【危険な香り】

 家へ戻ると朝食が用意してあって、卓三の歓迎会を含めて皆でワイワイと食事をした。その後、早速卓三を中心に機材を車に積め込んだ。詰め込みと設定が終わり、皆で今日の打ち合わせに入る。

 今日の予定としては火咲についての詰め作業で、車の機械の使い方なども教えてもらうため、卓三にも同行してもらう。たかこには一人で家で待機してもらうことに。りんには、前に火咲本人からゲットした携帯番号に連絡を入れ、同伴して一緒に店に入ってもらう。同伴前の食事から店が閉まるまでのどこかの過程で、火咲のスマホにゴーストアプリを入れる作戦だ。

 打ち合わせが終盤に入った頃。たかこが口を開いた。

「あのさ、私も連れて行って欲しいんだけど。もちろん私は車で待っているからさ。    今日は一人で家に居るのは、何かしんどくて・・・」

 俺はちょっと考え卓三にも相談したが、何も問題なさそうなので今日は皆で団体行動することになった。

 打ち合わせが終わってすぐにりんには火咲に連絡を取ってもらい、結果夕方六時に会う約束が取れた。色々準備をして午後二時半を回ったくらいに皆で出発。朝食は遅かったが、これから色々行動するにあたり腹が減りそうだったので、例のスーパーで菓子パンやら食べ物を調達した。

渋滞もあって六本木の火咲の店の近くに着いたのが午後四時過ぎ。約束まではまだ二時間近くあったので、ゆっくり車の中でりんにインカムやらカメラやらを装着していた。すると、たかこの携帯が鳴った。メールのようであったが家からここに来るまでにも結構な回数のやり取りをし、その都度たかこの表情を車のバックミラーで確認したが、どうやら気に入っている男性のような感じ。りんとコソコソ話しているようでもあったので、あとでりんにこっそり聞いてみようと思った。

 全ての準備が整い、りんが車を降りて待ち合わせの場所に向かう。その後をインカムとカメラを持ち完璧な装備で俺と剣が後をつけ、卓三とたかこには車の中で待機して状況を見守ってもらった。

 待ち合わせの場所は六本木交差点の奏でる乙女像の前。りんが到着すると、すでに火咲は待っていた。俺と剣はその向かいの通りで見張る。

 イヤホンに二人の会話が飛び込んできた。

「どうもりんさん!これを・・・」

「え?なに?」

「絶対似合うと思って・・・」

「あ、ありがとう・・・」

 遠目でよく見えなかったが、どうやら火咲が薔薇の花を用意して、りんにあげたようだった。キザな野郎だと思ったが、りんはまんざらでもない顔をしている。それを見て俺の心の中の焼き餅が若干膨らんだ。

 その後二人は火咲の店の方に歩いて行った。その後ろを、ばれないよう俺たちもついていく。そして二人は店を通り過ぎて一本先の細道に入り、小さいが高そうな焼肉店に入った。

というのは、りんが火咲を誘った時に、火咲が是非そこの店に入りたいとせがんでいたのだ。

俺はすぐに卓三に連絡して、どこの席に座ったかを確認。りんのカバンに仕込んであるカメラからの映像が車に届くからだ。大体の席を教えてもらい、俺は剣と一緒に焼肉店に潜入。二人の様子が確認できる丁度良い席を選んで座った。メニューを見るとテレビでしか見たことが無いような霜降りの入った肉の写真と、とんでもない値段。俺たちは店員に怪しまれないように、一応それなりの物を注文した。

 ここでの目的は、とにかくりんが火咲の携帯を一瞬でも触るチャンスを作ること。しかもパスコードを開けた状態でということで、結構なハードルだ。この店で失敗したとしても火咲の店でチャンスはあると思うが、りん的にはできれば火咲の店に行く前に目的を達成し、すぐにでも帰りたいとのことだった。そこで俺は、事前にいくつかの作戦を考えて伝えていたが、この目的は意外と簡単に達成することができた。

 食事が終盤に差し掛かった頃、火咲がメール以外の連絡先を教えて欲しいとのことで、今日本で一番使われていると言われるSNSのIDを聞いてきた。

そこでりんが機転を利かせて複雑で長いIDを教えたため、火咲がトイレに行くタイミングでIDを打っておいてくれと、自分のスマホをパソコードを開けた状態で預けてトイレに行ったのだ。

