ロータス親子
「閉め出されてしまった……、どうすっかなぁ……」
あのミネルバの怒り様では、すぐに許してもらう事は叶わないだろう。口は本当に災いの元だ。
とにかく、このまま宿の前で地に伏していても仕方があるまい。
俺は体についた汚れをパンパンと手で払いのけならがら立ち上がった。そして、装着していた防具などの装備一式をアイテムボックスに収納し、取り敢えず身軽な状態になることにした。
「さぁて、まずはデュランダルの情報収集をかねてブラブラとしてみるか……」
俺はお尻を右手でポリポリかきながら、自分に言い聞かせるようにそう呟き、当てもなくウロウロと散策しはじめる。
山岳を挟んで魔王領に隣接しているこのミーティアの街は、キャビネット王国の中では中規模くらいに位置するそこそこ栄えた街だ。
魔王領と隣接している為、城壁に囲まれている城塞都市ではあるが、長年戦火に晒される事なく魔王領の隣接地としては比較的平和な街である。
隣接地と言えども、魔王領との間に険しい山岳がある為に、一応舗装された道はあるものの、大規模な行軍には適していない道だ。
故に、このミーティアの街は戦火にさらされにくいという事情があり、駐屯している兵も西方と東方にある最前線の街と比べたら小規模なものだ。
少人数で行動している俺達からしたら、魔王領に侵入するにはうってつけの場所である。
魔王領に隣接していることから魔獣も多く、ギルドの討伐依頼も沢山ある為、冒険者にとっては活動拠点として最適な街の一つとして認識されている。
その事から、このミーティアの街は宿場町を中心に栄えていったという経緯がある。
露店街に行くと、人が沢山いて賑わっており、今日も街は平和のようだ。
「おや?あれは?」
とある露店の前で見覚えのある中年男性が、アゴに手を当てながら商品を見つめている姿を発見する。
その中年男性はチョッキの胸ポケットに"万年筆"を挿し、勇者である俺より立派な体躯をしている。どうやら買うか買わないかで悩んでいるようだ。一体何を買おうとしているのだろう?
俺は気になって、商品を見つめている中年男性の後ろから「よぉ~う、オッチャン」と声をかけた。
中年男性は振り向いて俺を確認すると、ぱぁと花のような笑顔を咲かせ「おー!!生きて帰ってきたかぁー!」と言って、喜びながら俺を猛烈に抱きしめてきた。
「オッチャン、やめてよ。中年男性にいきなり抱きしめられて喜ぶ趣味は俺に無いから」
「相変わらず口が悪いなぁ!しかし、その口の悪さを再び聞けて俺は嬉しいよ!」
そう言ってオッチャンは俺の背中をパンパンと叩く。
「ハハハ、ありがとね。オッチャン」
「ヨハン。生きて帰ってきたって事は魔王を倒したって事か!?」
「ギクッ!!」
「ギクッ?」
「いやぁ~……まぁ、あと一歩だったんだけどね」
「そうか……大変な戦いだったんだろうな……。顔も凄いキズだらけだし……」
この顔の傷は全て先程ミネルバに負わされたものである……とは口が裂けても言えない。
「でもまぁ、無事で本当に良かったよ!命あっての物種だからな!」
そう言ってくれる"オッチャン"こと"ケイン・ロータス"は、俺達が宿泊している『ロータス』の宿主であり、先程俺達を出迎えてくれた"リーファ"と"ライナ"の父親である。
このミーティアの街へやってきて2ヶ月程であるが、オッチャンは俺達の事を良くしてくれており、付き合いは短いがこの街で数少ない信用できる人物だ。
冒険者とって悩みの種である宿台もかなり安くしてくれている。
しかし、娘達に店番を押し付けてオッチャンはこんな所で何をしているんだ?
