【制裁準備】
夜が明け皆で朝食をとり卓三と剣がパソコン、たかこが台所で片づけをして俺がお茶を飲みながらスマホをいじっていると、りんが明らかに二日酔いな感じで降りてきた。
俺は真っ先にりんに詰め寄り聞く。
「おはよう!っていうか、具合は?痺れとか吐き気とか、いつもと何か違う頭痛とかは?何なら幻覚とか幻聴は?ある?ない?」
りんは片目をつぶり、もの凄いうっとおしそうに返す。
「何?なんなのいったい・・・」
「いや、だから体調はどうなのよ?変な痺れとか、変な頭痛とか吐き気とかは?あるの?ないの?」
俺がさらに早口で言うと、りんもさらにうっとおしそうに答える。
「なんだよ。普通に頭痛と吐き気はあるよ。昨日あれだけ飲んだんだから・・・たかこさん。水くれる?」
りんがソファに身を投げ出していると、たかこが水を運んできた。
「はい。お水。あれだよ。連くんがしつこく聞いたのは、火咲がりんちゃんに危ない薬を飲ませた可能性があったからだよ」
「はぁ?何言ってんの?」
俺が昨日見た光景を説明する。
「昨日俺が行った時に火咲が変な動きをしていたんだよ。引き出しから何かを出していて俺が乗り込んだら急にしまうみたいな・・・」
「ちょっとまってどういうこと?昨日は私が一人で火咲の店に行ったんだよね?それで酔って席で寝て・・・あっそうか迎えに来てくれたんだっけ?」
「とりあえず、いつも感じる二日酔い以外の症状はないのね?」
俺がダメ押して聞くと、りんは水を飲み干し、「ないよ」と返事をした。
安堵した俺は、卓三の元へ昨日の映像を確認しにいった。
まず、昨日俺が仕掛けたストーン型のカメラの映像を確認すると、火咲がモロ注射をしている映像が映っていた。打ち方を見るとかなりの常習者だというのがわかる。
そして、火咲のスマホに入っているメールのやり取りや保存されている写真、動画を確認すると、さらにとんでもないことがわかった。
火咲は気に入った客を見つけては事務所に連れて行き、錠剤型の覚醒剤を飲ませて性的ないたずらをしていたのだ。
被害にあった女性はホストとしての火咲に金銭面ではまり、知らずのうちに薬にもはまる。薬にはまった女に、火咲は覚せい剤の販売もしていた。
それを知ったたかこは、自分はホストとしての火咲にはまってお金は取られたが、薬にはまることはなったのでブスで良かったと笑顔で話した。
俺はその笑顔には嘘はないと感じたが、普通は自分だけ女として見られなかったら複雑な気持ちになるのではなかろうかと思い、ふとあることを思い出す。
りんが火咲の店に潜入する時の、行きの車でのことだ。たかこが何度もメールのやり取りをしていて、それをりんにコソコソと話していた。おそらく気に入った男性で、その相手とは相思相愛なのだろう。すると、先ほどのたかこの笑顔が本物だったことにも納得がいく。
人は一人でも自分のことを好いてくれている異性が居ると、他の誰に何て思われようが関係無くなるものだ。しかも、俺はたかこの相手は誰なのかうすうす気づいている。
それを二日酔いでだるそうにしているりんに確認しようとすると、たかこが強い口調で言った。
「でも、こいつは人として絶対に許せない」
俺は今、どうでもいいことをりんに確認しようとしたことを恥じた。
そして、すぐに切り替えて言う。
「そうだ。こいつは絶対に許せない。速攻でかたをつけよう!」
皆で相談し証拠映像を早急に編集して完成させ、警察に送ることに決めた。
具体的には火咲の覚せい剤を打っている映像と、女の子に薬を飲ませている証拠映像だ。作り手がわからぬよう、しかも証拠として完璧な映像にしなければならなく卓三が今日一日はかかると言った。剣も編集に携わるため、俺とりんとたかこは今日一日丸々時間ができてしまった。
たかこには色々掃除やらの家事をやってもらうことにして、俺は二日酔いでだらりとしているりんを無理にテーブルに誘い、一つ空いていたパソコンを持ってきた。
そして、次の剣の相手の復讐方法やターゲットであるデザイナーについて、先に色々調べておくことにした。
剣から聞いていた三崎英二について検索をかけてみる。
ふてくされながらも一緒にパソコンの画面を見てくれているりんのシャンプーの心地よい香りの中で、画面の一番上に三崎の経歴が出てきた。
