【初デート】
次の日、皆で朝食を取ったあと、たかこの復讐の最終準備をした。DVDとケース、封筒に付いた指紋を全て綺麗に拭き取り、指紋を付けないよう慎重に包装してビニール袋に入れた。
準備が昼前に終わり、俺は皆に「今日は自由にしていてくれ」と言って、金の入った封筒をテーブルに置いた。
俺が六本木に行くために色々準備をしていると、りんが来た。
「ねぇ。私も一緒に行っていい?」
いつもの男っ気の強気満々の感じではなく、女らしさ全開で言ってきたため、俺はキュンとしてしまい、それを受け入れるしかなかった。
それに、りんの復讐に関しては二人でじっくり話したことが無かったので丁度いい機会だし、念のために新藤との現場も撮影したかったので逆に助かる。
そんなこんなで準備を終え、俺とりんは車に乗り込み六本木へ向かった。まず昼近かったので、途中のドライブスルーでハンバーガーやポテトを買った。
秋晴れの良い天気。車を走らせながらの食事は「あれ取って」「これ持ってて」と、ワイワイしながらで楽しい。
食事を終え一緒に買ったコーヒーを飲みながら一息ついて運転していると、りんが真面目な感じで言った。
「あのさ私ってさ・・・つか連は私のことどう思う?」
「えぇ?それは何?どういう意味?っていうかあれか・・・えぇ?ちょっと待って。それはさ、なんていうか聞かれて言うものじゃないというかさ・・・」
俺は女の人に告白したことが無く、ドラマや映画などの情報しかないが、女性に聞かれて告白するなんてのは、もってのほかだと思っていたので困惑した。
「何言ってんの?私の容姿についてどう思うかってことなんだけど・・・」
「え?容姿?容姿って姿形のこと?」
「そうだよ」
俺は勝手に早合点したことが恥ずかしく顔が赤くなるのを感じたが、それよりもりんが真面目な感じで聞いて来たため、すぐに答えた。
「正直、やはり芸能関係だっただけにというか、そういう職業のオーラっての?そういうのをすごく感じるし、顔立ち、スタイル、仕草とか女性として完璧だと思うよ」
運転中のためにりんの顔をちゃんと見ることなく答えているので、いつも以上に素直に言えた。
「え?あ・・・ありがと・・・っていうか本当に?本当にそんなに思う?」
俺は若干むっとした。
「本当だよ。つかなんで俺がそんなお世辞言わなきゃいけないのよ・・・あっ!俺が童貞だからりんを狙ってるって?悪いが俺はそんな媚を売る男じゃないよ。大体セックスってのはさ、男と女が愛し合ってこそするべき行為で・・・」
「わかった!そうだよね。本当にごめんね。ありがとう」
りんが過去の反省の生かしたようで、食い気味に割って入った。
「わかればいいさね。っていうかさ、他の人も言わないだけで、みんなそう思ってると思うよ」
俺が軽い気持ちで言うと、今度はりんが急にむきになりだした。
「はぁ?それはないよ。絶対にない!正直、表向きはそういうことは言われたことはあるけど、本気でそう思って言うやつなんて一人もいないよ。っていうかいなかったよ。その後の態度でわかったもん。みんな結局自分のことしか考えてない。金とか名誉とか・・・性欲とか・・・気持ち悪い!」
俺は横目でりんの表情を確認すると、りんが本気で怒っている感じだったので軽い気持ちで言っちゃったことを恥じて、すぐに心から謝った。
するとりんは不思議そうに顔を一瞬俺に向けたあと、すぐに正面を見て言った。
「なんで連が謝るん?・・・っていうかなんで連はそんなに直球なのかね?」
「え?何が?」
「今までいろんな人間と出会ってきたけど初めてだよ。連みたい直球な人間は・・・」
俺は、それは俺がこの年まで童貞だからじゃないかとちょっと真剣に思ったが、今それを言うとこの場の空気が何か冗談っぽくなってしまう感じがしたので、その言葉を飲み込んで一言だけ言った。
「そう?」
少しの間をおいて、りんが聞いてきた。
「連はどんな子どもだったの?っていうかどんなことを考えている子どもだった?」
俺はまた突拍子もないことを聞いてくるなと思いつつ、幼稚園の頃に入口の門が動物園の檻の柵に見えてしまい逃げ回って保育士に怪我をさせたことや小学校入学当時から皆と一緒に勉強や給食を食べることに違和感を持っていたこと。次第にそれが脅迫観念へと変わって学校へ行けなくなったことを話した。
そしてもう一つ、小学生の頃のエピソードを思い出した。