これによって火咲のスマホに卓三が作ったゴーストアプリを入れることができた。

目的が達成されたことで、トイレから帰ってきた火咲に対しての、りんの態度が急激に変わった。すぐにでも帰りたいモードの空気になってしまったのだ。

 りんはさっそく火咲に告げた。

「ごめん。ちょっと急用ができたから、今日は店には行けないや」

 火咲は困惑と苛立ちが混ざった感じで言った。

「は?なんで?急に困るよ。今日はここで焼肉食べたから口の中が焼肉だよ。多分今日一日匂いが取れないから。閉店まで付き合ってもらわないとね」

 りんの表情が、今にも「お前が焼肉食いたいって言ったんだろうが!」と言いそうな鬼のようになった。

 まずいなと思っていると、インカムから卓三の声が飛び込んだ。

「りんさん。申し訳ないけど、さっき入れたアプリがちゃんと起動するか確認したいので、とりあえず店に行ってもらえないだろうか。もし不具合があったら入れなおしてもらわなければいけなくて。本当に申し訳ないです」

 すかさず俺もマイクから頼む。

「俺からも、お願いします。そうだ、今日はろくに食事ができなかっただろうから、もう一度ここに連れてきますから。それで何とかお願いします。ちなみにですが、オッケーなら髪を一回掻き上げてください」

 りんは微妙な表情を変えぬまま、一回髪を掻き上げて火咲に言った。

「わかりました。じゃ行きま~す」

 表情とは裏腹な言葉に火咲は一瞬戸惑った表情になったが、りんにも笑顔が戻ったため怪しまれずに済んだ。

 全ての食事が終わり、りんが会計をして二人は店を出た。

俺と剣も緊張のためか、高級焼肉なのにあまり喉に通らなかった状況で会計をして店を出る。俺たちはすぐに車に戻った。

するとたかこが何かを思い出したらしく、少しの怒りを込めて話し始めた。

「あれがあいつの手だったんだ。あいつは同伴の時にああやってわざと口臭がきつくなる食べ物を要求して、そのあと店が閉まるまで付きあわせるんだ。私の時はニンニク入りのラーメンだった・・・」

 俺はぶっちゃけ、大した作戦でもないなと思った。

モニターを見ると、りんのカバンの映像が流れている。これからはりんのカメラと、うまくいっていれば火咲のスマホからの映像が見れるらしい。

卓三がパソコンで色々作業をしていたので、俺らがモニターでりんの状況を見守った。

 現状況は、りんの隣に火咲らしき男が座る映像。音声は普通の世間話。りんはすでに乗り気ではない。でもお酒は進んでいるようだった。

今日の全ての出費を考えると恐ろしくなったが、元々はシャチの金。しかし、ずっと使っていると自分の物のように感じてくるのは、何とも不思議な感覚。

 そんななか、急に卓三が「よっしゃ!」という声を上げた。別のモニターに真っ黒の物が映っているが、これは火咲のスマホのカメラからの映像らしい。俺はすぐにりんのインカムに、火咲にスマホをいじらせてくれてとの連絡をした。

 りんは火咲に「携帯なってるよ!」と言って火咲に自分のスマホを確認させる。すると車のモニターには火咲のカメラからの画像が映り、俺たちは歓声を上げた。

そして、りんには「お疲れ様でした!いつでもどうにでもしていいから、はよ帰っておいで!」と伝える。

 何度も火咲の映像と音声を確認し、俺たちは喜びに浸っていた。

りんも映像と音声から楽しそうに酒を飲んでいるようだったので、少しの間りんから意識を外した。

そして、しばらく経って再びりんの映像と音声に気を向けると、りんの姿はなく音声もない。

 俺は直感的にやばいと思い、すぐに車のドアを開けた。

すると卓三も異変に気づいてくれ「できればこれをどこかに!」と、俺に小さいパワーストーンの原石を渡した。聞くと超小型のカメラを埋め込んであるらしい。それを受け取り、俺は急いで店に向かった。

 店のドアを開け、何事かと出てきた店員に「中に居る連れの支払いを持って来たから通せ!」と言って店内に入り、りんを探す。

すると、一番奥の席にりんのカバンが置いてあった。りんの姿も火咲の姿もない。

 俺は店員の胸倉を掴み耳元で小さく言った。

「ここに居た女はどこだ?俺はそいつの連れだ。金は俺が持ってきた。あいつに何かあったら大暴れして店潰すぞ?」

 店員は焦った様子で、すぐに奥を指差した。俺は奥へ行きドアノブを思いっきり蹴り上げて中に入る。するとソファに横たわるりんと、ワイシャツ姿で机の引き出しから何かを取り出そうとしている火咲が居た。