三崎は剣と同じ専門学校を卒業してすぐに高校の同級で、現在学園ドラマ等で活躍する若手俳優、小門雅也と組んでファッションブランド【SEIJI】を立ち上げた。
立ち上げ当初はメンズファッション専門で三崎が洋服からアクセサリーまで全てのデザインを担当し、小門がそれを身に付け宣伝していたらしい。
今ではレディースファッションも手掛けおり、女性モデルやタレントとも契約してマーケットを拡大していた。
りんは【SEIJI】の名を見て、声を上げた。りんもこのブランドを知っているらしく、その創設者が剣と同期で、しかも、ターゲットということに驚いたのだ。
一方で小門の名を見た瞬間にも「げっ!」と声を上げた。何かと聞くと小門は、酒を飲むと女性に対してとんでもなく人格が変わるらしい。酒に酔うと自分が一番だと勘違いし、未成年だろうと一般人だろうと女性を食い物にし、しかも、その際には薬みたいなものも使っているという噂もあったという。
俺はその話を聞いて、復讐の計画を思いついた。それを映像編集していた剣を無理に呼び出して提案してみる。
計画はこうだ。小門のスキャンダルの証拠をゲットして、それを週刊誌に送る。それだけ。そうすることによって自動的に三崎のファッションブランドにも傷が付き、最悪つぶれるかもしれない。
それについて、りんが待ったをかけた。そんなんでは全然生ぬるいのではないかと言うのだ。正直俺もそう思ったが、以前剣と中華料理屋で話したとき三崎とは一度は恋人関係にもなったと聞いていたので、それぐらいが妥当ではないかと思ったのだ。案の定、剣はそれでいいと言い、すぐに卓三の元へと帰っていった。
りんが不満げな顔で俺に言った。
「ちょっと、なんでそんなんでいいの?剣くんは死ぬ決意をしたほど苦しんだんだよ?どういうことだよまったく・・・」
俺は話していいのか瞬時に悩んだが、りんなら大丈夫かと思い軽く中華屋での会話の内容を教えた。案の定りんは剣の心の性別についてはまったく驚くことなく、興味すらない感じで受け流した。しかし、復讐については好きな人だからこそ憎まなきゃいけないとか、よくわからないことを言いだして納得してくれなかった。
そこで、剣がパソコンというのめり込めるものを見つけ、生きる希望を持ったかもしれないことと、希望を持つとすべてにおいて寛容になるのではとないかと話した。
すると、若干のしこりが残ったようだったが納得してくれた。
『ってなこと言っても俺自身は三崎を絶対に許さない。ああいう人間はこれからも間違いなく誰かを傷つける。ここで完全に断ち切らなければ、これからも多くの被害者が出るだろう。加えてこういう人間は人として再起不能にまで追い込まなければ、わからない人種・・・さて、どうしたものか・・・』
そんなことを考えていると、いきなりりんが俺の頭を叩いた。
「何よ。いきなり・・・」
「急に黙ってんじゃないよ。つか、連がそういう顔して黙っていると、ろくなことを考えてないからね」
俺は久々にりんの女の勘に驚き、それと同時に俺が童貞だと当てた時のことを思い出す。
「そうだ。話飛ぶけど、りんと出会った時さ、何で俺が童貞だって分かったの?」
「何よ。いきなり・・・そんなの教えられないよ」
「何で?教えてくれよ」
「やだよ!」
「教えろ!」
「無理!」
「なんでやねん!」
そんなちょっと楽しい会話をしていると、たかこがお茶を運んできた。
「何楽しそうに話しているの?私も仲間に入れてよ」
「楽しくないよ。二日酔いで弱っている私を、今ならいけるって感じで連が口説いてくるの。童貞のくせに」
りんが俺に向かって舌を出した。可愛すぎるその姿に久々にキュンとした。
「そうなの?」と笑いながらたかこも席に着き、三人でお茶を囲んだ。
俺は剣の復讐の件を簡単にたかこに説明したあと、気になっていたことを聞いてみる。
「たかこさんさ、もうすぐたかこさんの復讐は終わると思うんだけど、そのあとどうする?」
「え?どうするって?」
俺は車で見た光景を思い出しながら答える。
「あぁ、なんていうか、もう死ぬ必要がないような気がしてさ・・・」
「なんで?なんでそう思うの?」
俺は言葉を選びながら慎重に答える。
