第2話 村人B

 ティアラをして純白のドレスに身を包むのはクラスでは目立たない、純朴な女の子だ。彼女の良さを分かっているのは僕だけだと思っていた。彼女の姿に胸を躍らせる王様や王子たちを見て、村人Bの僕はうなだれていた。


 この文化祭中に彼女に恋をする人は何人いるだろう。いまさら魅力に気づいて、性格や好きなもの、趣味も知らないで告白する奴もいるんだろうな。確かに彼女はそれくらい美しかった。華奢な体を見ているだけの村人Bには何も巡りあわない。僕だけが彼女を好きでいれば、僕だけが彼女の魅力に気づいていれば、少しでもチャンスがあると思っていたんだ。


 「君の人生は、君が主人公の物語だ」


 メジャーに挑戦する野球選手が言った。そう思えば頑張れるかもしれない。でも僕の人生は全てが彼女中心だったんだ。細くて白い体を地軸にして、柔らかい微笑みの巨大な恒星を、僕は回りに回っていた。今はその軌道から外れ、宇宙の片隅へ飛んでいった様子にケプラーも頭を抱えて悩むだろう。


 文化祭2日目。僕たちの出し物の劇もこの回で終わりだ。あと少ししたら出番は終わり、この衣装も用済みだ。ただ脇役なのは何も変わらない。これが世の中の必然だというように仰々しく厳かに居座っている。 

 プリンセスが自分の恋心を認め、告白するシーンになった。いてもたってもいられなくなって、教室の外に走り出した僕に、気付いた人はおそらくいない。いてもいなくてもいい、ただの脇役。それが僕、村人B。


 中庭で買った綿飴を持って、すっかり暗くなった空をベンチに腰掛けて見ていた。体育館から聞こえてくる後夜祭の熱気を夜風が人知れず冷ましていた。


 綿飴を一口ぱくり、口に入れた次の瞬間、空に大きな花が咲いた。空で燃えたナトリウムとストロンチウムが恋人たちの繋がった手を照らして、恋人たちは歓声をあげる。


 口の中で溶けた砂糖の雲は甘くて食えたもんじゃなかった。吐き出したくて吐き出せない、その淫靡な塊を僕は激しく噛み砕いた。

                                     おしまい


 








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