第2話 死の灰
少女はベッド以外何も置いていない簡素な部屋で目を覚ます。
この部屋は少女に与えられている専用の部屋だが、基本的に外で行動している少女にとっては寝泊まりするだけの場所になっていた。
少女は近くに置いていた自分の得物をとって、何か任務がないか部屋の外へ出ようとすると、いつもと違う組織の雰囲気に気が付いた。
何やら外が騒がしく不思議に思った少女は廊下に出ると、近くにいた男性に話しかける。
「何かあったんですか?」
「あぁ?なんだ紅か。何かもくそもねえよ。灰だよ、死の灰がいつもよりひどいんだよ。」
窓を見ながら不機嫌そうに男性は少女に返答する。
少女も窓の外の景色を見ると、白い灰が多く降りそそいでいた。
見た目だけならば、雪のようで幻想的ですらあるがその実、灰に触れれば生物は死んでしまう恐ろしいものだ。
この灰は50年前に突然降りそそいだもので、最初は誰も気にはしていなかったのだが、その恐ろしさが分かったのは効果が出てからだった。
灰は生物と接触すると体内に取り込まれ、一定量灰を取り込んだ生物は体が変化していく。
筋肉量が突然増殖したり、細胞が恐ろしく増加したりなど、肉体が進化を始めるのだった。
進化と言えば聞こえはいいが、実際はその体の変化に耐え切れずほとんどの者が死んでしまう。
そしてある日、何の前触れもなく突然降りそそいだこの灰は、人類の人口の6割を減らしたのだった。
個人差はあるが外で2.3時間浴びていれば変化が生じてくる。
防ぐには全身を防護服で覆う必要がある。
皮膚に触れさえしなければ安全なので、長袖長ズボンで傘をさして外に出る人もたまに存在する。
この灰はあくまで生物の素肌と接触することで体内に取り込まれる。
つまり衣服を身に着けていればそこまで問題ではなかったのだ。
当初はそのような認識でいたが、灰の研究が進むにつれて大量の灰と接触した衣服は次第に人体に害を及ぼす物質へと変化することが分かった。
このことから、死の灰が降っている時は外出しないようにするか、専用の防護服を着て移動するようになっていった。
そして今日はその灰が多く降っているせいで、大半の任務がこなせないことが問題になっているようだった。
「おそらくお前に任務が来るだろうから、今はおとなしく部屋で待機していろ。」
「了解しました。」
少女は男性の命令に従い、おとなしく部屋へ入って他の命令があるまでで待機することにした。
男性は少女が部屋に戻っていくのを見届けるとその場を立ち去った。
しばらくして招集の要請がかかった少女はボスの部屋へすぐさま移動した。
「失礼します。」
一言声をかけてから部屋へ入ると、忙しそうに書類に目を通しているボがいた。
少女は扉を閉めた後、ボスから話しかけられるまで扉の横で待機した。
そして、五分ほどたった後ボスから任務の内容を告げられた。
「今日の任務はここら一帯の動物及び魔物の討伐だ。何か質問はあるか?」
「いえ、何もありません。速やかに任務を遂行します。」
「今日はいつもより灰の量が多い。特に狩り残しの無いようにな。」
「了解しました。」
少女は予想していた通りの内容だったので、特に質問をせずに部屋を出てすぐさま任務に取り掛かった。
少女の任務は基本的には人を殺すことだが、今日のように死の灰が多く降っている時は、周辺の魔物や動物を討伐することもあった。
なぜ動物を討伐するのかというと、死の灰を体内に取り入れた動物は魔物と言い、人間を積極的に襲う危険な生物に変化してしまう。
死の灰は人間の場合肉体の変化に耐え切れず死亡してしまうが、動物の場合は死亡せずに進化してしまうのだった。
魔物になった動物は本来ならありえない、力や異能を所持していて危険な存在になってしまう。
魔物を処理するのは魔物を専門に狩る人たちの仕事なのだが、数が少なく依頼料も高いので組織は少女に任せていた。
ボスが言うには少女は魔物以上の化け物だから任せられると言っていた。
実際にその通りで、今まで少女は魔物相手でも危なげなく任務をこなしていた。
少女の服装は、最低限の体を覆うだけのもので、白いボロボロの服に白いボロボロのスカートというものだった。
そのような格好のまま外へ出たらあっという間に死の灰によって命を失ってしまうが、少女に灰の影響は一切ないので問題なかった。
外で獲物を探して30分ほどすると、森の中で狼の群れを発見した。
数は10匹ほどで、白い毛並みが美しかった。
少女は気づかれないように気配を消して忍び寄り、まず最後方にいた狼の首を右手のナイフで断ち切った。
赤い鮮やかな血しぶきが少女の白い服を赤く染めていく。
仲間がやられたことに気づいた群れは慌てて逃げ出そうとしたが、時すでに遅く、少女の左腕から放たれた炎に包まれた。
多くの狼が倒れる中、一匹の狼が少女へ反撃をした。
炎の中から飛び出してかみついてきたのだ。
少女は素早く後ろに跳び下がることによって回避して、再び狼に向かって炎を放った。
狼は……いや、魔物へと変化した狼は炎を意に介さず、先ほどよりも数段早く嚙みついてきた。
想定外のスピードで今度は避けきれずに、炎を出していた左腕を嚙まれてしまう。
放っておけばかみちぎられてしまうと判断した少女は炎での迎撃を辞めて、ナイフで首を切断しようと試みた。
ナイフを動かした瞬間狼の魔物は、腕を噛むのを辞めて素早くナイフを避けた。
厄介な魔物へ変化したことを理解した少女は、本気を出すことにした。
ナイフを強く握り魔物を狙うべき部位、首を見つめる。
決着は一瞬、少女が動き逃げる魔物よりも早く移動して首を断ち切った。
狼の群れが全滅したのを確認した少女はすぐに次の獲物を探して森を徘徊した。
狩りは夜になるまで続いた。
夜になってようやく帰ってきた少女を見ると、組織の人間は皆一様に少女から距離をとった。
森から帰ってきた少女の姿は、朝出かけて行くときの白い服ではなく、全身が血で染まった赤い服へ変わっていた。
その姿を見て、誰かが一言、「化け物」とつぶやいた。
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