「色々・・・あっ、特に干渉してたわけでもないんだけど、なんていうか最近頻繁に誰かとメールしているみたいだったからさ・・・もしかたらその・・・良い人でもできたんじゃないかなぁとか思っちゃったりなんかしちゃったりしてさ」
「あぁ・・・」
たかこは、りんと目を合わせた。そして何やら二人でコソコソとし始め、何となくたかこが話づらい感じを醸し出したので、俺は慌てて言葉を足す。
「あっ、別に相手が誰とか、どうのとか知りたい訳じゃなくてさ。なんていうか、ちょっとでも生きたいと思ったら無理に死んで欲しくないと思っただけでさ。ぶっちゃけ、俺はできたらみんなには死んで欲しくないというか・・・生きて幸せになって欲しいわけよ。だから少しでも生きてもいいかなっていう理由ができたら、死なないで欲しいっていうか・・・つか、そんなの死んだらダメだからさ。そこらへんは絶対に遠慮しないで言って欲しくて。あっもちろん、りんもね」
たかこは若干安心した感じで「ありがとう。わかった」と言ってくれ、りんはただ「わかった」とだけ言った。
そのあと三人で頑張っている剣と卓三のために昼食を豪華にしようと決め、三人で近くのスーパーに行った。
買い物から帰ってきて、りんとたかこが昼食を作っている間に、俺はパソコンでさらに剣の相手について調べ、計画を煮詰めた。
午後になり剣と卓三がこちらに来て、ちょっと遅めのランチを皆で取った。
皆が楽しそうに食事をし、そのあとのお茶の時間に卓三が若干心配そうな表情をしていることに気が付く。
「あれ?卓三さんどうしたん?パソコンばっかで疲れた?」
俺が言うと卓三は首を振った。
「いや、パソコンは別にいくらやっても疲れないんだけど・・・ちょっと気になることがあってね・・・」
剣がその言葉に同調し、俺が「何が気になるの?」と反応すると、たかことりんも卓三に注目し、言葉を待った。
「剣くんともちょっと話したんだけど、色んな映像を編集する中で火咲の悪態がたくさん出てきてさ。火咲に罰を与えることは容易になったんだけど・・・その映像の中には火咲に薬を売った相手も出てくる訳で、それを確認したら、どう見ても暴力団の人っぽくてね。このままの映像を警察に持って行くと、必然と火咲と同時にこの人たちも警察に捕まることになる・・・僕の知る限りでは暴力団はある特殊な情報網があるらしくて、その人たちが捕まったら、もしかしたら僕らまで・・・」
それを聞いて話の内容が見えたので、俺が口を挟んだ。
「大丈夫だよ。言い忘れたけど、今回はあくまでもたかこさんに対する火咲への復讐だから、その売人は警察には売らない。だから申し訳ないけど相手が絶対にわからないように加工して欲しい。最近は警察もサイバー課みたいなとこがあるから、そこは卓三さんのできる限りの力を発揮して映像を作って欲しい」
卓三はそれを聞き、安心したかのように言った。
「よかった。そういうことなら任せてよ。警察も知らないであろう最新技術で加工するよ。じゃその相手は、アニメの悪役にでもしてしまおう。たかこさんは昔何かアニメは見てた?」
たかこは意外にも男子が見るようなアニメを言い、映像の暴力団らしき人には、その悪役のキャラクターを当てはめることにした。
俺が売人までは警察には売らないと言ったのには、皆を危険な目に遭わせないという目的の他に、もう一つ理由がある。
それは、俺がいずれその暴力団と接触することがあるだろうと考えたからだ。
なので、お茶が終わり剣と編集部屋に戻ろうとする卓三を捕まえて、いざという時のために、元の映像は全てUSBにでも残しておいてもらうように耳打ちしておいた。
その後は剣と卓三は再び編集作業。俺とりんとたかこは火咲への復讐の最終的な打ち合わせをして、終わるとそれぞれが時間をつぶした。
夜になり完成したDVDを持って卓三と剣が疲れ切った表情で部屋から出てきた。
そして皆で夕食を取った後、卓三と剣渾身のDVD試写会が行われた。
そこには想像を超えたまるで映画のような映像が流れ、画像はめちゃくちゃ美しく、火咲の悪態も鮮明に映し出されていた。
火咲の声以外はアニメの声に変わってはいたが、感情の籠った臨場感あふれる音声になっていて物的証拠としても完璧。
映像が流れている間、卓三が頻繁に「ここは剣くんの発想でこうなったんだよ」など、剣のアイディア力を高く評価していた。
