第10話 始まりの日
クロードの命令通り朝から森の魔物の駆除に出かけた少女だったが、少し前に狩りをしていたので魔物はほとんど見当たらなかった。
「もう少し奥を探してみますか」
いつもならもう少し後に駆除の命令が下るはずだが、今回はかなり早かったことに違和感を覚えながらも命令なのでおとなしく従うことにした。
組織の周辺はすでにあらかた駆除をしたので森の奥へ向かい、隠れている魔物を駆除しにかかる。
数時間で魔物と相対したが、所持していたナイフで危なげなく駆除することができた。
「この森の魔物はほとんど殺したはずですが、どうしましょうか」
命令では森にいる魔物の駆除だったが、そのほとんどを狩りつくしたので組織へ戻るか考える。
時刻は昼過ぎになっており、休憩するのはちょうどいいタイミングだった。
「いったん帰還して、もう一度来ますか」
そう決めた少女は改めて周囲に魔物がいないことを確認して、組織へと向かっていった。
走ること数分、組織に近づいていく語と違和感が強くなっていった。
「何かおかしいですね」
その違和感の正体が何かは分からなかったが、警戒をするに越したことはないので、慎重に進み始めた。
そして建物が見え始めた時に、ようやく違和感の正体が分かった。
「建物が……燃えている」
朝出た時は以上がなかった建物が今では、一部破壊されている箇所があり、炎で侵入も困難になっていた。
「他の組織による襲撃でしょうか?」
原因を考えるが、組織は多くのところから恨みを買っているので絞り切ることはできなかった。
現状少女が行動するべきか判断できなかったので、命令をもらうためにボスのところへ向かうことにした。
正面には襲撃者達が多く存在しており、戦闘するのは得策ではないので、少女の部屋へ直接通じる隠し通路から侵入することにした。
「何が起きているか分かりませんが、とにかく急がなければ」
隠し通路は森の中にあるので、一度建物から離れてきた道を音を立てないようにしながら素早く移動する。
幸い森の中には誰もおらず、敵に発見されることなく隠し通路へたどり着くことができた。
「周囲に人の気配もありませんし、大丈夫そうですね」
最終確認をしてから隠し通路へ入り、自分の部屋へ向かう。
少女の部屋は地下に存在するので、隠し通路も地下を通ることになるので地上の敵に発見される恐れはない。
できる限りの速さで道を駆け抜けて行き、すぐに自分の部屋に通じる扉へたどり着いたのだが、中には人の気配があった。
「買うし通路がバレていたのでしょうか? いや、道中に痕跡はなかったので少なくともここの存在は知られていないはず。ならば、偶然私の部屋へたどり着いたと考えるべきでしょうか?」
すぐさま突入するか思案するが、少女が決断する前に部屋の中にいる人物から声がかかった。
「そこにいるんだね」
いつでも戦闘状態に移行できるように構えるが、すぐに聞こえた声が知っている人物であることに気が付く。
「そこにいるのはクロード様でしょうか?」
「そうだよ。話したいことがあるから、とりあえず入ってきてくれるかな?」
「了解しました」
扉には一部の人間に対してのみ開く生体認証があるので、それを使い部屋の中へ入る。
部屋にはクロードが一人、ベッドの上に烈火を持って座っていた。
「君もここに座りなさい」
「了解しました」
言われた通りにクロードの隣に座り話を聞く体勢を作る。
「それで話とは何でしょうか?」
「そうだね、いくつかあるけどまずは現状について話そうか。簡潔に言うと、ボスはすでに殺され、組織は壊滅状態だ」
来るまでに想像はしていたことだったが、いざそれが現実になると受け入れがたいことだった。
「私は何をすればよいでしょうか」
少女にできることは限られており、戦うことしかできない。
命ある限り組織の道具になることを定められた少女は、今すぐにでも飛び出そうとしたかったが、クロードの止められた。
「話はまだ終わっていないよ」
「失礼しました」
「現状把握が完了したところで、これから君が行うべきことを教えるね」
「お願いします」
魔物との戦闘で体力はほとんど減っていないので、いつでも戦いに出る準備は整っていた。
だが、クロードの口から出た言葉は、少女の考えとは真逆の物だった。
「君は組織を辞めて、普通の人間として暮らすんだ」
「どういう……ことでしょうか?」
言われた意味を理解することができず、問い返す。
「言った通りだよ。組織はもうだめだ。だから君までこの戦いについてくる必要はないんだ。以前も言ったかもしれないけど、君は被害者なんだ。本来当たり前のように与えられていたはずの幸せを奪われた」
「ですが、私は命令が無ければどうやって生きて行けばいいのでしょうか? 私はこれまで命令に従ってきました。私の生きる意味は命令に従うことのみ。それがなくなれば、私は……」
突然このようなことを言われても、少女はすぐに受け入れるわけにはいかなかった。
悪い意味で、少女の組織での生活は日常になってしまっていたのだ。
それがなくなり、いざ自由になったとしてもどうやって生きて行けば分からなかった。
