第2話

 千鶴を促し、二区画ほど離れた頃に、一発目の銃声が響いた。


 昼と嘯くように、煌々と照らされた夜の中、どこか嘘くさい乾いた音が――、眠りかけの子供の意識を現実に引き戻すように、短く夜に吸い込まれていく。

「不思議なものだな」

 音の残響を探すように――まるで、その音の中に今消えた命の残滓があるとでも思っているかのように――、地上の灯りによって星の掻き消された、暗幕のような夜空を見上げて千鶴が呟いた。


 千鶴の手を握ったままで振り返り、千鶴と真正面から向き合う。

 千鶴は、泣いてはいなかった。

 無表情に、真っ直ぐに――ただ夜空を見上げていたが、俺が向き直ったのに気付くと、ゆっくりと視線を下げながら話し始めた。

「あれほど嫌っていて、怖かった人間が……。いつまでもワタシの上に君臨し続けると思っていた父上と許婚が……こんなにあっけなく死んでしまう」

 千鶴にとっての父親は、重石であると同時に、鎧でもあったのかもしれない。父親からの強い圧力を感じていたけど、結局、今の千鶴を形作ったのはその圧力以外には無かった、ということなのではないかな。

 許婚に対する感情の方は、いまひとつ量りかねるが、多分、好きではないが、殺したいとまでは思っていない、といったところだろう。

「……耳は塞ぐか?」

 一発目を聞いてしまった以上、どれほどの意味があるかは分からないが、少しはましだろうと結論付け、俺は訊ねてみた。

「うん」

 素直に頷いた千鶴。右手でその頷いた頭を抱えるようにして耳を塞ぎ、強く胸に押し当てた。

「心臓の音がする」

 くぐもった声が顎の下から聞こえる。

 全部終わるまでは鼓動の数でも数えてろ、と、腕に力をこめると、千鶴がクスリと笑った気配がした。

「今は、随分と優しいな」

 からかうように千鶴が言ったので、俺はなにを今更、といった調子で答える。

「俺の場合、冷たいばかりでも優しいばかりでもないだろう? 全て気紛れだ。まあ、だからこそ、甘えられる時には素直に甘えておけば良いのではないか?」

 面白そうな事に加担し、その目的達成のためには理詰めで行動するが、基本的には俺は愉快犯だ。

 いや、まあ、今は大佐への反発心も多少は後押ししているが、そうしたいからしている、という俺の本質部分は変わった訳では無い。

 千鶴を抱きしめたい気分だったから、今、そうしているだけだ。


 そういう事にしておこうか、とでも、告げるように大人しくなった千鶴。

 相も変わらず、都合よく現実を見ようとする千鶴に嘆息した俺。


 たくさんの事があった割に、最初から余り変わっていない俺と千鶴を繋ぐ糸を見つけたその時――。

 少し間を開けてから、物語の終焉の鐘のように、二発目の銃声が物悲しく路地に響いて、空へ吸い込まれるように消えていった。

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