第18話 人生の栄養にならない会話



 翌日、ほどよく晴れた。

 午後二時に一同は集合する。修理が終わった車を引き取りを待っての集合だった。

 なるべく歩きたくない。一歩でもなるべく。しからば、車の受け取りを待とうじゃなか。そのためなら、午前中の活動時間を放棄してもいいじゃないか。

 そういった総意の上に成り立つ集合時間だった。

 公園前に停車されたキャブコンの居住スペースでは、小さなテーブルを挟み、水五と一条は矢山と向かい合っている、運転席には木野目が座っていた。

 ここに、ここ数日間、半で押したような光景が展開される。もはや新鮮味はない。

「いよいよ、今日を入れて残るはあと二日だよ、ふたりとも」

 矢山が場をつくるようにいった。

「まあ、今日はもうしょうみ半分過ぎちゃたがね」

「だんどりが悪いんだろうな」と、五郷がしみじみとした口調で言った。「しかたないけどな、そういうのは人間、なかなか改善できんしな」

「さて、扶養家族の青年である五郷くんのお小言はさておき、いまいちど掲げておくが、残りはあと二日だけだ。この二日で、かるめを幸せにして、世界も幸せにしなきゃいけない」

「あれ? それってさ、そういえば、どういう事情だったんだっけ?」五郷が、当初の目的を忘れてしまっていることを微塵も隠さない。「つか、俺たちなんで集まってんだっけ? 昨日、テレビずっと見てたせいかこの大会の根本を忘れた感じがあるよ、俺は」

 そう言われ、矢山は、うーむ、と唸り「いや、ま、もう君はそれでいいよ、そのままにしとこう」と放棄した。「君はただただ、かるめが幸せになるように頑張ればいいんだよ」

「そうか」と、五郷は、雑でこれ程も力の入っていない説得を素直に受け入れてゆく。「見てろよ。ああ、やってやるさ」

「よし。おっと一条くんも、最後までヨロシクなあ」

「ああ、はい、あと一日半ですから………」生気なく答え「あと、一日半か………」さらに生気を欠いて復唱する。

「シンキくせーな」五郷は容赦なくそう言う。「もうあきらめくださいよ」

「ところで、かるめの写真だがね」

「なあ、写真ばっか撮ってないないで少しは勉強したらどうなんだ」と、五郷がいった。

「私に注意しても意味はないよ。むしろ、勉強が必要なのは君の方だと思うよ。しかし、君がいまさら勉強しても、手遅れだろと私は見切ってるけど」

「けど、人生は見切り品さ」

「意味が、地上最強にわからないよ」一条が少し気持ちを立て直したのかそう指摘する。

「人生の栄養にならない会話はさておき」五郷が会話の流れをクリアさせる。「どんな写真だったんだよ」

 矢山へ顏を向ける。すると「それがだね」と言って、スマーフォンを取出す。

 ミニテーブルの上に置かれたスマートフォンの画面をふたりは顏を寄せてのぞき込む。そこには夕暮れらしき時間帯に手つかずの猫のエサの入った皿が写されていた。

「これなんだよねえ」

 五郷は画面をのぞき込みながら「猫のエサだな」といった。「おそらく、二歳用ぐらいの猫のエサだ」

「二歳用って、見てわかるの?」一条が純粋に関心したように訊ねる。

「わかるときも、あります」やや、ふわりとした回答をした。

「いやあね」矢山が腕組みをして言う。「この写真の意味なんだけど、どうも、ウチの家の庭にいつも来て、エサをやってる猫だが、昨日はなぜか食べに来なかったらしいんだよ。それを憂いてのかるめがアップしたみたいなんだよ」

「そいつは一大事だ」

 ぐい、っと五郷が身を乗り出す。そのせいで、肩がぶつかり、一条がやや椅子の横へ押し出された。

「それで矢山さん、昨日の《神殿》の当選者ってどんな人だったんですか?」

「え、ああ、一昨日と同じヒトだった」

「そういうパターンもあんだ………」一条は盲点をつかれ、ショックを受けていた。

 その横で五郷が「雑だなあ」と、嘆かわしそう顏を左右に振る。だが、その顏の振りもすぐにやめて「して、その昨日、エサを食いに来なかった猫つーのが、かるめ女子が飼いたいと言ってる、くだんの猫なのか?」と訊ねる。

「そうらしいよ、んー」

「じゃ、その猫をみつけて、届けりゃ、やっこさんも幸せになるってことだな」

「そうー………かもねえ」

 猫が苦手なこともあってか、矢山も反応は優れない。

「決まりだな、じゃ、猫探しに行くか」五郷はひとり先々に今後を決める。だが、不意に「なあ、そういえば、俺たち、この一週間で七万五千円の報酬くれるんだったよな」と、金の話を持ち出した。

「ああ、払うよ。約束はまもるさ」

 回答を受け「ということはつまり、こういうことか」五郷が考え出す。「結果的に、俺たちは七万五千円もらって猫を探す、ってことか」

「その解釈のネジ曲げ方にはなんだか付き合いたくはないなあ」

 一条が本心を告げる。だが、五郷は「しかし、一条さん。やってきた運命ってのは拒否とか、返品とか不可能んですから」と返す。

「その泥まみれの運命を持って来たのは矢山さんだし、そして、増量させてゆくのは君だけどね」

 言い返すがあきらめの色が濃いため、非難に聞こえない。

「しかし待ちたまえ、五郷くん」今度は矢山が腕組みをした状態で少し、身を前へ寄せた。「たとだ、その猫がみつかったからといって、私の猫が苦手な件が残るよ。我事ながらこの件は、なかなか頑固な汚れみたいなので、かんたんに解決できるとは思えんよ」

「がまんしろよ」五郷は吐き捨てるように一言で返し「一条さん、猫を探しに行きましょう。なーに、狭い町だ、探せばみつかりますよ」いとも軽々と言う。

「ぼくは猫なんか探したことないよ」

「俺には何度もありますぜ、みつかったことないけど」

「成功例ゼロなのに、さも成功例あるみたいな口振りは、犯罪者のそれを想起させるよ」

「だって今回はみつかるかもしれないじゃないですか」

 五郷が歯を見せて話す。

「やってみなきゃわかりませんよ、クジだって引かなきゃ絶対に当たりはありませんよ。打席に立たなきゃホームランもないんですよ。ゲームだって途中で降りたら勝ちは永遠に来ません。やってもダメかもしれない、そんなことばかりで何もしなきゃ、けっきょく、やってもダメだろうな、って方向の想像力だけが育ってしまいます。俺はごめんですぜ。俺はあきらめんです。人にとっては絶望かもしれませんが、それは俺の絶望じゃない。人のつくった絶望を、俺があきらめる理由につかってやる気になんぞ、もうとうありません」

 言い切る。一条はじっと見返し「ごごうくん………」とつぶやく。

「やりましょう、そしてたどり着きましょう。猫ゴール」

「やだ」

 と、一条は即答した。


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