少女は人を殺すための道具であり、それ以外知らないし、知ろうとしてこなかった。
「君はこれから、自分の意思で決めるんだ。何をするにも自分の判断で決めて、自分の責任で行動するんだ。当然このようなことを言われて戸惑うかもしれないけれど、君のためなんだ、わかってくれ」
「ですが……」
先ほどまでの戦いに行く覚悟を決めて少女は消え、今クロードの目の前にいるのは迷子の小さな少女だった。
本来ならばクロードが少女に普通の日常を教えるべきなのだが、それはできなかった。
「ごめんね。君に教えるべきことがたくさんあったのだけれど、もう時間がないんだ。今こうしている間にも敵がこの部屋に向かってきている。だから、早く行きなさい」
「クロード様……私は紅です。この組織のために生み出され、この組織のために死ぬ運命です。なので、この命果てるまでどうか、使ってください」
少女必死に考えた結果、現状維持を選んでしまった。
いや、ただ一人になるのが怖かったのかもしれない。
今戦いに出れば、一人ではない。
だが、この場から逃げ出し生きることになれば、少女は一人になってしまう。
それは怖く、寂しいものだ。
「君のその答えは考えたとは言わないよ。思考放棄しているだけだよ。分かった。命令が欲しいのなら、僕が与えよう」
クロードは厳しくも少女のためを思い、少女の考えを否定する。
そして、今の少女にとっては酷な命令を下す。
「君はここから逃げて、生き延び、普通の人間として暮らすんだ。そして、紅という名前は今をもって処分する」
「そんな……わかりました」
少女は命令という言葉に逆らえず従う。
そんな少女罪悪感を覚えながらも、クロードは付け加える。
「それと、幸せになりなさい。誰か大切な人を作りなさい」
「できるでしょうか?」
少女は常に「了解しました」と言っていたが、初めて不安を見せた。
だが、クロードはそれに答えるわけにはいかなかった。
「それは、君自身でつかむものなんだよ。僕が決められることじゃない」
「私は……」
少女が何か言おうとしたが、この部屋に近づいてくる足音が聞こえた。
「いいか、この剣を持って逃げるんだ。森を抜けてこの先の町へ向かうんだ。そこに僕の友人がいるから、話をするんだ」
「クロード様はどうするのですか?」
「僕は、ここに残る。君と話すのはこれで最後になる」
「そんな……」
少女にとって、クロードは唯一構ってくれていた大切な人間であり、失いたくない存在だと今、ようやく気付くことができた。
だが、時間がそれを許さなかった。
「早く行くんだ」
「ですが……」
「早く!」
クロードの真剣な表情に押されて、少女は剣を持って部屋を出る。
「今までありがとうございました。まだできるか分かりませんが、精いっぱい命令をこなして見せます」
「うん。期待してるよ」
最後にクロードに練習した笑顔を見せて隠し通路に消えていった。
そこから少女は無我夢中だった。
必死に走り続け、地上に出てからも振り返らずに、ただひたすらに走り続けた。
そして気づけば、白いものが森の中で降っていた。
最初は灰かと思っていたがよく見るとそれは、綺麗な雪だった。
「きれい……」
少女は思わず気持ちが口から出たが、すぐに意識を引き締めて雪に足を取られないように注意をしながら森の中を進んで行く。
一歩一歩組織から離れるために進んで行く。
クロードの意思を無駄にしないために、クロードの最後の命令と願いを叶えるために。
「私は、幸せにならなければいけないんだ」
少女は最後の命令の内容を口にする。
幸せがどのようなものか少女にはまだうまく理解できなかったが、それでも理解していかなければならないことは分かっていた。
雪が降りそそぐ中、少女は進み続ける。
組織から逃げて歩き続けること数時間、周囲に生き物の気配がないことに気づいた。
「おかしい、この森には多くの生き物が生息していたはず。灰から身を隠れる場所も多いから魔物化する危険も少ないのに、なぜ生き物がいないの?」
朝に少女が駆除したのは魔物のみで、普通の生き物はいたはずなのだが、思い返せば組織を出てから一度も生き物を見ていなかった。
何かが起きていると考え、より一層警戒心を強めて進んで行くと、何かが倒れているのを発見した。
安全を確認してからゆっくりと近づいて、倒れているものを調べると魔物化した狼だった。
「っ!」
何よりも驚いたのは魔物化した狼の身体がとても冷たいことだった。
狼はすでに死んでいて、綺麗な死体だった。
とりあえず死体をゆっくりと地面に置いてから、周囲の気配を探るが何かがいる気配はなかった。
「魔物をこんなにもきれいに殺すとは、いったいどうやって」
魔物には傷が一切なく、とてもきれいな状態だった。
少女の追手が先にこの道を通って魔物と戦闘になった可能性を考え、素早くその場を離れた。
そしてついに森を抜けると、そこは一面の銀世界が広がっていた。
森の中ではわからなかったが、雪は思ったよりも多く降っていたようでかなり積もっていた。
見惚れていたのは一瞬だけですぐに進むのを再開した。
