第4話 かくれんぼ

 私を見つけてくれる人はどこにいるのだろうか。白馬に乗った王子さまが迎えに来てくれるなんていう夢も、もう見なくなった。そんな歳でもないし、柄でもない。ぼさぼさの寝癖がやけに似合う顔のしわは、みじめながらも必死に生きてきた証だ。


 雑踏に次ぐ雑踏。駅前のショッピングモールは人が多くて、酔いそうになる。人混みは嫌いだ。腕を組んで楽しそうに歩く男女、テーブルを囲んでアイスを食べる親と子供、ベンチの隅に座る老夫婦。いろいろな幸せの形を、鮮やかな色の幸せをまざまざと見させられている気分がする。人混みは嫌いだ。

 今、かくれんぼをしている。彼が隠れて、私が探す。何年も彼を見つけられていない。誰かの曲の歌詞みたいに薄暗い路地裏や、評判の高い飲食店、駅のホームで小一時間うろついたりもした。最悪のことも考えて、デートスポットにまで足をのばした。いっそのこと、この期待を砕いてほしかった。


 「林、来月から山形県の部署に異動な」

 栄養ドリンクをがぶ飲みして、重い足を引きずって出社したのに、部長が書類を見ながら宣告する。顔を見られなくてよかった。光の失った瞳、眉間によるしわ、塞がらない口、生を受けているとは思えない顔をしていたと思う。

 「わかりました」

 やっとの思いで声になった音が部屋の換気扇に吸い込まれた。同僚たちの仕事の音がやけに耳に入ってくる。パソコンを打つ音、紙をめくる音、コーヒーを啜る音たちが私の思考の邪魔をした。

 彼のために上京して、四年。何のために生きてきたのだろうか。友達の友達づたいに手に入れた連絡先に連絡する勇気も結局出ず、何もできなかった四年間。この気持ちだけを熟成して、山形に旅立つ。彼は今、何をして、どこにいるのか。そして誰といるのか。

 東京の大学に進学した情報だけを頼りに、この会社に就職した。彼とどこかでばったり出会う可能性を信じるだけでここまで生きてこれた。この東京を大きな舞台にしたかくれんぼは、彼を見つけられないまま終わってしまう。私は鬼失格だ。


 山形の風が私の涙を乾かしていく。海鳴りは何も知らないで、身体中に響く。この空洞は彼が埋めていたものだ。次は何を入れようか。彼の代わりになるものなどあるのだろうか。


 早く私を見つけてほしい。早く私を見つめてほしい。


 今度はあなたが鬼の番。



                おしまい
























 



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目線の先には/ショートショート集 山井さつき @kyo__goku

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