第3話 白衣の男性

 血まみれの少女が部屋へ帰ると、血が付くことも気にせずにベッドへ腰かける。

長時間の任務だったので少し休もうとした時、扉がノックされた。


「任務から帰ったって聞いたんだけど、今から時間があるかな?」


 扉の向こう側から、聞き覚えのある男性の声が聞こえてくる。

少女は立ち上がり、扉を開けて男性を迎える。


「はい、今日はもう任務がないので時間は大丈夫ですよ。」

「それならよか……うわぁ!君‼その恰好は何だい!」


 扉を開くと白衣の眼鏡をした茶髪の男性が、少女を見るなり素っ頓狂の声を出して驚いた。


「何って……先ほどまで任務を遂行していたのでその帰りの格好です。何かおかしな部分でもありましたか?」


 改めて自分の格好を確認するが、戦闘の際に付いた返り血が服や体についているだけで、特に不自然な部分は見当たらなかったので首をかしげて男性に問いかける。


「ああもう、おかしいどころじゃないよ!まずその血まみれの服を着替えて、お風呂で汚れを落としてきなさい!」

「私はこの状態でも問題ありませんが?」

「いいから!これは命令だ、服を着替えてお風呂で体の汚れを落としてきなさい。30分後にまた来るから話はそれからだ。」

「りょ、了解しました」


 有無を言わせぬ迫力の白衣の男性に命令と言われたので、少女は不思議に思いながらも、おとなしく命令に従うことにした。


 血がべったりついて使い物にならなくなった服を捨てて、備え付けられている風呂場へ移動して汚れを落とす。

体に付着した水分を能力で蒸発させて、先ほどまで来てたものと同じ服を着る。


 時間を確認するとまだ10分ほど時間があったので、ベッドに腰かけて白衣の男性を待つことにした。

 きっちり30分経った後、扉が再びノックされた。


「僕だ、準備はいいかい?」


 扉の先から白衣の男性の声がしたので、準備が完了したことを伝えて扉を開ける。


「滞りなく準備は完了しました。それでご用件は何でしょうかクロード博士」

「よかった、ちゃんときれいにできたようだね。用件は多分察していると思うけど、君の肉体の定期健診だ。」


 博士と少女はベッドに座って、少女の健康チェックを始めた。

少女の肉体は普通の人間とは違って頑丈なものだが、その力はまだ未知数なので以上がないか定期検診を行っている。


「何か痛みや、異常はあるかな?」

「とくに異常はありません。本日の任務でも支障はありませんでした」

「能力の使用時に問題はあったかな?」

「こちらも特に問題はありませんでした。能力の使用時の肉体の影響もありませんでした」

「じゃあ最後の質問だ。灰に触れて何か肉体に変化はあったかな?ささいな変化や気がするでも構わない」


 少女は少し思案した後、口を開いた。


「灰を体内に取り込んでも変化は何もありませんでした。能力を全力で使用はしていないので、最大出力の変化は分かりませんが」


 クロードは少女の話を聞いて、何かメモした後「これは検診とは関係ないんだけど」と前置きをしてから、少女に再び質問をした。


「君は僕たちを恨んではいるかい?」


 博士に突然このような質問をされて少女は戸惑い、意図を考えたが、答えは見つからなかったので素直に答えた。


「すみません、質問の意図をうまく理解できなかったので十全な回答ができるかわかりませんがそれでも良ければ」

「ああ、それで構わないよ」

「私は博士たちを恨んではおりません。感謝することがあっても、恨む理由などありません」


 少女の発言を聞いて、クロードは嬉しいような悲しいような複雑な表情をした。

少女は期待に応えられなかったかもしれないと、不安になりながらクロードの返答を待つ。


「君は本当なら、危険な思いをせずに温かい家で、優しい家族と、当たり前の幸せな時間を過ごしていたのかもしれないんだ。それを僕ら大人の身勝手な行動でそれを奪ったんだ。それでも君は、僕らを恨んでいないと言えるのかい?」


 少女は組織によって作られた戦うための存在だ。

通常の人間よりも強力な肉体にい能力は、組織の研究によって得たものだった。

組織は少女が生まれると両親から引き離し、組織の道具にするために教育をした。

 そのことをクロードは理解しているのかと問いかけるが、少女の返答は変わらなかった。

 

「はい。答えは変わらず恨んでいません。仮定の話をしても、今存在するのはこの私です。そして、今の私はあなた方のおかげで存在理由を得ています。それが危険なことでも、やるべきことがあるというのは幸せなことではないのでしょうか?」


 少女の素直な気持ちを聞いてクロードは顔をゆがめて、涙をこぼした。

そして拳を血が出るほど強く握った後、少女を優しい表情で見つめた。


「君は優しいね。いや、正確に言うのなら君には任務をこなす以外のことに関心がないんだね。僕たちのせいで」


 博士は悲しそうに呟くが、少女にはその意味が理解できないようだった。

その少女をみたクロードは何やら決心をしたように頷いた後、立ち上がった。


「ありがとう。今日の検診はここまでだ。任務の後なのに、無理をさせて悪かったね」

「いえ、問題ありません」

「そうか、じゃあまたね」

「お気をつけて」


 クロードは笑って手を振った後、部屋から立ち去った。

クロードがいなくなった後、少女は最後の質問の意味を考えた。


「幸せか……私にはよくわからないな」


 静かに呟いた後少女は明日に備えた眠りについた。

この出来事がきっかけで少女の人生が大きく変化することを知らずに。


 


 

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