だが、見通しが甘かったようで天候が一気に崩れて吹雪になった。
「前が……見えない」
雪を溶かすためにと炎を出そうとするが、度重なる疲労のせいかうまく炎が出せなかった。
「このままじゃ……まずい」
雪で分からなくなっているが、ここは荒野で人が一切住んでいない場所だった。
ここで倒れてしまえばいかに頑丈な少女と言えど、命の危機だった。
「私は……幸せに……ならなければ、いけないのに。こんなところで、倒れるわけにはいかない」
必死に歩み続けるが体温はどんどん低下していき、ついに倒れてしまった。
せめて少しでも周りの雪を溶かそうと、最後の力を振り絞り炎を放出した。
少女にまとわりついていた雪たちはうまく溶けていったが、それで少女は体力を使い果たしたのか意識を失ってしまった。
少女の努力をあざ笑うかのように、雪は降りそそぎあっという間に地面を覆いつくして少女の身体にも積もっていった。
*********
少女は自分の身を包む温かさを感じて目を覚ました。
重い瞼を持ち上げて、自分の身体を見ると暖かそうな毛布が体の上にかかっていた。
体を起こして周囲を見渡すと、自分が横になっているベッドのすぐそばに青い髪の少年が眠っていた。
一瞬追ってかと思いビクッと体を震わせて剣を探そうとすると、振動で目が覚めたのか目をこすりながら少年が少女を見た。
少女が何かされるのかと身構える中、少年は目をこすりながらやさしそうな笑顔を浮かべてこう言った。
「おはよう。目が覚めたんだね、良かった」
その時少女は何とも言えぬ気持になった。
少女は今まで目が覚めた時に誰かがそばにいる経験はなく、おはようなどという朝の挨拶なんて交わしたこともなかった。
少女は少年になんと言い返せばいいのかわからず黙っていると、少年は少女の具合が悪いのかと心配しだした。
「大丈夫?どこか痛む?寒い?」
そのおろおろする姿を見て、不思議と少女の顔に笑みがうかんでいた。
少女が突然笑顔になったので、訳が分からず少年は茫然としてしまう。
「すみません状況がうまく呑み込めなかったので、少し考え事をしていました」
少女がそう言うと少年は自分が粗相をしたわけではないと分かり、ほっと息をはいて安心した。
「そうなんだ良かった。何か君の気が触ることでもしていたのかと思ったよ」
「いえ、そんなことはないです。すみませんお礼が遅くなりましたね。あなたが私を助けてくれたのですよね」
あの状況で少女が生きているのは、この少年の助けなしではありえない。
「うん、外で赤い何かが光ったような気がして見に行ったら、雪の中で倒れていたんだ。そのままにしておくわけにもいかなかったから、この家に運んできたんだ」
少女の想像した通りだったが、この後はどうすればいいのか困った。
「もう十分休ませてもらったので、もう大丈夫です」
これ以上長居するわけにはいかなかったので、少女は家を出ようとするが少年に引き留められた。
「どこか行く当てはあるの?」
「いえ、私の居場所はもうなくなりました。これからは近くの町にでも行こうと考えています」
そう答えると少年は少し考えたのちに、とある提案をした。
「それなら一緒に暮らさないかい?」
「一緒に……ですか?」
「ああ、僕も一人で寂しかったし、君さえよければ話し相手になってほしいんだ。だめかな?」
少女に断る理由はなかったが、誘いに乗っていいのか迷った。
今まで自分の意思で決めたことがなかったうえに、クロードの友人が街にいるとも言っていた。
それを無視して少年と過ごしてもいいのか、判断できなかった。
だが、約束を思い出し、決心した。
「私は、幸せにならなければなりません。そのためには、居場所が必要です。それをここにしてもよろしいのですか?」
少女は断られると思いながらも、期待するような眼で少年を見た。
少年は少女の質問に、迷うことなく答えた。
「もちろんいいよ」
「いいのですか?」
あまりの迷いのなさに少女の方が戸惑ってしまうが、少年は笑って少女を受け入れる。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕の名前は、ロイド。君は?」
「私は……」
少年に聞かれるが、少女に名前は存在していないので答えに困ってしまう。
嘘をつくわけにもいかないので、正直に話すことにした。
「私に名前はありません。なのでロイド様、あなたがつけてくれませんか?」
「僕が? いいの?」
「はい。お願いします」
少女は名前を付けられるのならば、この優しい少年につけてもらいたいと思っていた。
さすがに名付けは先ほどのように迷いなく決められず、しばらく悩んでいたがいい名前を思いついたのか、閃いたという表情をしていた。
「じゃあ、朱花と書いてしゅかなんてどうかな? 見たところ東洋の血も混ざっているみたいだし。どう、かな?」
「朱花……はい。私の名前は朱花です」
そう花が咲くような笑顔で、朱花は言うのだった。
赤の景色 健杜 @sougin
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