第13話 つぶれたテーマパークみたいな顏
車で移動し、場所を矢山の自宅前に移す。
風はなく、空は雲が多いが充分に晴れている。
車が停車され、木野目がサイドブレーキを引き、エンジンを断つと、助手席にいた矢山はシートベルトを外し、ぬるりとふたりの待機する居住空間へ移動した。
小さなテーブルを挟んでふたりと向き合う。
「ついたぞ、ふたりとも」
「一条さんにのウチですね」一条は車内の窓から外の様子を眺めながらいう。
「ああ、おっさんの家なのに、もはや、おっさんが帰れない、おっさんの家だ」
五郷は不要な補足をしながら、小袋に手をつっこみ、スナックコーティングされたピーナッツを喰らう。立寄ってモーニングセットを食べた店のレジ前で販売されていたものを、とちゅう、口が寂しくなるといけねえ、と言って矢山に購入させたものだった。
それを口に運び、食べながら一条とひとつの窓で外を見る。それから五郷は「おれ、ここにはいい思い出ねえんだよな、車に撥ねられた実績がある」とこぼす。
すると、一条は「今日は撥ねられないといいね」そう言った後、すぐに「………って、気が付くと異様な励ましをしている自分がいる………」つぶやき、少し暗くなっていた。さらに「だめだ、この世界観に慣れたら社会へ出れなくなる………」と続けた。
「だいじょうぶさ、一条さんの未来なんて、ここにいる誰も心配してねえ。人間関係なんて使い捨てツールさ。とにかく、思いっきりやろうぜ、人生は片道切符さ」
「なぐさめてるつもりだったら脳が深刻な昨日不全なんだろうけど。崖から突き落としたと同じ効果を発しているよ」
「まあまあ、一条くん」矢山が馴れ馴れしく声をかけてくる。「君が、我がチームの最後の砦なんだから、落ち込んでないでひとつ頼むよ」
「いったい、ぼくは何の砦なんですか」
「さあ、わかんないけど」矢山は一切、考えることなく回答を放棄し「とにかく、まずは今日の作戦を告げてしまおうと思うんだ」自分勝手に進めてゆく。
他者を受け入れるゾーンがない。ある種の高い壁の印象を受ける。
五郷は「まじでハズレの人生を生きてる感じてやまないぜ」と感想を述べ、ピーナッツを口に頬る。それから一条へ、食べるか、と袋を差し出す。一条は、最後の食料でも食べるような濃く暗い表情で、ピーナッツを手にとって口へ運んでゆく。
「じゃ、告げるよ、作戦を」
「おお、告げてみせろよ、ポンコツおっさん。てめぇの低品質な脳漿で編み出しただろう、その、きっとしょぼい作戦を」
「今日、かるめは家から出る予定はおそらく無いんだ」
「………あー、ああ」と、五郷が一呼吸、間をあけてうなずいた。
「今日は、かるめは朝から家でネットゲームやってるみたいなんでね、オンラインゲーム。こういう日はさ、かるめっったら、家から一歩も出ない可能性が高いんだ、ああ」
「おとといみたいに、猫にエサやりに家から、どろ、っと出て来るじゃないのか」
「なんか、今日はもう午後になる前に、あげちゃったみたいなんだ。ほらあそこ、エサの入った皿がすでに置いてあるだろ、な、見えるだろ、エサだけ置いてある、今日はセルフ式でね。そういうパターンもあるんだ。一日中オンラインゲームしたいから、かるめは、そういうところがあるからさ。ま、あそこでモーニング食ってなければ、その場面に間に合った可能性がある」
「ばっかやろうめ」と、五郷は軟球ぶつけるような口調で罵倒する。「おっさん、なーに、おれたちがモーニング食う夢を叶えてんだよ。あーあ、ったくもう、まったくオロかなんだよなぁ、ほんと。未来を描く能力ゼロかよ」
言った後、ピーナッツを食らい、手についたかすかな塩を払う。
「私もちょっと食べたかったんだ、しかたあるまい。あれは皆の罪だよ。みんなで手を繋いでつぐなっていこうよ、五郷くん」
「まあそうだな」
あっさり五郷は同意する。一条は腕を組んですぐ隣いたが、かかわらないようにしていた。物理的な距離は近いが、心の距離は大きく放していた。
「にんげん、誰でも間違いはある」矢山はしつこく自身の正当化を口にした。「あるものかあるんだから、しかたないもの。あるんだから、間違いは」
「そういう、生まれてきてすいませんの精神が大事だ」と五郷はのかった。「でも、生きちゃってるんだもの、生きてゆきます、ってな具合いにな。いやーさ、扶養家族の身分でエラそうにこんなこというのも、申し訳ないが、この現世に」
大きなところに気遣ってく五郷。隣にいた一条は、それよりも前に、もっと身近な実在人物への気遣いもしれくれんかねえ、という表情を浮かべていた。
車内は、どこか心の煉獄感を発す。
「というわけで、かるめは猫のエサはあげてしまったし、ずっとゲームをしているので、家から出て来る可能性はない。ならば、今日の作戦はひとつさ。かるめが家から出てくるように、我々でどうにかしていこうじゃないか」
「それ、手段が目的化しているますよね」一条が問いかける。
そこへ五郷が「一条さん、ムズかしいことを考えたら負けですよ、こんなもの」と、じつはずいぶんの放棄したことを言う。
「我が娘ながら、貴重な青春時代に、一日中家でゲームしてるなんて、あああー、まるで青春時代の私そのものじゃないか!」
