第14話 後ろから肋骨の隙間を狙って刺すように
翌日、五日目は雨だった。激しくはないが朝から降り続けている、そのため外は灰色に近い明るさだった。やや肌寒くもあり、昨日までの春の服装では、ややきびしいものがある。
午後一時、五郷の自宅近くの公園に集合となる。雨ゆえに公園で過ごす人もなかった。時折り、レインコートを来た人間と、レインコートを着て、イヌ用の靴を犬が通り過ぎるのみだった。
五郷と一条はそれぞれビニール傘をさし、公園の端に立って待っていると、コウモリ傘をさした矢山が近づいていた。
そして開口一番に「車、壊れちゃったよ」といって、次に、ははは、っと笑った。
「笑ってんじゃねえよ」
五郷がそう言ったが、矢山は気にもしていない。
雨の降る公園にやってきたのは、矢山ひとりで木野目の姿が見えない。矢山が、まもなくふたり飛んでくるだろうその質問を察して「ああ、木野目さんはね、今日は来ない。車ないからね。あのとは、車とセットのひとだから」
「あの」すると一条がやや前へ向けた。「木野目さんって、この集団のなかでどういう立ち位置なんですか」
あくまでも素朴な疑問として投げかける。
すると、矢山は「一言では説明できない」といった。
「いや。でも、説明しろ、一言で」そこへ何故か五郷が追い詰めてく。追い詰める意図は不明だった。「言えよ、大人だろ。おっさん、社長だろ、父親だろ、一言で説明しろよ。一言以外、ぜったいに表現はゆるさないからな、かならず一言でいえ。もし、二言使ったら、ただじゃおかねえからな」
「あいかわらず陰湿だね、五郷くんは。しかし、キミらしくて私はじつに落ち着くよ」
「まあいい、かんべんしてやろう。どうせ、宇宙一どうでもいいことだし」
「うん、このやり取りそのものがどうでもいいだろうね」一条は諭すように言う。「いや、この、たぶん、ぼくたちがここに集結していることじたい、どうでもいんだろうけど」
三者の会話の内容の無さ、それに関係なく、雨は町へ降り続ける。激しくもなく、さほど弱くもなく。
「そうだ、あの矢山さん。今日、ぼく三時には帰らせてもらいます、用事があるんで」
「おおう、そうかい? なんだい、デートかい、はは」
「ええ、まあ………」
「一条さん、恋人いるの?」五郷が顏をぬうっと、近づけた。さらにもう一度、問う「いるの?」
「ああ、いるよ………うん」
「おおそりゃあ、明るいねえ」矢山は腕組みをした。「で、付き合ってどれくらいなのかね? ああ、差し支えなければの話でいいけど」
「いやいや、ええっと二年前………くらいからですかね、大学入ってすぐ」
照れながらも、一条は答えてゆく。
すると、五郷が「恋人がいるのに、なんでこんなとこで、こんなことやってんですか」と問いかけた。
「ぼくが望んでここにいるワケじゃないよ………というか、五郷くんもそれは知ってるよね、なぜ、それを聞いてくる?」
「そう興奮しないでくださいよ」外れた感じをものともせず、五郷が諫め出す。
「なんだい、一条くん。ということはあれか、きみは、恋人がいながら、うちのかるめからバレンタインデーのチョコをもらったってことかい。おいおい、それは、きみ、不埒なんじゃないかね」
「それ、だから、義理チョコだったって説明しましたよね」
「そうだよ、矢山のおっさん」五郷がしみじみとした口調で会話に入る。「一条さんがもらったのは義理チョコだぞ。しかも、なんか、塾の先生たちにみんであげた義理チョコだ、そんな、たったひとかけらの義理チョコと聞いたぞ。いいか、義理チョコっていうか、まあ、もうただのチョコだよ。もし、一条さんにあげなかったら、もう、そのあたりの野生動物に投げ与えちまうかー、って的な存在感のチョコを、ここにいる一条さんはもらっただけだよ。何の心も入ってない。つまり、ほぼ無だ。無をもらったのが、一条さんだ」
「ちょっとしたラッシュ攻撃の印象があるよ、五郷くん」
「くじけるなよ、一条さん」
「こまったなぁ………」
つぶやくその言葉通り、一条は困った表情を浮かべていた。
「わかったよ、一条くん。今日は、三時までにやり遂げて、みんな三時で帰ろう。五郷くん、今日は一条くんの恋のために、我々もがんばるんだ」
「やだよ、がんばるの」
「さあ、じゃあ今日はね!」
矢山は強引に進行してゆく。一条は、触れるとまた、長引くことを懸念してか、狂いをそのまま捨て置く。
「今日は何もわからないんだ!」
どかんとぶつけるように言う。すぐに五郷が「うん、まあ、あんたが何かわかってたことなんて、いまま一度もないし、これからもたぶんねえよ」と言ってゆく。
無視して矢山は続ける。
「まいったまいった、だってさ、ブロックされちゃって。かるめのSNS軒並み。もう、なーんにもわかんなくなちゃった、はは、なーんか、察したんだろうね」
「ここ数日間、あのあやしげな車で追いかけてたせいじゃないですか………」
「けどけどけど! あきらめてはいけないよ。私はそう思っている。あきらめたら、つまんないからね、うん、そうさ」
「あーあ、なんかさ。昼間に、雨のなか公園でおっさんの話聞くって、けっこうキツいな。おれ、人生にいらないわ、この経験」
なぜ、このタイミングでそんな感想を述べてゆくのか。一条はいぶかしげな表情で五郷を見た。
そして矢山はまた無視する。ひとり無敵艦隊の様相を呈していた。
でもその艦隊、やっぱり沈んしまえばいいのに。五郷の思念が一条には見える気がしていた。
もはや、妖怪戦争めいてもいる。
「今日のかるめの動向はわからない、ゆえに、今日はフリースタイルでやっていこうよ、みんな」
「いっそ、もうなにもやってかなきゃいんだろうけどな」五郷は片手で腹をかきながら言う。
「私には何もアイディアがないので、募集するが。なにかあるかい」
「いや、おれからは、煙もでねえ」
「じゃあ、あれだな。とりあえず、我が家まで行ってみるか」
矢山はそう提案し、ふたりの同意もなく、歩きはじめた。
「ああ、行くか。おっさんの帰れない、おっさんの家へ」
後ろから肋骨の隙間を狙って刺すように、五郷がそう言ったが、矢山は微塵も反応しなかった。
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