「あっあと、小学二年生の頃かな、同級生と遊んでいたら急に雨が降ってきて皆で電話ボックスに避難してさ、ものすごい雷が鳴りだしたわけよ。したら誰かが怯えながら言ったんだよ『ここに雷が落ちてみんな死んじゃうのかな?』って。でも俺はその時、なぜかわからんけど皆が死んでも俺だけは絶対に死なないと確信してさ。だから言ったんだよ『僕は雷が落ちても絶対に死なないよ』って。したら皆が『そんなのわからないじゃないか』って、ちょっと喧嘩になってさ。でもその当時はそういうことでは俺は絶対に死なないって思ってたんだよね。本当、何でかわからんけど絶対に死なないってさ・・・」
「ふぅーん」
りんはそれだけ言ったあと中学の頃も聞いてきたので、前に皆の前で話した時より若干詳しく話した。そして、自分が動いていること自体が恐怖となり、何度も自殺未遂をしたことを話したあとに、俺はりんに聞いた。
「っていうかさ、こんな話で大丈夫?」
「何が?全然大丈夫だよ。続けて」
俺はその後の精神科に通って朝一マラソンで復活し、高校大学と働きながら通信教育で卒業して今に至ることを話し終えた。
するとりんが俺の肩をポンポンと叩き一言だけ言った。
「よく生きて来たね・・・」
その言葉を聞いて普段の俺ならこの世で一番嬉しい言葉だなと思うところだが、今の俺は人を殺し、必ず死ぬことが決まっている身なので、特に何も思わない。
そして、続けてりんは言った。
「・・・っていうか、今の話を聞いても特に連がなんで直球なのかは、まったくわからんかった」
二人で笑った。
そうこうしていると車は六本木駅近くまで来た。とりあえず火咲の店に向かうと、丁度店の五十メートルくらい手前にポストを発見。俺は道路脇に車を停め、手袋をはめて封筒を持ち、車を降りたがすぐに立ち止った。上を見ると、やはりここは六本木の中心を走る国道三百十九号。店も多くあり、道路のあちこちに防犯カメラがある。
すぐに車に戻ってスマホで全国のポストがわかるサイトへ飛び、六本木周辺のポストを探した。すると火咲の店から距離にして四百五十メートル離れた場所に、良い感じのポストを発見。りんにスマホを見てもらいながら、すぐに車を発進した。国道三百十九号から細い一方通行の道に入り、二車線の大き目の通りに出て左折して坂を下ると、Y字交差点のちょっと手前の脇にぽつんと一つ古びたポストがあった。近くに店もなく人通りも少なく、俺としては最高の場所。その先に小さなコインパーキングがあったので、そこに車を停めて、歩いてポストのある場所へ向かった。
上を見ても電線のみで何もない。すぐに車に戻り手袋をはめて封筒を取り、再びポストへと向かい投函した。車を出てから戻るまでの間にすれ違った人や自転車はゼロ。車は、何々不動産の車一台のみだった。完璧な投函。
車に戻り時計を見ると十四時になる手前だった。新藤が会社の勤務を終えるまで、まだ三時間以上ある。俺は六本木の町を散策しようと提案したが、りんは万が一火咲や店の人間に会ったら嫌だとのことで、それを拒んだ。もっともだと思い、改めてりんに行きたい所を聞く。
するとりんは恥ずかしそうに小さい声で言った。
「と、東京タワー・・・」
俺はなぜりんの声が小さく恥ずかしそうだったのか気になったが、聞かなかった。
もちろんその要望を断る理由もなく、すぐに車を東京タワーに向けた。この場所から東京タワーまでは約二キロ。走行時間にするとわずか七分だった。
東京タワー近辺に着き展望台に上ると、りんは少女のようにはしゃいだ。元々高い所が好きだったらしい。それならちょっと遠いけどスカイツリーの方がいいんじゃなかったかと聞いたが、りんは昔から東京タワーに憧れていたとのことだった。
俺は東京生まれの東京育ちだが、東京タワーに憧れたこともなければ来たこともない。りんの出身は確か北海道。地方の人は皆東京タワーに憧れるのだろうか。
そんなことを思いふとりんを見ると、さっきまではしゃいでいたりんが立ち止り、一点を眺めていた。
俺が近寄り声をかけると、りんがぽつんと言った。
「ちょっと前までは私もあれだったのにな・・・」
りんの視線の先には某テレビ局があった。
俺は、やはりりんも生かさなければいけないと強く思った。
