第9話決断

 その後気づけば自分の部屋のベッドにいたが、どうやって帰ってきたのか覚えていなかった。


 「ボスに報告をしなくては」


 役目を忘れてベッドで寝ていたと思い、急いで動こうとするが体が重く思うように動かなかった。


 「まさか……」


 心当たりはあった。

 あの男に食らった弾丸だ。

 あれはなぜか少女にも通用し、一発食らうごとに体の調子が悪くなっていった。

 逃げるときに取り除いたが、影響はまだ続いているようだったが、体が重いのはそれだけが理由ではなかった。


 「これは……涙?」


 頬に雫が垂れてきていた。

 なぜ涙が出ているのか不思議に思い何かを思い出そうとすると、頭に痛みが走った。

 まるで思い出してはいけないと警告しているように、頭痛は徐々にひどくなっていった。


 「それでも、私は思い出さなければいけない気がします」


 痛みに耐えながら記憶をたどり、なぜ自分が泣いているのか理解した。

 そして理解してときにはもう遅かった。


 「ごめんなさい」


 自分が取り返しのつかないことをしてしまったことを思い出したのだ。


 「私は、彼女から奪ってしまった」


 平穏を、父親を、当たり前に存在していた幸せを。


 「私は……わたしは」


 再びパニック状態になりかけた時、扉をノックされる音が聞こえた。

 その音で正気を何とか取り戻し、ふらつきながらも扉へ歩いていき、扉の前の人物が誰か問う。


 「誰でしょうか」

 「僕だ、クロードだ」


 なぜ、クロードが少女の部屋を訪ねてきたのかわからなかったが、追い返す理由もないので扉を開けて部屋に入れる。


 「ありがとう。ところで、報告をしていないようだけど何かあ……どうしたんだい」


 少女が報告をしていない理由を聞きに来たのだろうが、少女のただ事ではない様子を見て言葉が止まった。


 「いえ、報告を忘れていました。直ちに向かいます」

 「いや、今はそれよりも君のことが大切だ。いったい何があったんだい?」


 クロードは心配してくれるが、少女は答えない……答えられない。

 今は言語化していないのと、クロードが目の前にいるから何とか正気を保てているが、先ほどの出来事を話してしまえばもう戻れないだろう。

 冷酷に任務のために人を殺す道具には。

 道具で亡くなった少女にボスは価値を見出すだろうか、おそらくは失敗作として捨ててしまうだろう。

 そんな予感が少女の頭から離れなかったので、話せなかった。

そんな少女にクロードがかけた言葉は、任務の話の追及や報告しなかったことをとがめる内容ではなかった。


 「任務から帰って、お風呂には入ったかい?」

 「えっ?」


 予想外の質問に反応が遅れるが、クロードは優しくもう一度繰り返すする。


 「任務で動いて疲れたはずだよ。汚れてもいるだろうし、お風呂には入ったのかな?」

 「いえ、入っていません」

 「それじゃあ、入ってきなさい」

 「わかりました」


 クロードの意図がつかめなかったが、おとなしく従うことにした。


 「一時間後にもう一度来るから、ゆっくりあったまるんだよ」


 優しく伝えたクロードは部屋を出て行き、それを見送った少女は言われた通りお風呂に入ることにした。

 しっかり体を洗い、ゆっくりお湯につかる。

 お風呂から出て能力で体や髪の水分を飛ばし、服を着てベッドでクロードが来るのを待つ。

 精神状態は大分落ち着いていた。


 「僕だ、入っていいかい?」

 「はい、大丈夫です」


 返事をすると、先ほどはなかった荷物を持ったクロードが現れた。


 「うん、ちゃんと入ったみたいだね」

 「なぜ、お風呂にはいれとおっしゃったのですか?」

 「そうだね、色々理由はあるけど……いったん心も体もすっきりさせた方がいいと思ってね。お風呂に入れば精神状態も多少ましになると考えたんだ。それで、どうだい?」


 確かに、入る前は色々と考えてしまったが、今は余計なことを考えないようにできている。


 「はい、先ほどはお見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした。今は大分落ち着いております」

 「それは良かった。それで、何かあったか話せるかい?」


 まだ話すのは怖かったが、避けては通れない道だと覚悟を決めて最初から話した。

 声が震え、ちゃんと話せたかどうかわからない。

 最後の方はやはり耐え切れずに涙も零れてしまったが、何とか内容は伝えられたはずだ。