映像を鑑賞したあと、打ち合わせに入る。と言ってもDVDを警察署へ送るだけなのだが、どこの警察署の、どの部署に送るかや、どこのポストから投函すれば一番良いかなどを話し合った。
結果、送る警察署は火咲の店の管轄にある麻布署で、送る課は組織犯罪対策課と刑事課の二つに決まった。
麻薬を扱う部署が組織犯罪対策課で凶悪な性犯罪を扱うのが刑事課であることが分かったからだ。この二つの課に送る封書には「警察が三日以内に何らかの動きを見せない場合は、このDVDをマスコミ各社に送る」との旨の手紙も添える。
どこのポストから投函するかについては、車で県外まで行き適当なポストからとの提案もあったが、シンプルに六本木の店の近くのポストから投函することにした。明日朝から皆で封書作りなど準備をして、俺が六本木まで車で行き投函することに決定。
その後、剣の復讐計画を皆で再確認して、あとの時間は個々それぞれ自由にしてもらった。
皆が談笑したりスマホをいじったりしているなか、俺はある人へメールを打った。
送り先は新藤めぐみ。
本文には余計なことは書かず「仕事を頼みたい。謝礼金は百万円」とだけ打った。するとすぐに新藤から電話がかかってきた。
俺は二階のトイレに入り電話に出る。
「久しぶり。っていうかあのメールはないんじゃない?」
電話の向こうから苛立った声が聞こえる。どんな顔だか忘れかけていた俺の脳裏に、はっきりとその顔立ちが蘇った。
「え?何が?」
俺が答えると、さらに苛立った感じで答えた。
「あのね、あれは女性に送る内容じゃないでしょ?私はこう見えても、れっきとした女性なんです。ではごきげんよう!」
電話が切れた。ふと「女心は秋の空」という文が頭に浮かんだが、りんとたかこと関り多少なりとも女心を学んできて、あんな文を女性には送ってはいけないとすぐに反省。
女性というのは持つ信念も、母性からくる人間らしい心を基本としているのだ。
新藤も表向きは金のためだけに自分の体を売っているように見えるが、その奥底にはそれに似たものがあるのだろう。そう考えると、あのメールはどう考えても不謹慎だ。
俺はすぐに電話を掛けなおした。
「もしもし、さっきは本当に失礼しました。あの文は目的自体が金のことしか考えていない強欲な男に対しての文でした・・・本当に申し訳なかったです」
「あら、わかればよろしい。で?私は何をすればいいの?」
俺は電話ではあれなので明日六本木に行く用事があるから、会えないかと誘った。
新藤は一瞬考えたが明日は六本木でも大丈夫とのことだったので、俺が六本木に着いたらメールをすると言って電話を切った。トイレから出ると、りんが待ち構えていた。
俺が「ぬあっ!」と驚くと、りんがニヤリと笑いながら言った。
「何コソコソトイレで電話してるん?相手は誰?」
俺は焦って言う。
「あれだよ。この前会った新藤めぐみ。別にコソコソしてないよ。下には卓三さんもいるしが騒がしかったから、トイレで電話してただけだよ」
「ふーん・・・で?用件は?」
りんがにやけながらも、目が凄い疑っているのがわかったので、俺はちゃんと説明した。
「あの方はあれじゃん?何ていうかお金のためにこう・・・自分をっていうか、そういうのを売ることに抵抗がないところがあるから、今回の剣くんの件で若手の俳優を誘惑してもらおうかと思ってさ」
りんが若干不満そうに言う。
「何で?私でいいじゃん。私がやってあげるよ」
俺は間髪入れずに言う。
「それは絶対にダメ!」
「何で?」
「いや・・・りんはなんていうか、芸能人だから・・・」
「だから何?私はもう死ぬんだから、別にいいよ」
「いや、絶対ダメ!りんを危ない目には絶対に遭わせられない。言っておくけど、これだけは何がどうなろうと絶対に譲れないから、よろしく!」
俺が本気でむきになって言うと、りんは一瞬驚き、そのあと若干嬉しそうにぶつぶつ言った。
「・・・なんだ。せっかく小門くんちょっとタイプだったのに・・・でも連が言うんじゃ、しかたないか。童貞は怒ると何するかわからないからな・・・ちょっとトイレいい?」
俺は童貞という言葉に対して言い返そうと思ったが、素直にトイレを譲って下に降りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます