ロータス親子③

 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 一時間後……


 日が落ちてきて、夕空が照らしているとあるカジノ店の前に、パンツ一丁で佇む二人の男がいた 。

 一人は体躯のいい中年男性であり、一仕事を終えた男の哀愁を漂わせながらタバコを一服吸っている。パンツには"万年筆"が挿されている。

 もう一人の男は一見若く見えるが、パンツの上にベルトを巻き、ポーチ型の鞄をぶら下げているという、年期が入った変態上級者を思わせる格好をしている。しかし、その佇まいは王者の風格を感じさる程に堂々としたものであった。


 ……まぁ、俺とオッチャンの事なんですけどね。


 オッチャンはタバコとパンツ以外、俺はパンツとベルトとアイテムボックス以外の身ぐるみを全部回収される程の大敗を喫してしまった。

 当然、所持金も0である。


「やっちまったな……」


「そうだね……オッチャン……」


 2万Gは最低残しておく。そう制限をかけていたのだが、勝負に熱くなってしまった二人はそんな制限がある事をすっかり頭の中から消しさってしまった。

 これからどうしようかと頭を悩ますが何も考えつかない俺は、夕焼け色に染まった空を只々呆然と見上げるだけであった。そして、その時である。


「……お前…勇者ヨハンか?」


 年はラックぐらいか、お世辞にも裕福そうに見えず、ボロボロの衣服を着た少年が俺に話しかけていた。

 よく今の姿の俺に話しかけてこれたな。こんな身なりになっても勇者としてのオーラは消せないという事が?

 ……まったく、人気者は辛いぜ……。今はマトモに応対できるような心身状態ではないのだけど、まぁ、民衆の期待に応えるのも勇者の務めか。


「どうしたんだい?サインでも欲しいの?見ての通り、悪いけど今は書くものを持ち合わせていなくて……」


「死ね!!!」


 少年は物騒な言葉を叫びながら、右手に隠しもっていた石を全力でいきなり俺の顔に投げつけてきた。

「うぉ!!」と慌てながらも俺は右手で自分の顔を庇い、なんとか顔への直撃を避けることが出来た。それを見た少年は、きびすを返して走って逃げていく。

 その光景を見たオッチャンは、「オイ!コラ!」と叱る言葉を口にしながら少年を追いかけようとするが、俺はそれを制止した。


「……大丈夫だよオッチャン。今の俺にはお似合いの扱いさ……。それよりごめんね……。俺が……オッチャンをけしかけてしまったばかりに、こんな事になってしまって…」


 こんな事をしでかした俺を敬う子供なんているはずは無かった。少しでも調子に乗ろうとしてしまった事が本当は恥ずかしい。

 しかし、そんな俺みたいな駄目野郎に、オッチャンは優しい言葉を投げがけてくれる。


「なぁに、気にするな。きっかけはお前の提案だったかもしれないが、勝負をすると決断したのはこの俺さ。勝負の責任を他人になすりつけてしまう程、俺は落ちぶれちゃあいねえよ」


「……オッチャン……」


 悠然とタバコの煙を吹かすオッチャンの姿に、俺はおとこを感じた。あぁ、かっけぇよ、オッチャン……。パンツ一丁じゃなければ……。


「ふぅ~……しかし、これからどうすっかなぁ……」


 頭をポリポリかきながら、オッチャンは次の行動について頭を悩ます。


「どうするもこうするも、取り敢えず宿に戻るしかないんじゃない?」


「それはそうだか……この格好でか?」


 オッチャンは両手を広げ、パンツ一丁になった自分の姿を俺に見せつける。そして、先程の悠然な姿とはうって変わって「リーファに……怒られる……」と言いながら、恐怖にプルプルと震えだした。


「オッチャン……カッコ悪い……」


 しかし、俺も人の事は言えない。只でさえ宿を閉め出されている身だ。こんな格好で俺も宿に戻れば再び制裁された後に追い返させられに違いない。

 そんな未来図が脳裏に過り、俺は顔を青ざめさせながらゲンナリした。

 そんな俺の様子に気付いたオッチャンは「どうした?」と声をかけてきた。


「……さっき……聖剣デュランダルを失くしたって言ったよね?」


「そういやぁ言っていたな。とんでもない話だな」


「うん。とんでもない話なんだよ。それでさ……ずっとミネルバの機嫌が悪くて……その後も色々あって、ミネルバに宿から追い出されてしまったんだ……」


「そっか、お前も大変なんだな……」


 オッチャンはパンツの中から持ち運びができる布性の灰皿を取り出し、吸い終わったタバコを灰皿に捨てた。そして、優しく俺の肩に手をポンと置き、優しい目をしながら慰めてくれる。やめて……優しくされると泣きたくなる……。


