第6話 ずれだした歯車

 「トレイル!」


 突然仲間が燃え出したことに動揺する。

 少女は炎を出していない上に常にバリアで守っていたのにもかかわらず、トレイルは燃えているのだから動揺するのも無理はなかった。

 だが、その動揺した隙を少女は見逃さない。


 「クリス、やつが来てる」


 少女が動いたことにいち早く気づいて正気に戻ったヴァイスが、危険を知らせるために叫ぶ。

 その叫びを聞いて慌てたゴードンが、クリスと少女の元へ走って駆け寄ってくる。


 「死ね!」


 クリスは自分の身を守るために風の斬撃を複数発生させて少女に向かって飛ばすが、少女の剣から放たれた炎によって全てかき消されてしまう。

 そのまま切られるかに思えたが、間一髪バリアが間に合ったようで顔のすぐ前で剣を止まっていた。


 「危なかったな」

 「悪い、助かったゴードン」


 仲間の窮地を乗り越えたことに安堵するクリスたちだが、その一方でヴァイスはトレイルが燃えた謎を考えていた。


 「紅は炎を出していなかったにもかかわらず、トレイルは燃えた。さっきまでは血を大量に出して炎が出せなくなっていたのに、今は普通に炎を出して戦っている。おそらくここにトレイルが燃えたヒントが隠されているはずだ」


 トレイルが死んだことで均衡が破られ接近戦が苦手なクリスが、劣勢になっていたが少女は相変わらずバリアを突破することが叶わず、血を流しながら無駄な攻撃を強いられていた。


 「なぜあんなにもちをんがして動ける。いや、どうしてまだ血が大量に流れているんだ?まさか!」


 ヴァイスが能力の秘密に気付いた時にはすでに少女の準備は終わっていた。


 「クリス今すぐその服を脱げ!」

 「はっ?」

 「いいから早く!」


 ヴァイスの突然の言動にクリスは戸惑いすぐに実行に移さない。

 少女は能力の種がバレたと察して、戦いを終わらせに動いた。


 「燃えなさい!」


 剣と手から炎を放出してクリスとゴードンの前に炎の壁を作り、ヴァイスへと突進をする。


 「ヴァイス逃げろ!」


 視界をふさがれたゴードンが炎の後ろから大声でヴァイスに叫ぶがもう遅かった。

 

 「こふ……っ」


 炎から移動したゴードンの目には、剣で胸を一つ気にされたヴァイスの姿が映った。

 

 「てめぇやりやがったな!」


 仲間の死に怒り、クリスは風を使って自信を浮かせて空中から少女を攻撃をしようとするが、残念ながらそれを行動に移すことはなかった。


 「もう飽きた」


 少女が小さく一言呟くと同時にクリスは発火して全身が炎に包まれた。

 混乱したクリスはそのまま能力の制御を失って空に飛ぶことができなくなり、地面に頭から落ちてしまった。


 「クリス!」


 安否を確認しようとヴァイスが駆け寄ろうとするが、血でぬれた地面に足を取られて転んでしまう。

 そして今まで暗くて気づけなかったが、地面におびただしい量の血が流れていることに気づいた。

 血の流れを目で追っていくと信じられない光景がゴードンの目に映った。

 血の流れの先にはクリスによって切られた部分から未だに血を流す少女の姿があった。

 

 「どうしてまだ立っていられるんだよ。どうして、それだけの血をまだ流していられるんだよ!」

 「敵に不要な情報は与えるなと言われている」


 冷たく言い放った少女は冷酷な目でゴードンを見ていたが、やがて興味を失ったように目をそらすと同時にゴードンは足元から発火した。


「お前は俺達とも違う。人を殺すことしか出来ないただの化け物だ!」


最後に断末魔の代わりに少女を否定して死んでいった。


 断末魔の叫びが聞こえてきたがすぐに静かになり、残るのは少女とアンドロフのみだった。

 先ほどの明るさが今では嘘のように、静寂と闇が当たりを支配していた。

 その静寂を破ったのはアンドロフだった。


 「さすが紅だね。この一瞬で彼らを殺すとはさすがに想定外だったよ」

 「残るはあなただけです」


 少女は最後の獲物に剣を向けるが、当の向けられている本人はおどけて笑っていた。


 「僕もこの三人のように発火させて殺すかい?」

 「はい、あなたも燃やして殺します」

 「無理だね」


 アンドロフに断言され少し表情が強張|ったがすぐに、無表情に戻り近づいていく。


 「なぜそう思うのですか?」

 「なぜも何も君の異能力は自身の血を代償に炎を放出する。そして、その血も燃やすことができるんだろ」


 少女は表情も変えずに無表情で歩き続ける。

 アンドロフはその少女の様子を気にせずに話し続ける。


 「だから血まみれの君を殴ったアンドロフ、斬撃で返り血を浴びたクリス、血が流れていた地面にいたゴードンの三人は燃えたんだろ。そして血を浴びず、血の地面の上にもいなかったヴァイスは剣で殺した。何か間違っているかい?」

 「仲間が全員死んだにしては冷静ですね」

 「いや、当然大切な仲間が死んだことは悲しいよ。でも、それ以上にあの組織の最高傑作である君の力が想像以上で興奮してしまっているんだ。異能力で強化されているトレイルの攻撃をまともに受けて、骨すら折れていない。そんなことが有り得るのかいや、普通の人間ならばありえない。彼らと同じ言い方をするのは嫌だが、そんなものは人間ではなく化け物と呼ばれる生物だろう。そう、君は組織によって生み出された化け物だったのだ。ああ、実に興味深い。その異能力はどのようにして産み出されたのか、その灰の耐性はどのように手に入れたのか。興味が尽きないね。すまない、少し興奮してしまった。」


