リーファのおつかい
◇◆◇◆◇◆◇
「リーファ、サテラおばさんの所へおつかいに行ってくれないか?」
さっきお父さんに言われた言葉だ。
サテラおばさんとはお父さんのお父さんのお姉さん。つまり、私にとっては
お母さんが死んでしまってから、お父さんが忙しい時によく私と妹のライナの面倒をサテラおばさんは見にきてくれた。
おばさんは結構年齢を重ねており、面倒を見てくれていた時も足が悪かった。今は車椅子が無ければ移動をする事も出来ない。
お手伝いさんが家にいるのだけど、おつかいという名目で定期的におばさんの様子を見に行っている。
いつもなら妹のライナと一緒に行くのだけど、「ライナには別にお願いしている事があるんだ」とお父さんに言われて、一人でサテラおばさんの家に行く事になった。
今はお父さんに渡された紙袋を持って、サテラおばさんの家に行く道中だ。
「あれ?あの人は」
道中にある商店街で見覚えのある人物を発見した。その人は沢山の買い物袋を両手いっぱいに抱えて、袋を落とさないように慎重にこちらに向かって歩いている。
その人の名前はヨハンさん。うちの宿に宿泊している勇者様だ。ヨハンさんは史上初めて聖剣デュランダルをこの地に降臨させる為の試練を合格した凄い勇者様なのだけど、その聖剣デュランダルを失くしちゃった、ちょっとおドジな勇者様でもある。
私はこの勇者様が大好きだ。今までも優しい勇者様はいたけど、実績があって有名な勇者様は、自分の功績を鼻にかけて偉そうな人ばかりだった。
でも、ヨハンさんは違った。自慢はよくしてくるけど、私やライナに優しく接してくれる。
私とお父さんが忙しい時はライナの面倒を買って出てくれたり、サテラおばさんの家で力仕事を手伝ってくれた事もある。
お調子者でいつも冗談を言っているけど、それは皆を少しでも楽しませてくれようとしているのだと思う。
聖剣デュランダルを手にした偉くて有名な勇者様なのだけど、なんだか近所の面白いお兄ちゃんみたいな印象だ。
聖剣デュランダルの試練を合格した事も尊敬しているけど、私はそんな等身大の自分で接してくれている所が好きなのかもしれない。
ヨハンさんは沢山の買い物袋で視界が狭まっているのか、私に気づいていないみたい。私はヨハンさんに声をかける事にした。
「ヨハンさん!こんにちは!」
「ん?その声は……リーファだな?」
私はヨハンさんの視界に入るよう、ヨハンさんの横へと移動する。
「ヨハンさん、凄い量の買い物ですね?クエスト前の買い出しですか?」
「えっ、いや……まぁそんな所かな?」
ん?ヨハンさんは私に質問をされて少し戸惑っているようだ。よく分からないけど、クエストに挑むにあたってあまり子供には言えない事もあるのかもしれない。
ヨハンさんは王様にも面識がある方だ。王族から秘密の指令がギルドを通して下されていてもおかしくない。
あまり余計な詮索はしない方がよさそうだ。話を変えよう。
「そう言えばヨハンさん、ミネルバさんに許してもらえたみたいですね!良かっですね!」
「ハハハ……メリッサとヨウランが説得してくれてなんとかね……。でも、宿へ入る許可をくれただけで、許してもらえたかどうかは……」
「ハハハ、ヨハンさんも大変ですね」
「まぁ、俺が悪いんだけどね」
ヨハンさんは困ったように笑いながら言った。
「それじゃあ、そろそろ行くね。リーファもおつかい気をつけてね。サテラおばさんにも宜しく言っておいて」
「はい!ヨハンさんも荷物が多くて大変そうですから気をつけください。それでは失礼します」
私は頭をペコリと下げて、ヨハンさんと別れた。
……あれ?私、ヨハンさんにサテラおばさんの家へおつかいに行く事を言ってたっけ?