皆そうであったが、自殺を決意した理由はそれぞれの環境や状況、境遇によって死ぬしかないと思っているだけで、それを無理くりにでも変えてやれば勝手に生きるものだ。それは生物のあらゆる細胞が本能的に生きようとしているからに違いない。
俺自身はというと昔の病気のせいか、すでに人を殺しているせいかはわからないが、環境や状況、境遇が変わろうとも生きようとは思わない。
もっというと現時点で法務省の手違いなどで司法試験の不合格が無くなり受かった状況になったとしても、俺は今を選ぶ。なぜなら、今のこの状況や環境が凄く居心地が良いからだ。
弁護士という立場で人を救うよりも法律や面倒なことに縛られずに、自分の思うがままに生き、その結果人を救っていることになればこれ以上の喜びはない。
俺が何も言わずに黙っていると、りんは気を使ってか、すぐにいつもの感じに戻って言った。
「それよか、喉乾いたなぁ。何かちょっと休憩しない?」
俺たちは展望台内にあるカフェに入った。俺はコーヒー、りんはミルクティーを頼んで景色を見ながら一息つく。
「しかし凄い景色だね・・・ここから見たら人も蟻より小さいくらいだ・・・」
りんがしみじみと言った。俺は黙ってりんの横顔を眺めていた。太陽の光が当たり、顔の産毛がキラキラと光っている。女性とこんな近い距離で過ごしたことが無かったためか、すべてが新鮮で本当に綺麗で美しいと思った。
その時、りんと二人で出かける目的として、りんの復讐についてゆっくり聞きたかったことを思いだした。
「あっそうだ。あのさ、色々りんには皆のことですごい世話になったし大活躍だったと思うんだけど、りん自身のなんていうか、復讐について詳しく聞きたくてさ・・・」
りんは「ここじゃあれだから、場所を変えてゆっくり話す」とだけ言って、展望台での景色を楽しんでいた。俺もその後は、景色を楽しんだ。つっても俺は半分以上、りんの姿を楽しんだのだが。
そんなひと時も終わり、俺たちは展望台を降りて近くにあった落ち着いた雰囲気の喫茶店に入った。そこで軽食を取りながら、りんの復讐について聞いていく。
前に聞いた話では、初のバラエティ番組で大御所の司会者と番組プロデューサーに嫌われたと聞いていたが、詳しく聞いてみるとそれはりんのせいではなく、共演した芸人に利用されたことにあった。
その番組は大御所の歌手、宇川瑞枝の看板生放送番組で、そこで準レギュラーとして出ていた中堅芸人の富谷健二が、初出演で緊張していたりんに対して司会者に好かれるためには敢えて本番で困らせる態度をとった方が良いとアドバイスをし、それをりんが真に受けてしまったことによって起こった。
本番で初出演にもかかわらず大物の宇川をいじり倒したりんに対し、富谷が突っ込みを入れて大いに盛り上がる展開に。それによって富谷の株は上がったが、りんの態度は宇川や番組プロデューサーである村尾茂から大批判されたのだ。
その後りんは番組には一切呼ばれず、その噂が業界内に拡がり、結果、芸能界から干された。しかも、アドバイスをして株を上げた富谷は、その後ゴールデン番組のMCの位置まで登り詰めている。
りんの復讐は、皆と同じ方法で富谷と宇川、村尾の弱みを握っての復讐とのことだった。
しかし、りんも含めて全員が芸能関係者で、下手すれば世間が大騒ぎになりかねない。俺はもっと違う方法はないかと考えた。俺的にはりんが人生を終わらせようとまで思わせた連中にはそんな復讐では足りないし、りんには元の位置の芸能人に戻ってもらいたいとも強く思っているからだ。
そこで、俺はりんの人間関係をもっと知っておきたいと思った。
「あのさ、話では何ていうか、りんはだいぶその世界の人達から嫌われているって感じだけど仲が良かったというか、力になってくれる人はいなかったの?」
「何人かはいたよ」
俺は一応その人たちの名前を聞いた。名刺のある人は一応預かる。りんがしつこく何に使うのかと聞いてきたので、俺はあくまでも保険で絶対に誰にも迷惑はかけず、悪いようにはしないからとだけ言って半ば無理やりに納得してもらった。
その後届いたビザトーストやサンドウィッチを口にし、コーヒーの飲みながら世間話をしていると、俺のスマホに新藤からメールが入った。
仕事が終わって六本木に向かっているとのこと。俺たちも店を出て車に戻り、再び六本木に向かった。
待ち合わせ場所の近くで車を停めてカメラとマイクを付け、俺は待ち合わせの六本木交差点の「奏でる乙女像」の前に向かう。