他人の感情の機微に疎い少女であっても、アンドロフのおぞましい狂気は感じ取ることが出来た。


「いえ私は別に構いませんが、お話はもう良いんですか?」

「もう終わったよ。それに君の方も準備はできたんだろ?」


アンドロフが話している間にやっていたことがばれていて驚くが、心を平静にする。

戦闘では感情を出しすぎた者から死んでいく。


「なんのことか、私にはわかりませんね」

 

惚けたように言ってみるが、全て見抜いているアンドロフには意味がなかった。


「誤魔化さなくてもいいよ、全部わかってるから。僕が話している間にその剣に血を溜め込んでいたんだろ。それに、この周囲に存在する血を燃やす準備も出来たんだろ?」


その通りだった、少女は他の四人が見抜けなかった炎の仕組みを理解していたこの男を最大限に警戒していた。

また、この男の異能力も分からないので無闇な突進はやめて、話を聞いている間に殺しきるための準備をしていた。

その準備もこの男の前では見抜かれていたが、異能力に関係があるのかと考えるがその思考もアンドロフにはお見通しだった。


 「残念だけど、君の炎の仕組みや今の準備を見抜いたことに異能力は関係ないよ。それこそ、この程度のことを見抜くために異能力を使うのなんてバカバカしいね」

 「そんなことは聞いてないです」


 饒舌に語るその口を黙らせようと一気に炎を放出するが、アンドロフの姿は目の前から消滅する。

 即座に周囲に炎を展開するが、当たった様子はなかった。


 「どこに……?」

 「ここだよっ」


 声が頭上から下と同時に頭に強い衝撃が与えられる。

 倒れながら声の下方向を目で見ると、空中で蹴りの動作をしているアンドロフが映った。

 空中ならば逃げることはできないと考え、地面にあった血を利用して炎の柱をアンドロフめがけて作るがまたしても炎が当たる前に姿が消えてしまった。

 これだけ何度も見れば少女にも何の異能力なのかは想像がついた。


 「瞬間移動……」

 「正解」


 再び声がしたかと思えば、少女の三メートルほど前にアンドロフは姿を現していた。


 「僕の異能力が分かったところで、どうするのが正解だとおもう?」

 「どうするも何も私にできることは多くはありません」


 そう言って少女は足に力を込めて思い切り地面を蹴り、ミサイルのようにアンドロフへと突進した。


 「安直だな。その程度の速さで僕の瞬間移動に勝てると思ったの?」


 剣を抜き炎をアンドロフへ放つが、攻撃が当たることはなく木を焼いただけだった。

 そして着地する瞬間に背後に気配を感じたので、振り返らずに炎を放つがそれも当たることはなかった。


 「当然カウンターも予想してるよ。それで、もうおしまい?」

 「いえ、これからです」


 少女が振り返ると同時に二人がいる空間に炎が発生した。

 周囲一帯この森ごと焼く勢いで炎が燃え盛り、その全てを少女は制御する。

 アンドロフへの答えは単純明快。


 「瞬間移動する場所全てに炎を発生させる」


 難しいことは考えずにシンプルな力押しでの作戦だった。


 「いや残念、惜しかったよ」


 背後に空気の揺らぎを感じて即座に叩き切ろうとした少女だったが、次の瞬間には空中にいた。

 状況把握するために周囲を素早く見れば、落下する少女から少し離れたところで、同じように落下しているアンドロフの姿があった。


 「単純な力押しの作戦とも呼べないお粗末なものだったが、案外良い線言ってたよ。地上の逃げ場をなくして空中にも炎を操り、どこに移動しようが一瞬で焼く考え。これに対して僕が取れる択は多くない」

 「どうやって……」

 

 少女の疑問に愉快そうに笑いながらアンドロフは答えた。


 「炎が発生する前に空中に瞬間移動することで逃げて、その後君の背後に一瞬だけ移動して燃やされる前に君ごと空中にもう一度移動したのさ」

 「ありえない、私の炎は触れた瞬間にあらゆるものを燃やす。たとえそれが一瞬だろうが関係ない。あなたはいったい何をしたの?」


 少女がアンドロフの答えを否定して改めて問うと、笑うのを辞めて無表情へと変化した。


 「なるほど、僕は君の炎を見誤っていたようだ。確かに先ほどの三人を燃やした時は、燃え広がる速度は数秒もなかったね。その考えでいけば僕が燃えていないのはありえない、君はそういうんだね」

 「それにあなたが移動してくる時に空気の揺らぎは感じたけれど、炎では何も感じられなかった」

 「本当に興味深い異能力だ。そうか、炎で焼いている部分すらも認識することができるのか。君のそれは異能力で本来できることを凌駕しているな。今日は会いに来て正解だったよ」


 アンドロフは満足したように笑顔で頷きながら最後に少女に声をかけた。


 「紅、帰る前に良いことを教えてやろう」


 逃げられてしまうと察知した少女はその前に攻撃をしようと足から炎を噴射して、その勢いでアンドロフを切ろうとする。


 「逃がさない!」


 一瞬アンドロフは驚いたように目を見開いたが、すぐに余裕のある表情へと戻り少女へ一言「僕の異能力は瞬間移動ではない」と言い残して姿を消した。


 少女の剣は虚空を切り裂くことしかできなかった。

 そのまま地上へ着地して、無意味に燃え盛る炎を消した。


 念のため再び現れる可能性を考え、数分周囲を警戒し続けたがアンドロフが現れることはもうなかった。

 戦いは決着した。

 異能力者四名を殺したが敵のリーダーを逃す失態を犯し、リーダーを殺害するという任務は失敗に終わった。

 周囲に生えていた木々は全て灰になりその場に残ったのは、月に照らされた血まみれの少女だけだった。

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