第7話揺らいだ心
少女は今回の任務内容の報告するために、ボスの部屋を訪れていた。
数分少女が淡々と報告するのをボスは、事務仕事をこなしながら無言で聞いていた。
「――以上で今回の任務の報告を終了します」
そして少女の報告が終了すると作業をしていた手を一度止め、少女へ視線を向けて「そうか、わかった」と一言発すると少女から興味が消えたのか、すぐに事務作業を再開した。
何か他に命令があるかとしばらく待機していたが、我慢ができなくなった少女がおずおずと声をかけた。
「あの、今回の任務失敗によるペナルティは何でしょうか?」
この組織では、任務を確実にこなすために失敗した場合何かしらのペナルティを課す決まりが存在している。
だから今回の任務の失敗による罰則を受けると考えていたが、何も伝えられなかったので自分から聞いたのだった。
その質問に心底つまらなそうにため息をついて、冷たく少女に言い放った。
「おまえは道具だ。ナイフで人を殺した時に、ナイフに責任を取らせるやつがいるか? そういうことだ。道具でしかないお前に責任は取らせない。わかっらさっさと部屋で待機していろ」
「了解しました。でしゃばったことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
少女はそう言って静かに退出して、自分の部屋へ戻って行った。
部屋へ戻りベットに横になろうとするが、クロードに言われたことを思い出し、シャワーを浴びてから別の服に着替えてからベッド横になった。
体を休めるために眠ることにしたが、今日に限って何故か夢を見た。
「お前は人間じゃない!化け物だ!」
知ってる。
「お前は道具だ。人間らしい感情を持つんじゃない」
分かってる。
「お前は俺達とも違う。人を殺すことしか出来ない!」
同じはずの異能力者に言われたこの言葉は、何故か少し悲しかった。
その後も今まで殺した人間の最後の言葉が繰り返され、何度も何度も何度も何度もお前は人間じゃないと繰り返し言われ続けた。
普段から言われている化け物という言葉が何故か今日は、辛かった。
「……夢か」
起きた時には全身が汗でしっとりと濡れていた。
夢を見たのはいつぶりだろうか、物心ついた時には夢を見なくなっていた。
これまで少女にとっての睡眠は、ただ体を回復させるための手段であり、夢を見るほど熟睡したことは一度もなかった。
今日も普段と変わらずに眠ったつもりだったが、心は違っていたようだった。
「なぜ……このような夢を。なぜ……私は涙をながしているのでしょうか?」
気づけば頬には雫が垂れていた。
手で拭っても拭っても、雫は溢れてくる。
自分でもなぜ泣いているのか理由は分からないが、我慢しなければ何かが壊れてしまうことは分かった。
普段は時間が空いている時は体を休めるために、眠っているが今は眠りたくはなかった。
何か雑念を払うためにやることはないかと、考えた時扉を叩く音が聞こえた。
「僕だ、クロードだ。今入ってもいいかな?」
敵襲かと警戒したが、知っている声が聞こえてきたので警戒を解いて返事をする。
「はい、大丈夫です。今開けますね」
「うん、お願い」
念の為外の気配を探って一人なのを確認したあと、ゆっくりと扉を開けた。
扉の外には白い白衣を来た男性、クロードが立っていた。
クロードは少女の顔を見ると驚いて目を見開いた後、突然おろおろとし始めた。
「どうしたのですか?」
謎のの挙動を不思議に思った少女が問いかけることで正気に戻ったようで、クロードは真剣な顔をして問い返した。
「どうしたも何も聞きたいのはこっちの方だよ。何かあったのかい?」
「何のことでしょうか? 何か粗相でもしてしまったでしょうか?」
クロードが何を言っているのかが分からなかったので、何か気に触る事でもしたのか考えたが、クロードは首を振って否定した。
「僕はね、君が泣いていることを心配しているんだよ」
「私が泣いてる?」
まだ涙が零れているのかと手で目を触れてみるが、零れていなかったので首を傾げた。
その少女の可愛らしい仕草にクロードは笑みをこぼすが、すぐに表情を引きしめた。
「今は、泣いていないけど涙の痕が残っているよ。何か、辛いことがあったんだね」
クロードに涙の原因を問われるが、少女は首を振って否定する。
「辛いことは何もありませんでした。私はいつ戻り任務に取り組み、帰還しただけです」