「まあ、面白いからな、ゲーム」五郷が言った。
「いや、かるめがやってるゲーム、うちの会社が開発したゲームではあるんだが」
「なるほど」と、五郷がうなずいた。
それから指で自分の顎をさすり、少し間があいた後。
「親の用意したゲームをやる人生なのか、かるめ女子は」
つぶやき、車内に沈黙が流れた。その後。
「やれやれ、なら、どうやって、かるめ女子を家から、どろ、っと出るように仕向けるか」
五郷は言って、小さな椅子の背もたれに寄りかかる。その些細な動きでも、車内は少し揺れた。五郷の唸りにつられてか、一条と矢山を腕を組む。長考者が車内に充満したが、その長考を解いたのも、それをはじめた五郷だった。
「玄関さきでたき火でもして、煙でいぶし出すか」
「君、うちの娘はキツネじゃないだから」矢山は淡々と注意する。
「で、出てきたところにうどんスープをかけてやるんだ」
「目的を見失っている具合のパワーがすごいね」一条が注意してゆく。「君は、人として失いたくたいものを軒並うしなってる気がするよ」
「一条さん、おれは残り少ない貴重な人間性を投じてはいるんですよ、すべて」
「だったら補充すべきだよね」矢山が言う。「その人間性。ダッシュで行って補充してこい」
「どこへ」
「それを探すのが、君の人生のテーマなのさ、五郷くん」
「つぶれたテーマパークみたいな顏しやがって」
得体の知れない愚弄を返す。今日すべき具体的なアイディアは一切出てこず、言語による不毛なやり取りをするばかりだった。
ふたたび、長考による沈黙の間が発生する。車内に設置されたデジタル時計は十一時半に迫っていた。木野目はいつの間にかヘッドホンで両耳を塞ぎ、瞼を閉じている。手は腹部で組合せている。
やがて一条が行った。「成功法で考えたらですよ」
五郷と矢山は、すっと、顏を向ける。
「成功法というか、ストレートに考えたらですよ。娘さんがゲームしてて家から出ないってワケですし、お父さんが行って、どこかで出掛けよう、って誘ったりすればいいんじゃないですか」
「ああ、それはムリさ」
「そうか、裁判所的なところから接近禁止命令が出てるんだな」五郷がそういった。
「出てないよ」矢山は否定した。「いや、なんというか、じつはもう三か月くらい、娘とはまともに会話をしてないんだ。家にも帰れないのもあるけど」
一条は「家に帰れないって、奥さんとの関係悪化のせいですか」そう問いかける。
「まー、そうなんだよねぇ………」
「浮気でもしたんですか」
「はは、とんでもないよ、一条くん、私はそういうことじゃないんだよ。ただねえ、仕事に州中し過ぎちゃったんだよねえ………」
「かるめさんと三か月もまともに話をしてないって………あの、それも仕事に関係あるんですか」
「んん、まあ………そー………そうさねえ」言葉の歯切れの悪さから、それだけでもなさそうだった。「いやいや、ちょーっとしゃべらない期間があきすぎたから、なんだか、娘とは何しゃべっていいのかわからなくなってしまったんだよ。それで三か月、しゃべってない」
「おれなら、おっさんと永遠にしゃべらなくても平気だぜ」言ったのは五郷だった。
「うん、君の心のパターンの発表はいま、いらないなぁ」
「そいで、どうするだ、娘に避けられてる矢山さん」
「かるめを外出させる方法をみんなで編み出そうじゃないか。なーに、いま、ここにこれだけの頭脳が集結したんだ。いい方法はみつかるさ」
「それは、やはり何も考えて来てなかったと判断していいんですよね」一条が訊ねる。「無策であると」
「わかってたけどな」と、五郷がいって、あくびをした。「なんとかしてやろーぜ、おれたちで、せいいっぱい、がんばって」
外見からは気迫はまったく伝わってこず、伝える意志も皆無そうだった。やる気を演じる努力も完全に除外されている。
その上で、五郷はさらに続ける。
「しかし、今日の敵はオンラインゲームか、いままでで最も強敵だな」
あごを指でさすりながらうなる。
いままでの《敵》っとはいったい。一条はあきらかのその部分にひっかかっているような表情を浮かべていたが、不毛なやり取りになること見抜いたのか、指摘はしなかった。
そして、三人は車内でそれぞれ考え、うなる。
やがて、五郷がそれを言う。
「無理だな、家からは絶対に出せない」
きっぱりと迷いなく。
「オンラインゲームに勝つ方法なんてこの世にはないよ。たのしいし、たまに現実より」
すると、矢山が五郷を見返す。
「だね」
と、微塵の抵抗もなく肯定した。
すると、一条が「ああ、ごみ人間たちか………」途方に暮れてつぶあく。
「なぁーに、だいじょうぶですよ、一条さん」五郷へ告げてゆく。「あと三日間もありますから。この後に大逆転が起こるから、捏造してでも起すから大逆転」
聞く者に、おおよそ逆転できそうに思わせない。その口振りと様子は、そこまで領域に達していた。
「つまり、未来へ責任を丸投げ」
さらにそう言う。
「なんのつもりでそれを言ってるんだろう………」
一条はただ疑問をつぶやいた。
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