4 その覚悟はあるか
レヴィンは別室に移動していた。
エイリックが解散を宣言した後、個別に話があるからと彼に呼ばれたためである。
そこは、先ほどまでいた部屋とほとんど同じつくりの応接室で、レヴィンは再びエイリックと座して向き合うかたちになった。
エイリックの背後には、アルフレートが控えている。もう一方の従者であるボードは、ユキと共に先ほどの部屋に残っていた。
「こうやって二人で話すのは、はじめてだね」
微笑みに似た表情を浮かべて、エイリックがささやいた。
「話というのは、君に謝罪をしたかったからなんだ。王家の血が流れているとはいえ、すでに王族ではない君をこんなことに巻き込んでしまって、本当にすまなかったね。今後、神の娘の件については僕が責任をもって引き受けるから、安心していいよ」
柔らかな口調で語ってはいるが、その内容は、レヴィンを事態から遠ざけ、排除するものだった。
また、跳ね返されるかもしれない。そう覚悟しながらも、レヴィンは声を発した。
「……陛下は彼女を、神の娘をどうなさるおつもりですか?」
「王が、国を滅ぼす選択を許すとでも思うかい?」
エイリックの顔に、はっきりと嘲笑が浮かんだ。王である彼にとっては当然のことをレヴィンが尋ねたためだろう。けれど同時にそれは、選択する権利を持っているのはユキである、ということが綺麗に抜け落ちた傲慢な思考でもある。そうレヴィンには感じられた。
エイリックは、レヴィンを遠ざけたあとでユキを懐柔するつもりなのだろう。国を存続させるため、命を捧げる道を彼女自身に選ばせようとしている。
レヴィンの眼光が険しくなったことに気づいたのだろう。エイリックは呆れた顔をした。
「ティシャール公。君だって、彼女の危うさには気づいているんだろう?」
それは、どうとでもとれるような漠然とした問いかけだった。
けれどもレヴィンは息を呑んだ。
「きっと彼女は今ごろ、国を滅ぼす選択をしようと考えているはずだよ。罪悪感なんて少しも抱かずにね。だってそうすれば、大好きな君とずっと一緒に生きられるんだから」
エイリックが口にするその予測を、レヴィンもまた抱いていた。
自身が神の娘であることを知らされても、ユキに動揺はみられなかった。課せられた選択の重さについて、おそらく彼女はまだ理解できていない。
――滅びを選んだ場合には、君と君が愛するもの、すべてが息絶えたそのあとにこの国は滅びるだろう。そして存続を選んだ場合には、その引き換えとして君の命を神へ捧げることになる。
エイリックが語った言葉だけを素直に受け止めたのなら、前者を選びたくなるだろう。顔も名前も知らない誰かのために死ぬよりも、愛するものと共に生きられる道を望むのは自然なことだ。彼女が知る世界の狭さを考えれば、なおさらに。
「選ぶ権利を持っているのは彼女です」
静かな声でそう返しながら、レヴィンは心の中で、けれど、と独り言ちる。
彼女が前者を選んだとき、そこに待つのは自身が滅びを選んだ国で生き続ける人生だ。年齢を重ねるたび近づいてくる滅びを思いながら、目に映る人々の未来を選ばなかった自分と向き合い続けることになる。たとえ今、罪悪感を抱いていなかったとしても、彼女が生涯それを覚えずにいられる保証はどこにもない。
「そう、選ぶのは彼女。神の娘だ。それでもこの国の王は、これまでに二度、神の娘に存続を選ばせているんだよ」
「……すりこみでしょう」
つぶやいたレヴィンに、エイリックは「そう」とうなずく。
「彼女たちは、最初に出会った人間に強く執着する傾向がある。まあ、べつに不思議なことじゃないけどね。生まれ落ちて、はじめに手を差しのべてくれた者を盲目的に信頼する。人もまた元来そうして育つ生き物だ」
エイリックの言葉は、神の娘であるユキもまた人であると彼が認識していることを伝えてくる。だからこそ余計に性質が悪いとも言えた。彼が暗示しているのは、物を知らない未熟な子どもを利用して、犠牲を強いる道を選ばせるということなのだから。
「不服そうだね」
レヴィンを捉えるエイリックの瞳は冷ややかだった。
「押しつけられた理不尽をすべて受け入れて、従順に生きてきたんだろう? なら、今回もそうすればいいじゃないか。君がそうやって同じ場所でうずくまっているあいだに、僕が全部片付けてあげるよ」
語調だけが柔らかい、蔑みのこもった言葉がレヴィンの耳をうった。
レヴィンは一瞬で体が熱くなるのを感じた。今、目の前の青年が貶めたのは、彼の半生であり、塞がらないまま血をにじませる傷口そのものだった。けして不用意に触れていい場所ではない。
「……あなたに」
沸き立つ怒りで震える喉から、唸るような声が漏れた。
「望まれて生まれたあなたに、なにがわかるというんです」
「そもそもわかろうという気がないんだから、わかるはずがないね」
エイリックは冷笑し、白けたようにため息をついた。
「そんなに僕が気に入らないなら、君が自分で選ぶかい? 国のために彼女に死ねと言う? それとも、彼女のために国を滅ぼすのかな? 君が願うなら、どっちだって彼女は従うだろうね。……君はどっちを選ぶの?」
静かに問われて、レヴィンは鼻白んだ。上擦べりしそうになる思考を必死でまとめて言葉を返す。
「……ッ、違う。それを選べるのは……選ぶ権利を持っているのは、彼女だけです」
「そうだね。君の言うことは正しいよ。正しくて楽だね。君はそうやって、彼女一人に決めさせて、彼女一人にすべてを背負わせるつもりなんだ」
「――違うッ!」
激昂したレヴィンが発したのは、悲鳴に近い怒声だった。
それでもエイリックが怯んだ様子はなく、彼は憐れみを含んだ優しげな顔をレヴィンに向けた。
「ねぇ、忘れないで? 僕は君に命じることもできるんだよ。存続を選択するよう、彼女を説得しろって」
レヴィンは言葉を失った。エイリックの言う通り、彼にはそれを命じられる立場がある。そうしていったん命じられてしまえば、レヴィンにそれを拒む権利はないのだ。
空色の瞳を細めたエイリックは、子どもに道理を説き込むように、柔らかな声でレヴィンに言った。
「背負う覚悟がないのなら、君はもう黙っていたほうがいい」
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