 「以上が、今回の任務で起きたことの全てです」


 話し終え、クロードがどのような表情をしているか見ると


 「えっ?」


 涙を流していた。


 「なぜ、クロード様が泣いているのですか?」

 「それは、君がかわいそうだからだよ」


 少女には理解ができなかった、自分のことを怒ったり非難するのならわかるが、自分のために泣くのは理解不能だった。

 その上、人の幸せを破壊したのにかわいそうだという。

 かわいそうなのは壊された方だというのに。


 「私はかわいそうなんかじゃありません。私なんかがかわいそうであってはいけません。もし、私がそうだとしたら彼女はいったい何と言えばいいのですか?」

 「そうだね、君の言い分はもっともだ。一番かわいそうなのは理不尽に幸せを奪われたその子だ。でもね、君も幸せを奪われて育った子なんだよ」

 「私が?」


 やはりクロードの言うことは理解できない。

 少女は自分が不幸だと思ったことはない。

 自分には居場所もやるべきこともあり、不自由な思いもしたことはない。

 なのになぜ、クロードはそんなにも憐れむような眼で見てくるのだろうか。


 「そうだよ。幸せを知らないんだよ。最初から奪われていたから。君から奪ったものは数多く存在するが、君に与えたものはほとんど存在しない。でも君は、一人で考え悩み、時には涙し、一人で成長してきたんだ。もうすぐ普通の人と同じように考えられるところまで来たんだ」

 「でも、私は……取り返しのつかないことを」


 どれだけ成長したとしても、やった事実はなくならない。


 「それが成長した証なんだよ」

 「これが?」

 「そうだ。今までの君なら、ただ任務を遂行しただけと何も感じなかったはずだ。でも、今君は自分の行ったことを後悔している。殺してしまった人のことを、その家族のことを考えている。これを成長と呼ばずして何という」


 クロードは少女の肩をつかみ熱弁する。

 少女は徐々にクロードの言いたいことを理解し始めていた。

 

 「私は、成長していたんですね」

 「ああ、そうだ。だから、君はここから出なければならない」

 「えっ?」


 突然のことで、クロードが何を言っているのか理解できなかった。


 「こことは?」

 「この組織のことだ」


 ますますわからなかった。

 なぜ、自分がこの組織を抜けなければならないのか。

 なぜ、クロードはそんなことを言うのかわからない。

 でも、一つだけわかることがある。


 「クロード様は、私のことを考えてくださっているのですね」

 「ああ。それが僕の責任だからね」


 クロードは純粋に少女のことを思っていることだけは分かった。


 「ですが、私はこの組織を抜けるつもりはありません」


 だが、少女の意思は昔からずっと変わらない。


 「私は道具です。その道具が組織を抜けることはあってはいけません」


 例え幸せを奪われていようが、酷い行いをされていようが、少女の居場所はここにしかないのだから。


 「君は……そうか。わかったよ、無理強いはしない」


 クロードは残念そうに目を伏せて、荷物を少女に差し出す。

 お礼を言い、中身を取り出すと飲み物が入っていた。


 「これは?」

 「君の体の疲れをとるものだ。そのままでは次の任務に支障が出るだろうからね」

 「任務が出たのですか?}

 「ああ、先ほどボスから伝えるように言われた。森の周辺の魔物の駆除をしてほしいそうだ」

 「森ですか?」

 「ああ、奥の方までしっかり調べてほしいそうだ」


 森はこの前灰が降った時に、あらかた駆除したはずと不思議に思いながらも、命令には従うことにした。


 「その飲み物は任務に行く前に飲むと良い」

 「ありがとうございます」


 そう言うと、クロードは扉へ向かい部屋を出ようとしたがいったん止まり、振り返った。


 「あと、まだ疲れてるようだから、明日任務が終わったら報告は後回しで、部屋で休むようボスが言っていたよ」

 「了解しました」

 「じゃあまた明日」

 「お疲れ様です」


 クロードは手を振って笑顔で部屋を出て行った。

 部屋を出た瞬間、先ほどまでの優しい表情が消え、憎しみのこもった少女には見せたことのないような顔に変化していた。


 「僕は、この組織を破壊する」


 小さく呟き、決心したクロードは動き出すのだった。

 一人の少女のために。

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