まぁ、いいか。多分、お父さんから聞いたんだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ヨハンさんと別れて数十分程が経ち、私はサテラおばさんの家の前へとやってきた。三階建ての一軒家であり、周りの家と比べるとそこそこに大きな家である。
私は玄関の扉を三回コンコンとノックをし、「サテラおばさーん!リーファです!お使いにきましたぁ!」と大きな声で呼び掛けた。
すると、しばらくしてお手伝いの"リサ"さんが扉を開けて迎え入れにきてくれた。
リサさんは綺麗で長い黒髪が特徴のおしとやかな女性だ。礼儀作法もそつなつこなし、私やライナにも敬語で喋ってくれる。
「リサさん!こんにちは!」
「お嬢様、こんにちはでございます」
リサさんは私に頭をペコリと下げて挨拶をしてくれる。
「リサさん、お嬢様はやめてくださいよ。私は別にサテラおばさんの家の子じゃないんですから」
「いえ、奥様はリーファ様とライナ様は娘みたいなものだとよく仰られております。奥様がそう思っていらっしゃるなら、私にとってもリーファ様は奥様のご息女とお変わりありません」
「ハハハ、分かりました」
リサさんも昔は冒険者だった。魔王軍の幹部との戦いに敗れ、重傷を負いながらもミーティアの街へなんとか逃げ延び、ボロボロになって倒れている所をサテラおばさんに助けてもらったらしい。
それ以来、リサさんはサテラおばさんの家でお手伝いさんとして働いているみたいだ。
私はリサさんに案内され、サテラおばさんの居る居間へと向かう。
「おばさん!こんにちは!」
「いらっしゃいリーファ。元気そうね」
「うん!元気だよ!」
サテラおばさんはテーブルの前で車椅子に座っており、毛糸を使って編み物をしていた。私はおばさんの向かい側にある椅子に座る。そして、おばさんにお使いの品を渡そうと、お父さんから預かった紙袋をおばさんに差し出す。
「はい、おばさん。これ、お父さんから預かってきたものです」
「わざわざありがとうね、リーファ。今日はゆっくりしていってね」
「うん!」
そんなやり取りをしていると、リサさんが紅茶とお菓子を出してくれた。
私とおばさんはそれを頂きながら、話に花を咲かせていく。
「ライナとお父さんも元気にしているかい?」
「うん!ライナはいつも楽しそうに本を読んでいるし、お父さんは昨日カジノで負けて、身ぐるみを剥がされちゃうくらいに元気いっぱいだよ!」
おばさんは呆れ顔をして「……あの馬鹿は」と呟く。
「本当にアイツは何をしているのやら……。リーファもあんなお父さんを抱えて苦労をするねぇ……」
「そんな事ないよ?仕事のお手伝いは大好きだし、毎日が楽しいよ」
私はニコッと笑ってそう言うと、おばさんも「ふぅ」と息をはいた後、私に笑顔を向けてくれた。
「本当にリーファはいい子だねぇ。……なんであんな父親からこんな娘が育つのだろうか?お母さんの血が良かったのかしらねぇ?」
「ハハハ」
おばさんの言葉に笑ってはみたが、私は内心複雑な心境だ。
私を褒めてくれるのは嬉しいけど……
私は笑い終えると、視線をティーカップの方に向けて、なるべく穏やかな口調になるよう努めて言葉を紡ぐ。
「……おばさん。私がいい子だとしたら、それは多分お父さんのおかげだと思うの」
「ケインの?」
おばさんは私の言葉に少し驚いた表情を見せたが、すぐに穏やか笑みを作り、私の話を聞く態勢になってくれた。
「……うん。私はどんだけ厳しい状況でも、私とライナを必死に守ろうと頑張ってくれていたお父さんの事を知っている。そんなお父さんだから、私はお父さんのお手伝いを沢山したいと思える。お父さんが私達の為に犠牲になる姿は見ていて辛いの……」
お父さんは私達の前では平気な顔をしていたが、私達がいない場所で辛そうな顔をしていた。隠れて泣いている事もあった。
そんな姿を覗き見ていた私は、お父さんの力になれない事に胸を痛めていた。
「今、私はお父さんの力になれている実感があるし、それでお父さんが少しでも余裕が出来て、たまに馬鹿な事をしても笑い合える今が幸せなの。だから、今の私を見ておばさんがいい子だと言うなら、それはお父さんのおかげ!」
私は満面の笑みをおばさんに見せながら言いきった。おばさんは私の話しに納得をしてくれたようで、「リーファの言うとおりだ。リーファがいい子に育ったのは、ケインがリーファに愛情をたっぷり注いで育てたからだ。お父さんの事を悪くいってすまないね」と穏やかな笑顔のままで謝ってくれた。
私はそれを「ううん」と言って首をふり、「お父さんが呆れちゃうくらいに馬鹿なのは本当の事だから」とおばさんに返した。
おばさんは「違いない」と同調し、その後私とおばさんは「ハハハハハ」と一緒に大笑いをした。
部屋の片隅に佇んでいるリサさんも、無表情ではあるが心なしか笑みを少しこぼしているように見える。
笑いに包まれた居間には和やかな空気が流れていた。
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