「多分、あの痴女の事だから、リーファにもデュランダルを失くした事を話しているだろうし……今頃リーファは俺の事を幻滅しているだろうなぁ……」


「リーファがヨハンを?それは絶対に無い」


 オッチャンは自信を持った様子で言い切る。俺はそれに「どうして」と涙目で尋ねた。

 すると、オッチャンはギザな笑みをこぼし、新しいタバコに火をつけながら歩き始めた。おそらく宿に帰ろうとしているのだろう。

 俺もオッチャンの横に並んで歩き始める。オッチャンは歩きながら、リーファが俺に幻滅していない理由を話してくれた。


「リーファは勇者の事を尊敬しているからな。とりわけヨハンの事は今までロータスに宿泊したどの勇者よりも尊敬している」


「リーファが……俺を?」


 はてさて?リーファと出会って2ヶ月程経つが、そんなに尊敬されるような姿を見せた覚えはないが?

 見せた姿と言えば、ミネルバに余計な事を言って制裁されたり、ヨウランに入浴を覗いた事がバレて制裁されたり、ラックの趣味で作っている女の子の人形を誤って壊して制裁されたり、そんな姿ばかりを見せているはずだ。

 ……あれ?もう既に幻滅されててもおかしくね?

 空を見上げて「う~ん」と悩んでいる俺の姿を見て、オッチャンは「ハハハ」と笑い、話を続ける。


「ヨハン、実は俺"勇者"なんだ」


「えっ!?そうなの?」


 それは初耳だ。確かに、オッチャンの体躯はただの宿主にしては立派なもので、冒険者稼業をしていたと言われてもさほど驚きはしないが、まさか勇者だったとは。


「まぁ、冒険はとっくの昔に辞めて、勇者登録も解除申請をしているから、厳密には"元勇者"なんだけどな」


 オッチャンはそう言うと、照れくさそうにしながら微笑を浮かべ、自分の頬をポリポリと人差し指でかいている。

 勇者登録を解除したという事は、勇者に渡される活動支援金を受けとっていないという事だ。

 リタイアしても登録を解除せず、支援金だけもらってる輩が多い中で、オッチャンはそれをよしとしなかったのだな。

 オッチャンは偉いなぁ~。


「うちの死んだ嫁さんも一緒に冒険をしていた仲間でな、リーファに俺達の冒険話を嫁さんが子守唄代わりに聞かせていたんだよ。そしたら、リーファは冒険をする勇者に凄く憧れを抱いてな、宿泊しにくる勇者達の冒険話を聞くのがリーファの楽しみになったんだ」


「へぇ~」


 そう言えば、リーファには色々冒険の話を聞かれていたような気がする。


「でも、なんで俺が特に尊敬されてるんだ?」


「それは、お前が聖剣デュランダルをこの地に降臨させる為の"試練"に合格したからだよ。今まで誰も乗り越える事が出来なかった……あの"人でなしの試練"をな……」


 そう言うと、オッチャンは眉間に皺をよせて顔付きが険しくなった。オッチャンも試練に挑んだ事があるのだろうか?

 オッチャンが言った通り、聖剣デュランダルの試練はまさしく人でなしと呼ぶにふさわしく、悪意の塊のような試練であった。試練を受けた勇者のほとんどが精神を一度壊してしまう。

 あの性悪の女神・・・・・が考えた試練だから仕方がないが……

 オッチャンは嫌な思い出を体内から出そうとするかのように、大きく「ふぅ~」と息を吐き出し、心を落ち着かせているようだ。


「……うちの宿には試練を受けた事がある勇者達が泊まりにきて、試練の話をリーファはよく聞かされている。リーファも聖剣デュランダルの試練がどれ程に過酷なものか知っているのさ。だから、あの試練を合格し、聖剣デュランダルを手にしたヨハンをリーファは一番に尊敬しているんだ」


