リーファのおつかい②

 二人の笑いが止まると、おばさんは思い出したかのように「あっ、そうそう。リーファに渡すものがあるんだよ。リサ、アレを持ってきてくれないか?」と言ってリサさんにお願いをする。

 リサさんは「かしこまりました、奥様」と言って、居間から出ていった。

 しばらくすると、リサさんはアクセサリー系の何かが入っているであろう青色のケースを、両手で大事に持って戻ってきた。

 リサさんはそのケースを私に手渡す。


「おばさん、コレは何?」


 私の質問におばさんは「開けてごらん?」と返し、私は促されるままにケースを開けて中身を確認した。


「うわぁ」


 ケースの中には色とりどりの綺麗な宝石で装飾されている、花を模したブローチが入っていた。物の価値があまり分からない私だけど、これは見ただけで高価な物だという事が分かる。

 驚く私を見て、おばさんは「誕生日おめでとう、リーファ」と私を祝福してくれた。

 今日は3月3日。私の誕生日である。


「ありがとう、おばさん!」


「お古で申し訳ないけどね。これは私が今の家に嫁ぐ時に、お母さんから譲り受けたブローチなんだよ」


「いいの?そんな大事なモノを私が貰っても?」


「いいんだよ。息子しか産まれなかったからね。女物のブローチだし、娘同然のリーファに貰ってほしいんだよ。それに……もしかしたら、リーファとはもう会えなくなるかもしれないし、形見だと思って受けとって」


「えっ?」


 私の顔に笑顔が自然と消えた。


「おばさん……何処か悪いの?」


「体はすこぶる元気だよ。私はもっと長生きするつもりだから、そんな心配そうな顔をして私を見つめないでおくれ」


 安心させようとしてか、おばさんは穏やかな笑顔で私に話しをしてくれる。

 良かったぁ……体が悪いわけじゃないんだ。

 私はその事に関しては安心をしたけど、不安が消えた訳ではない。

 私は恐る恐るおばさんに質問をする。


「じゃあ、どうして会えなくなるかもしれないの?」


 私の質問に、おばさんは笑みをこぼしながらも何処か寂しげな表情をして答えてくれた。


「"ラウルの街"に住む息子夫婦に、一緒に住まないかと前々から言われていてね。あんた達が心配でずっと断ってはいたんだけど、私はこの足だ。しばらく戦火に晒されていないとはいえ、魔王領に隣接しているこの街に魔王軍がいつ攻めてくるかは分からない。もしそうなったら避難するのがとても大変なんだ。リサにも凄く迷惑をかけてしまう」


 おばさんの言うとおり、ミーティアの街はここしばらく平和を保ってはいるけど、それをいつ崩れさるかは分からない。

 リサさんは全力でおばさんを助けようとしてくれるだろうけど、歩けないおばさんを介助しながら避難をするのはとても大変な事だ。


「南方にあるラウルの街は凄く離れた場所にあって、この街へやってくるのに馬車を使っても一週間はかかる。そんな場所からわざわざ説得に何度もやってくる息子夫婦にも申し訳がないからね……。私は息子夫婦の提案を受け入れる事にしたんだよ」


 おばさんの話を進む度に、私の涙腺がどんどんと緩んでいく。

 遠い場所にあるラウルの街へおばさんが移り住めば、会いにいくのは子供の私ではとても厳しい。宿のお手伝いもある。

 おばさんがミーティアの街へ遊びに来るのも体に負担がかかるだろう。

 つまり、おばさんがラウルの街へ移り住むという事は、私達とは今生の別れになるかもしれないという事だ。


「……そんなの……寂しいよ……」


 おばさんから貰ったブローチを見つめながら、私はボソッと呟いた。


「私も寂しいよ……。でもね、この決断が出来たのはリーファのおかげなんだよ」


「……私……の?」


「あぁ。私はリーファがしっかり者に育ってくれたから、安心してこの街を出ていく事が出きるんだ。そんなリーファは私の誇りだよ」


「おばさん……」


 おばさんにそう言って貰えるのはとても嬉しい事だ。

 私は必死に涙を堪えた。せっかくおばさんがしっかり者だと言ってくれたんだ。泣いてはいけない。

 それに、涙を見せてしまってはおばさんを困らしてしまうかもしれない。

 おばさんが息子さんと一緒に暮らせる事はとてもいい事だ。おばさんはそれを私のおかげだと言ってくれている。

 だったら、私はおばさんが安心できるように送り出してあげなきゃ。


「おばさん!私が大人になったらおばさんに会いに行くよ!勇者のヨハンさんも16歳で旅を始めたみたいだし、私もそのくらいの歳になればラウルの街へライナを連れて訪ねにいく事が出きると思う!だからあと三年!それまで元気で健康にいてね!」


 私は満面の笑みを見せておばさんにそう言った。しかし、堪えていた涙が一滴頬をつたってしまう。

 あぁ……涙は見せないつもりだったのに。おばさんの目にも光るモノが見える。


「ありがとうね、リーファ。楽しみに待っているよ」


 このおばさんの言葉以降は別の話で花を咲かせ、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 気付けば窓の外から夕陽の光が射し込み、そろそろ帰らないといけない時間になっている事を知る。


「おばさん、リサさん。日か暮れそうなのでそろそろ帰るね」


「そうだね。暗くなる前に帰らないとケインも心配するだろうしね。リーファ、ラウルの街へ行くにはまだ二週間程ある。時間があればまた遊びにきてね」


「うん!今度はライナと一緒にくるね!」


 私は元気いっぱいに返事をして、サテラおばさんの家を後にした。

 リサさんが近くまで私を送ると提案してくれたが、おばさんの手足にならないといけないリサさんに送ってもらうのは申し訳ないので、私はそれを断って一人で家に帰る。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 帰る途中に街を遮る大きな川があり、その川を渡る為には石でできた大きな橋を通っていかないといけない。

 その橋にまでたどり着いた私は、橋の欄干らんかんに登って渡ろうとする。


「はぁ~……おばさん……この街からいなくなっちゃうのか…」


 欄干の上を歩きながらボソッと呟く。


 おばさんも前では明るく振る舞おうとしてはみたが、やっぱりおばさんがこの街を離れてしまうのは凄く寂しい。

 別れは急にやってくる。6年前・・・もそうだった。

 あんなに元気だったお母さんが病で急に死んでしまった時は本当に驚いたし、凄く悲しかった。

 でも、お父さんが頑張ってくれたおかげで私とライナは、寂しくも楽しく笑いながら過ごせている。

 だから、急なお別れはお母さんさんが死んだ事で経験をしているはずなんだけど……こればっかは慣れる事はないんだろうなぁ……。


 お父さんや……ライナも私の前から急にいなくなる時が来るのだろうか?

そればっかりは予想が出来るものじゃない。

 だって、お母さんやおばさんとお別れする事なんて、頭の片隅にも無かったのだもの。

 ……お父さんかライナと急にお別れをする事になってしまったら……私は……


 そんな事を考えながら私は橋の向こう側まで到着し、欄干を軽くジャンプして飛び降りた。

 そして、目を少し伏せながらトボトボと再び歩き始める。そこはかとない不安を胸に抱えながら。

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★失クシテ始まる聖剣物語 〜勇者追放!?魔王をあと一歩の所まで追い詰めたが、魔王を唯一倒せる「聖剣」を無くした事に気づいた時にはもう遅い。魔王に「ざまぁ」と言われながら元来た道を戻って聖剣探す〜★ 周瑜 こうき @hirokiinu

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