれものみたいなだね、五郷くん」

「そういう人間とあんたはいままで同じ車内にいたのさ」如何なる効果を狙っての発言かは不明だった。それから続けた。「もうゴチャゴチャ言ってないで、ぜんぶガマンして家かえれよ、バカ社長が」

「………あのー」

 そこへ一条がすーっと、幽霊のような声で間に入る。五郷と矢山の視線がそろった。

「矢山さんって社長なんですよね」

「なんだい、そんなこときいてきて。いやいや、そうだよ、私は社長だよ」

「もうかってるんですか?」

「まあ、それなりにはね」

「じゃ、行方不明猫なんですけど、ぼくたち素人ふたり組が無い野生のカンで探すよ、お金を出してキチンとした専門の業者の方に探してもらった方がいいと思うんですが」

「一条くん、それはさすがに私だって一度は考えたさ」

「なら、なぜやらないんですか」

 問い返す。すると、やや長い間があった後、矢山は「いや」と短く言葉を放った。

「………なんですか、その、いまの《いや》っての?」

「頼んでるんだよね、じつは。もう、すでに、専門業者に。猫探し」

「え、いつ?」と一条が問い返す。

「君たちが猫を探しに出てって、ニ十分後………」言いながら、矢山は木野目を見ると、彼がうなずいた。「そう、ニ十分後ぐらいかな、そうだ、やっぱ、猫探し専門の人に頼んだ方がいいな、って、アイディアが沸いて、で、頼んだ」

 説明を受け、五郷がいった。「戦争が始まる理由が、ここに誕生したぜ、一条さん」

「だって、君たちが猫をみつけらる気がまったくなくって、信じ切れなくって。いやいや、あくまでも、猫探しって部分だけで、信じれなかったってことだよ。猫探しスキル以外、他の部分については、別評価枠になりますから、ね」

「ね、じゃねえだよ、おっさん。なに、あんた、他の下請けにも発注してんだよ」

 五郷が声を大きくして言う。いっぽう、一条は「下請け………」そこの表現部分にひっかかっていてた。

「専門の方へ変えたなら変えたって俺たちに言えよ。言われれば、俺たちだってその場で大捜索を打ち打ち切りにして、じっくりメシ食う時間もとれただぜ。こっちは猫を探さねば、しかし、生きねば、って葛藤の末、コンビニで買ったヤセ細ったチョロスだけで飢えをしのがなくても済んだ、ってんだよ」

「いやー、はは、だってさ。なんとなく私たち、君たちの連絡先とかは知らないでしょ、ケータイの。毎回、翌日の集合時間とか場所は口頭で伝えてたわけで」

「それはまあ、俺だってな」五郷がうなずき答える。「おっさんに連絡先は教えたくねえてのがあったわ。連絡先交換とか想像しただけでムシズとか」

「でしょ、だから今回の急な変更情報は伝えられなかったんだよ。私が一緒に猫探ししてたら、その場で伝えられたけど、いかんせん、私は猫探しには動向できなかったし」

「ならしかたねえか」五郷は折れた。「おっさんに連絡先を教えないで済むんだったら、チョトスで飢えをしのぐなんて、まーだまだハートフルエピソード扱いにできるさ」

「ああー、でさ。もういっちょ、伝えられなかったことがある」

 五郷は淡々とした口調で「調子のんなよ」と苦言を呈す。しかし矢山はかまわず続けた。

「さっきも言った通り、君たちが出発してすぐぐらいに猫探しを専門の業者さんにお願いしたんだよ。したらね、すぐみつかったの。君たちが探しにいって依頼して、二時間後には業者さん、みつけれくれたの、猫」

「なんだと、ハッピーエンドだとお!」

 とたん、五郷は荒ぶった。

「おい、俺と一条さんが、おのれの生命をかけた捜索、という名の戦いとは無関係なところで、待望のオートマチックハッピーエンドかよ!」

「まあまあまあ、けど、待ってほしいだよ、五郷くん」

 矢山にそう言われると、五郷は急速にクールダウンして「ん、なんだよ?」と、問い返す。 数秒前までの異常な興奮状態が鎮まっていた。それを前にした一条が「君の心の仕組みがわからんよ………」と感想をつぶやく。

「なんだよ、おっさん。なにを待てってだ」

「だからさ、猫探しに専門の業者さんに猫は確保してもらったんだよ。で、それ、どー………どうするかって話へなってくわけさ」

「そんなもん、そのままおっさんが家で飼えよ。かんたんだろ、べつに里親を探しのためにベラルーシまで行けってつってるワケでもねえんだから」」

「いや、忘れたのかい? 私は猫が苦手なんだよ、コワいんだよ」

「手術で直に脳でもいじって克服しろよ、脳の猫への恐怖をつかさどる部分を除去してけ」

「そうやすやすと人権を突破するようなことを提案されても困るよ、五郷くん」

 矢山が言うと「そうか、困るのか」と五郷がそういい、さらに「困るのはよくないわな」軟化を示す。

 それから一同は腕を組み、考え込み出す。それは長考となった。

 車内に設備された時計では午後八時半を迎えていた。運転席に収まっている木野目は、深く瞼を閉じていた。

「疲れた」

 無表情で五郷が言った。

「疲れた………し、明日にかけよう………つーか、かけない?」

 ふたりの腹をさぐような言い方で提案する。

「ラスト一日あるし、逆転さよならホームラン、そして永遠の引退、を狙ってかないかい? なーに、明日のうちに、おっさんが死ぬほど苦手な猫を克服して、でもってみつけたを携えて家に帰って、かるめ女子に《さあ、今日から我が家でこの猫を飼うぜえ!》って叫べばいいんだ。かんたんなことさ、ぜんぶガマンして、ムリすればできるはずさ。苦しむのはおっさんだけで、俺たちは無事なんだ。猫を克服するのだって、おっさんがしんどいだけで、俺たちには何の手間もない。待ってるよ、おかしを食べながら、ジュースを飲みながら、じっと待つよ。これは決勝戦みたいなものさ、俺たち出来るとはほぼないんだい。もはや俺たちは何もしなくても、報酬をいただけるカタチになる、それでいいじゃないか。それで俺たちも幸せになるし、おっさん、いや、矢山さんよ、それであんたも家に帰れて、猫を飼えて娘の幸せになる。彼女の幸せが世界を幸せにするんだろ。そして、木野目さん、木野目さんの人生は正直ここまでスペシャルな絡みがないが所属不明だが、きっと、明日が終われば永遠に会わないだろう、それでいいじゃないか。そうやってドラマをつくってこう、人生を豊かにしていこう。挑戦さ、失敗したっていいじゃないか。さあ、ラスト一日だ、明日にすべてかけようぜ、あるかもしれない可能性をすべて、じゃんじゃん明日へおしつけていこうぜ。明日がこの世界の万能薬なのさ、薬があるなら使ってゆこう、おそれるな薬漬け!」

 五郷がどくどくと言い放つ。その場の思いつきの発言であることを微塵も厭わないし、迷わない。

 すると、矢山が見返してきた。

「そうか君がそこまで言うなら。そこまで帰りたいなら、すべて明日にかけて、今日はこれで解散にしようじゃないか」

 神妙は面持ちで、あきらめを話す。

 とたん、五郷の隣に座っていた一条が、目の下にクマが現れはじめた顏で「帰れる………」と、何かの最終回めいた言葉をこぼした。


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