 火咲は俺を見てすぐに引き出しを閉め、俺はその怪しい姿には触れずに言った。

「おっいたいた。飲みすぎたんだな、まったく・・・すいませんね。で、こいつの支払いはいくらっすか?ドアの修理代も含め、これで足りますよね?」

 俺は、口調は穏やかに目にはものすごい殺気を醸し出しながら百万の束をテーブルの上に置いた。火咲は茫然としていたが、すぐに我に返った。

「あっ全然足りますよ。はい」

「じゃちょっと、領収書を書いてもらえます?上様で。ちなみにこいつ連れて行くけど、酒の飲み過ぎなだけですよね?もしあれなら救急車呼んで警察も呼ぶけど?」

 俺がりんを肩に抱えながら言うと、火咲は全てを理解したかのように言った。

「あっ、もちろんお酒の飲み過ぎなだけですよ。安心してください。酔いつぶれてしまったので、こちらで休憩してもらってただけです。今領収書書かせますので・・・」

 火咲が他の店員を呼びに行き、領収書を書かせている隙に俺は机の映像が取れそうな棚の上に石を置いた。火咲が戻り領収書を受け取って、最後に釘をさすように言った。

「お互いのために、今日のことはこれっきり、何もなかったってことで大丈夫ですよね?」

「もちろんですよ。はい。ご来店ありがとうございました」

 火咲は深々とお辞儀をして、俺たちを送り出した。

りんを抱えながら店内に戻り席に置いてあったりんのカバンを持って、騒がせたことを丁寧に謝りながら店を出る。すると、卓三が気を利かせて店の前の大通りに車を停めておいてくれた。車に乗り込み西東京市の家へ。

 りんがたかこの膝の上で静かに眠っているなか、俺は考えた。

『火咲は何を引き出しから出していたのだろう・・・まさか薬物?・・・薬物となると、ちょっと厄介だ。火咲のバックにヤクザが付いている可能性がある。そうなると、いざ弱みを握って金を巻き上げようとするとバックのヤクザが出てくることにもなりかねない・・・俺自身はどうなろうが別に構わないが、ここに居る仲間には危ない目には絶対に遭わせられない。復讐の仕方をたかこと相談しなおす必要があるな・・・』

 俺は、たかこに聞いてみた。

「たかこさんさ、変なこと聞くけど火咲にはいくらくらい取られたのかな?」

 たかこは若干考えてから、りんが起きないよう声を抑えて言った。

「四百万円くらいかな・・・」

「そうか・・・」

 俺は四百万なら、何とかなる思った。そこでもう一つ聞いてみる。

「あのさ、火咲がその、ヤクザとか薬物とか、そういう危ない人や物とかに手を出しているとか、聞いたことある?」

「えぇ?私はそんなの聞いたことないけど。どうなんだろ・・・」

 たかこが驚き結構な音量で答えると、運転していた卓三がバックミラー越しに心配そうな視線を送りながら聞いてきた。

「連くん、今回の相手はそんな危ない感じの相手なのかい?」

「えぇ?そうなの?」

 今まで黙っていた剣も続く。

「あぁ、まぁこれからの行動を見れば、はっきりすると思うんだけど。その可能性はあるかも・・・」

 しばしの沈黙が流れた。その沈黙で皆がどう思っているのかを察知し、俺は言った。

「そうなるとさ、みんなも危険に晒されることになることかもしれないんだよ。でも前にも言ったけど、俺はみんなには、そんな危険な目に遭わせたくないのね。だから今回は脅して金を巻き上げるのはちょっとどうかと思ったんだけど・・・たかこさんさ、復讐の方法なんだけど、他にないかな?」

 たかこは一応考えてくれたが、やはり金を返してもらうほかには具体的には思いつかないとの答えだった。

 そこで俺が皆に提案する。

「あのさ、もしだよ。もし火咲が薬とかそういう物に手を出していたらヤクザとか出てきて危険だからさ。その場合はあいつを警察に逮捕させることで復習を終わらせるってどうかしら?で、ただの何の変哲もないホストだったら、金を巻き上げることにするってことで・・・どう?」

 たかこをはじめ、皆が賛成してくれた。

車が西東京の自宅に着いたときには、夜も更けて空には綺麗な三日月が輝いていた。

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