「そうなんだ。それじゃあ任務で何があったのか、帰ってきてから君が何を考えて何を思ったのか、僕に教えてくれないかい?」
「はい、了解しました」
少女が背筋を伸ばしてそう返答すると、クロードは苦笑しながら言った。
「これは命令じゃないんだ。だから、君が話したくないと思ったのなら話さなくてもいいよ」
「いえ、話したくないとは思っていないので大丈夫ですよ」
「うん、それなら聞かせてほしい」
少女は話した。
任務で起こった出来事、帰ってきてボスに言われたこと、久しぶりに見た夢のことを。
それを聞いたクロードはただ一言「辛かったね」と少女に言った。
少女はそう言われたがなぜ辛かったと思われているのかが分からなかった。
「私は辛くはありませんでしたよ」
「君はそう言うと思ったよ。でも君はまだ、感情を詳しく知らないんだ。悲しかったんだろ、涙が出るほど辛かったんだろ、胸が苦しくなったんだろ。それは悲しいっていう感情なんだ。君が何を言おうと、君の心は悲しんでいるんだ」
「悲しむ……」
「そうだよ。君は今まで何とも思っていなかった化け物という言葉を、初めて悲しい言葉だって分かったんだ。成長したんだよ」
クロードの言葉には徐々に熱が籠っていき、その熱は少女にも移っていった。
「今まで君は組織に必要ないと感情を排除されていたけど、自力で感情を取り戻そうとしているんだよ」
「こんなただ辛くて悲しいものなら、私はいりません」
俯きながらか細い声で少女が言うと、クロードは悲しそうな顔をして言った。
「駄目だよそんなことを言っては。本当に化け物になってしまうよ」
「それは……いやですね。言われることになれてはいますが、本当にそうなるのは少し悲しいです」
「君がそう思ってくれてよかったよ。でもね、一つだけ違う部分があるよ」
「違う部分……?」
「うん、言われることに慣れていると言ったけれど、それは違うんだ。感覚がマヒしてしまっているんだよ。だから、これからはもう少しだけ自分のことを大切にしてくれると嬉しいな」
感情というものをようやく知り始めた少女にとって、クロードの言っていることはまだうまく理解できなかった。
それでも、クロードが自分のことを思って言ってくれていることは分かった。
だから、今までよりもう少し他人の気持ちを理解するよう決心した。
「様々な心配をかけて申し訳ありませんでした」
「違うよ。僕は僕がしたいから君を心配しているんだ。だから謝るより、笑顔でありがとうと言われた方が何倍もうれしいよ」
クロードにそう言われて自身の口角を指で押し上げて笑顔の形を作るが、すぐに下がってしまいうまくできなかった。
その様子を微笑ましいものを見るように笑いながらクロードは何も言わずに見守る。
やがて、笑顔を作るのには練習が必要と判断した少女は、笑顔の代わりに真剣な表所で頭を下げながらお礼を言った。
「この度は私を心配してくださりありがとうございました」
「どういたしまして。次は笑顔を見せてくれるといいな」
「精進します」
少女のその言葉を聞けて満足そうに笑ったクロードは、立ち上がって扉に向かう。
「君の成長具合もわかったことだし、今日は帰ることにするよ」
「すみません、少々待ってもらってもよろしいですか?」
部屋を出て行こうとしたクロードを少女が呼び止めた。
振り向くと少女は近くにあったカバンから箱を取り出して、そのまま渡してきた。
「これは?」
突然箱を渡されたクロードは、その箱が何なのか問いかける。
「それは、研究所の方からとってきて欲しいと言われた異能力者の方々の手です」
淡々と成果を報告する少女に対して、渡された物の意味を理解したクロードは今までの穏やかな表情とは一変して強張った表情になり、箱を持つ手は震えていた。
だがすぐに強張った表情を無理やり緩めたクロードは、少女へ一言お礼を言って部屋から出て行った。
「ありがとう、それじゃもう行くね。次の任務が終わったらまた来るね」
「分かりました。ではまた後日」
クロードを見送った後少女は笑顔を作る練習を始めた。
いつの日か笑顔でお礼を言えるようになったと、胸を張って言えるように。
気づけば夢のことは頭の中にはなく、悲しい気持ちも忘れていた。
この日から少女は暇な時間があれば、笑顔を作るようになった。
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