俺は
男性がこんな物を買うという事は、贈り物をしたい意中の女性がいるという事だ。
娘に店番をさせてる間になんて買い物を……
「オッチャン……」
俺は目を細めて疑惑の視線をオッチャンに送る。オッチャンはそれに気づいて慌た様子で弁明を始めた。
「ち、違うんだよ、ヨハン!別にやましい買い物をしようとした訳じゃあなくてさ」
「じゃあ何なの?」
「明日はリーファの13歳になる誕生日でさぁ……。リーファに買ってあげたいと思ってな……」
「リーファに?」
そうか、明日はリーファの誕生日なのか。しかし、13になる娘に送るには、この露店の商品は少し高いように感じる。
店に並ぶアクセサリーは最低でも10万
「オッチャン……まぁリーファもお洒落をしたいお年頃だとは思うけど、さすがにこの店のアクセサリーは子供には高すぎない?いつも宿台を安くしてもらってる身でこんな事を言うのもアレなんだけど、オッチャンそんなに小遣いがある訳では無いんでしょ?」
「う~ん……そうなんだけど、リーファを子供扱いしたくないんだよ」
「子供扱い?」
そう言って、首を横に倒してオッチャンを見つめると、オッチャンは困ったように笑いながら頭をポリポリかいて、昔話を唐突に始めた。
「……うちのカミさんが死んでもう6年になる。幼い娘が二人いる俺には絶望に浸っている暇はなくて、働き手でもあるカミさんを失った俺は本当に休む間もなく娘に飯を食わせる為に必死で働いていた。家事も全部した。あの時は宿を建てたそんなに経っていなくて、お客さんの入りも悪くてなぁ……空室が多い時は雨の中でも声をからしながら呼び込みもしたもんだ」
あっ、コレお涙ちょうだい話だ。絶対そうだ。……俺、その手の話苦手なんだよなぁ……
「正直、凄く辛かったよ。一人になってしまう事があると、カミさんを亡くした事と、現状の辛さが一気に頭を駆け巡って、自分を保てなくなってしまう時もあった。頭痛と吐き気も襲ってきて、今にして思えば心身共にかなり衰弱してたと思う。それでも、娘達の前ではそんな姿を見せまいと、笑顔でいつも娘達と接していた。……いや、していた
「つもり?」
「あぁ……つもりだったんだよ。俺が疲れ果てていた事にリーファは気づいていたんだ。俺はリーファに家事や仕事の手伝いを強要した事ないんだ。娘に母親がいない事で苦労させたくなかったからな。でも、リーファは進んで俺の手伝いを黙ってするようになったんだ。以前から洗濯物をたたむとかはやってくれたよ?しかし、誰に教えてもらう事もなく自分で料理を覚え、家族に毎日ご飯を作ってくれた。そして、家事全般も全てこなそうとしてくれたんだ」
「へぇ~、凄いなリーファは」
俺なんてリーファくらいの年は全然手伝いをしなくて、よく
「あぁ、リーファは本当に凄い。家事だけじゃない。いつの間やら仕事の事まで見て覚えやがってな……ある日、勝手にお客のベッドメイキングをリーファがしてたんだ。俺はそれに対してリーファを怒ってしまってね……リーファの頬を叩いてしまったんだよ」
そう語るオッチャンの顔は笑顔を見せながらも、少し悲しげなものへと変わっていく。
「えっ、どうして叩いたの?リーファ偉いじゃん?」
「大人の仕事を勝手に子供が手を出して、それで不手際があった時にどうするんだ?お客様に子供が勝手にした事ですとは言い訳できないだろ?」
「それはそうだけど……」
「あぁ、分かっているよ。それは建前だよ。本当はリーファに俺のプライドを崩されたから怒ってしまったんだ。あの時の俺は、娘に苦労をかけまいと頑張っていたつもりだから、その娘の手を煩わせてしまった事に、俺のプライドが許さなかったんだ」
オッチャンが語ってくれている当時の心境は、人の親になった事が無い俺にはよく分からない気持ちだ。娘が親の仕事を手伝う事はいい事だと思うし、このご時世珍しい話でもない。
確かに、勝手にしたっていうのは良くない事ではあるかもだしれないが、叩く程では……
それ程に、オッチャンは疲弊して追い詰められていたという事なのかな?
うん。追い詰められた時は人間何するか分かったもんじゃないもんね。デュランダルを失くした事を直前まで皆に黙ってしまったりとか……うん、悪いと思ってます。反省してます。
オッチャンの悲しげな表情も、リーファを叩いてしまった事に対する罪悪感からだよね。反省してるからだよね?
つまり、デュランダルを失くして黙っていた俺と、娘の為に必死働いていた末に娘を叩いてしまったオッチャンは一緒みたいなモノなんだ!!
……一緒……なのかな?
俺は「う~ん……」とか言いながら腕を組み、首を傾げながらその当時のオッチャンと俺が果たして一緒なのかと悩み始めた。
そんな俺を見て、オッチャンは
「えっ、あ、ナンデモナイデスヨ?ハナシヲツヅケテクダサイ」
「なんでカタコト!?」
オッチャンは俺にツッコミを入れながらも話を続ける。
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