-.*4話

恐る恐る、扉を開けた。

まるでお化け屋敷に入る瞬間みたいに

それはそれはゆっくりと。


そんなわたしの恐れとは裏腹に

カランコロンと、

とてつもなく可愛いドアベルの音が

ようこそ、と迎え入れてくれる。




「…おじゃま、します……」




蚊の鳴くような声で呟いたのに

静かすぎる店内には十分に響き渡る。

ただ、その響きに何かが応える様子はない。


その静けさがより一層私の不安を煽っていく。


それでも、意を決して一歩中へと踏み入れると、

薄暗い中にぽつぽつと置かれたランプが

オレンジ色の灯りを揺らしているのが分かった。


とはいえ、全体を照らすには小さすぎて

なんとも言えぬ雰囲気に

拍車をかけているだけに思えた。



「…こんなんで、お店って言えるわけ…?」



最早、

お化け屋敷と言って売り出す方がいいまで―



ある。そう思うのと同時にそれは降ってきた。




『…いらっしゃい』


「、ひっ、!?」



不意に、落ちてきた低い声。

それによって、

ただでさえ怯えていた私の腰が抜けるのは必然だった。



「おっと、」



その腰をがしりと掴まれた。

それがわかった途端、私はこの世の終わりを感じる。



死ぬ。殺られる。

このまま、こんな、あっけなく?

興味本位で来た先に

死が待ってるなんて誰が思うわけ?



「って、思うわけあるかー!!

 やだやだやだ!まだ死にたくない!!」


「ちょっと、」


「幾らこの世に希望を見いだせなくったって

 何もかもくだらないって思ってたって

 こんな薄暗くって気味悪いとこで

 わけわかんないものに取り憑かれて死にたくない!!」


「おい。」



バシッ。

一際低い声と共に何かが叩かれた音がする。

その瞬間、目の前に星が散らばった。




「…っ、!?」


「目ぇ覚めたか、お嬢さん。」



目をパチパチさせながらゆっくりと振り返る。

冊子を持ってこちらを見下ろしている男の人がいた。


ゆっくりと、その人の頭の天辺から視線を下ろす。

足が、ある。

と、ぼんやりと思う頃に

後頭部に鈍い痛みを感じ始めた。



「…もしかして、叩きました?」


「叩いた」


「……結構、しっかり叩きました?」


「しっかり叩いた」


「………痛い、」


「お陰で冷静になれたろ」



飄々とした目の前の人の言う通り

冷静にはなった。

そして冷静になればなるほど、今度は憤りが芽生える。




「ひどい!」


「酷いのはどっちだ。

 勝手に人をおばけ扱いしやがって。」


「だって!こんなとこで急に、しかも背後から

 声なんかかけられたら誰だって―」


「それこそ、失礼な話だ。

 人の店を化物屋敷みたいな言い方して」



この店は、れっきとしたカフェだぞ。

と、腕を組み仁王立ちになりながら男の人は言う。



カフェ?

ここのどこが?



そんな怪訝な思いが出ていたのか

男の人は更に不機嫌そうな顔になった。



「はぁ。

 本当に失礼なガキだな。

 何もかも自分の知ってるものが正だと思うなよ」


「なっ、思ってな...」


「思ってるよ。

 さっき悲鳴上げながら

 この世界に希望を見いだせない、だの

 何もかもくだらない、だの

 妙に知ったような口きいて。

 たかだか十数年で、何を分かった気でいるやら」



その言葉に、かあっと、顔が熱くなるのがわかった。


会ったばかりの人こんな説教じみたこと言われるなんて...!




「な、何も、知らないくせに」



必死に絞り出した声は

恥ずかしさと憤りで震える。

それに対する彼の声は

いやに真っ直ぐに響いた。




「知らないね。お前さんのことなんか」


「なのに、それこそ、知ったような事」


「お前のことは知らん。

 けど、お前よりはこの世界を知ってる。

 別に、幸せなことしかない人生だったわけじゃないぞ。

 だけど、そんな捨てたもんじゃないと思う。」



声に負けないくらい

真っ直ぐな視線を向けられて

私は唇を噛むことしかできなかった。



幸せなことしかない人生ではなくても

大切なものを失った人生でも、ないくせに。

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