ここはりんと火咲が待ち合わせた場所と同じ。何だか複雑な心境だったが、しばらくして駅の階段から新藤が姿を現わした。
白い長めのスカートに黒の薄いセーターみたいな生地の半袖。カバンは大き目のベージュと、いたって普通のOLさん的な格好だ。
新藤が軽くご飯が食べたいと言ってきたので、俺たちは近くにあるイタリアンの店に入った。新藤がパスタとサラダを頼み、俺は本日三杯目のコーヒーを頼んだ。
注文が届き軽く飲み食いしていると、新藤から本題に入ってきた。
「で?私は誰を落とせばいいの?」
俺は現役若手俳優の小門の名前を出し、小門に近づいて小門とのスキャンダルの証拠を手に入れて欲しいと言った。すると新藤はパスタを食べるのを止め、若干真剣な面持ちになる。
「っていうか、そういうのはできれば目的が聞きたいんだけど。そうじゃないとできないかも・・・」
俺はその言葉を聞いてまた反省した。
新藤はやたらめったら、色気を使って金を得て来たわけじゃない。
彼女なりのポリシーがあって、それに沿ってやって来たのだ。俺は反省に加えて自分の勝手な要求で、新藤の身をさらに汚すのは嫌だなと思った。
新藤に丁重に謝り小門のこれまでの素行と小門と組む三崎の素性、そして目的はその三崎によって傷つけられた人の復讐だと説明したあと、付けくわえる。
「あっごめん。やっぱ今回はなんていうか、関係は持たないで欲しい。奴に近づいて奴の携帯をいじってくれればそれでいい」
「え?どういうこと?」
俺はちょっと待ってもらって、西東京に居る卓三に連絡を入れた。そして、すぐに卓三のゴーストアプリが落とせる秘密のURLを送ってもらい、それを新藤のスマホに転送した。
「これは特殊のアプリが落とせるサイトのURL。何とか小門のスマホをいじって、このサイトにアクセスしてアプリを落として欲しい」
「ちなみに、それを入れるとどうなるの?」
俺は、俺が作った訳じゃないが、どこか自慢げに話した。
「このアプリを落とすと、奴の携帯が自由に操れるようになる。しかも遠隔操作で削除もできるから相手には何も気づかれない。あっ試そうとか思って、間違っても自分のスマホに落とさないように。そんなんしたら、新藤さんの行動やら全ての情報が俺らに流れてきちゃうからね」
「そうなんだ。わかった。喜んで頑張ります!」
「ありがとう!」
その後、小門との出会い方とか、その他のすべての方法はこちらで指示するからそれまでは動かずに待っていてくれと言って封筒を差し出した。
中身の現金を見た新藤は「成功したら受け取る」と言いそれを拒否。すかさず俺は言った。
「俺は俺のことを信用して、それを引き受けてくれるだけで十分なんだよ。だから失敗しても構わないし、何ならとんずらしたって構わない。今こうして俺のために引き受けてくれたという、その報酬だから遠慮なく受け取ってくれよ」
新藤は笑いながら言った。
「うそだ。もし、とんずらなんかしたら、あれでしょう?でも大丈夫。私は逃げないし、ちゃんと結果も出すから。ありがとね。そういってくれると変にプレッシャーがかからないから、安心して頑張れるよ」
新藤は封筒を受け取りカバンにしまった。
その後、新藤が俺以外の仲間たちのことを聞いてきたが、俺は卓三のことも含めて皆の未来を大事にしているから、俺の口からは俺のこと以外は教えられないと言って断った。そして、俺たちは店を出て駅の入り口まで新藤を送って別れた。
車に戻ると、りんは後部座席で寝ていた。
車内のモニターを見ると、まだ録画ボタンが押されたままだったので、俺はそれを切ってカメラやイヤホンを外して運転席に戻りエンジンをかけた。
すると車のエンジン音と振動でりんが起きた。
「あっ・・・寝ちゃった・・・」
「全然いいよ。全部終わったから帰ろう」
りんが助手席に戻ってきて車を発進させた。
帰り道の車中、新藤とのことを報告し、りんに、もし小門の情報を得られるモデル仲間とかが居たら情報を得て欲しいと頼んだ。
りんはすぐに仲間にメールを打ってくれた。さすが行動が早い。また、たかこの交際相手があの卓三の居た会社の田中かどうかを確認して、二人の状況を聞きながら大盛り上がりして帰路についた。
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