「でも……失くしちゃったんだよ?その聖剣デュランダルを?話を聞いたら余計幻滅されているよう気がしてきた……」


 俺は肩を落とし、再びゲンナリとする。


「ハハハ、大丈夫だよ、ヨハン。俺もだけど、リーファは試練を合格した事に尊敬しているんだ。今、聖剣デュランダルを持っていようがいまいだろうがそれは関係ない。それに、リーファは人の失敗を責めたりする子では無いよ」


「オッチャン……」


 オッチャンの優しさが目に染みる。オッチャンの言うとおりだったらいいなぁ。でも、幻滅されていない自信はないなぁ~……。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 そうこう話をしているうちに、俺達は宿の前へと到着した。空はすっかり暗くなっている。


「オッチャンどうしたの?早く入りなよ?」


「……うん」


 オッチャンは宿に入るのを躊躇っている様子だ。まぁ、カジノで負けて身ぐるみを回収された姿を娘に見られたくはないだろうけど。しかし……


 -ガチャ-


「あれ、お父さん?それにヨハンさん……って!!二人ともなんなの!?その格好!?」


 俺達はふいに扉を開けて宿から出てきたリーファと出くわしてしまう。

 当然ながら、リーファは俺達の姿を見てビックリしている。


 オッチャンは申し訳なさそうに頭をかきながら、「いや……カジノで負けちゃって……」と事の経緯を端的に説明した。


「もう!お父さんったら!ヨハンさんまで巻き込んじゃって!?」


「えっ!いや!」


 カジノに誘ったのは俺なのだけど、リーファは都合よく勘違いしてくれているみたいだ。

 オッチャンはリーファの勘違いに少し焦った様子だが、俺が誘った事は黙ってくれている。


「もう!取り敢えず二人とも、風邪をひくから宿の中へ入ってください!温かいスープを用意しますから!」


 リーファはプンプンと怒った態度を取っているが、俺達二人が宿に入る事を許してくれるみたいだ。しかも、俺達の体調を気遣いながら。


 オッチャンは「……許してくれるの?」と、恐る恐るリーファに尋ねるが、リーファは「許すも何も、過ぎた事は仕方がないでしょ?これからはしっかりしてよね!お父さん!」と言って、愛情たっぷりの叱咤をオッチャンに返すのであった。


 オッチャンは「すまん」と言いながら、微笑を浮かべて宿へと入っていく。


 あぁ、オッチャンの言うとおり、リーファは人のミスを責めたりする子ではないんだな。本当に優しい子だなぁ。

 そんな事を思いながら宿の前で佇み、ロータス親子を暖かい目で見ていると、「ヨハンさん、何をしているんですか?お食事の用意が出来てますので、早く宿に入ってください」と、リーファが声をかけてくれる。


「ありがとう、リーファ。今いくよ」


 俺はそう言って宿の中へ入ろうと笑顔で歩を進める…………が、宿の敷居を跨ごうとした瞬間、なにやら柔らかい壁にプルんとぶつかり、俺は宿の中へと入る事が出来なかった。

 少し目線を落とし、その壁の正体を確認すると、そこには不機嫌な面構えで俺を睨み付けるミネルバがいた。

 俺はミネルバのおっぱいに宿の敷居を跨ぐ事を防がれたのである。

 ミネルバの姿を見て萎縮する俺に、ミネルバは口を開きはじめる。


「あら、変態勇者。変態が更に磨きかかったその格好は何なのかしら?」


「え~と……娘を想うしがない宿主の願いを叶える為に、一肌脱ごうとカジノへ行ったのですが、一肌どころか色々脱がされちゃう結果になりまして……」


「ふ~ん……。まぁ、それはいいわ。当然、反省してるはずのアンタはデュランダルの情報収集もしていたのよね?」


「いいえ、全く」


「死ね」


 ミネルバはそう言って扉をバン!と勢いよく閉めた。そして、鍵をカチっとかける音が聞こえ、再び俺は宿から閉め出だされたのであった。


 あぁ~……こんな寒空の下でパンツ一丁文無しか……ハハハハハ…………


 リアルに死ぬぞ?


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