第十五章:後始末
第1話
「さて、それじゃあ、最後の後始末、か」
大人しくしていれば見逃してもらえると思っていたのか、それとも単にひ弱で――子爵の方は、年齢を考えれば妥当かもしれないが――銃撃と打撃で参っていたのかは知らないが、這い蹲ったままの二人に俺は改めて向き直った。
「どうするのだ?」
千鶴の声には、まだ不安と迷いがある。事実上、決別したとは言っても、そう簡単に割り切れないものらしい。
「千鶴は、どうしたいのだ?」
試すような笑みで、俺は逆に千鶴に尋ね返してみた。
別に俺はこいつ等を殺す理由は無いし、必要性も無い。もっとも、生かしておく理由も必要性もないが……。
もう一度来たとして、軽くいなせる程度の相手など、正直、俺にとってはどうでもいい。
だから、殺すとするなら、それは千鶴の意思である必要がある。
先程の反応から、殺意までは無さそうだと察してはいたが、構え直した散弾銃の銃口を二人に突きつけ、千鶴の返事を促してみると――。
「殺せ」
声は、意外な方向から響いてきた。
この二人が出てきたのと同じ路地から、見覚えのある痩せた背の高い男がゆっくりと現れてきた。
兄さん、との微かな声は千鶴のもので――。
「大佐」
どちらかと言えば、遅刻しての登場に、語尾を下げて俺は呟いた。
「すまんな。コレは自分の落ち度だ、が、好都合でもある」
全く悪びれもせず、それどころか、少し楽しそうに話す大佐に、千鶴が小首を傾げた。
「好都合?」
大佐は、千鶴に一度向き直り――大佐と眼が合った瞬間、千鶴は、う、と、息を詰まらせた――、暫く千鶴の顔を眺めてから、凡その事を察した表情でにやりと笑い、続いて俺に向き直った。
「私は、お前を副官にするつもりは無かったのだ。間諜として使うため、その手順として家に招いたのだしな。いや、苦労したぞ。千鶴が気に入りそうで、私が望む性能の男が中々いなくてな」
子供が悪戯を誇るような調子で、大佐は話し続けている。
「連隊を上手く使いこなせる参謀は欲しいが、一人で師団級の働きができる間諜は、より欲しかったのでね。この結果にお前等も不満は無かろうが……、まあ、悪くは思うなよ」
俺がこの結果を好意的に受け取っているとでも? と、挑発的な視線を大佐に送ると、大佐は、俺の視線など全く意に介さぬ様子で言い切った。
「貴様は優秀だが、忠誠とは無縁な男だしな。……隙を見せれば、寝首を掻かれかねん。なら、手元に置くよりも自由にさせておいて必要な時に必要な分だけ使う方が利口だろう?」
俺は、今度は全く反論出来ずに、御見逸れしました、と、茶化すように肩を竦めて見せ、そっちも問題ないか? と、千鶴の表情を窺う。
千鶴は――、おそらく、この場で千鶴だけが展開に全く追いついていないのだろう……、目を白黒させ、呆けたような顔をしている。
「大佐が本当の黒幕ということさ」
俺が千鶴にも分かりやすい言葉を選んで説明すると、大佐は、いかにも心外だ、という分かりやすい演技をして見せた。
「老害は、早めに取り除くに限るだろう? まあ、予定では、もっと早くに始末し、その罪を薬袋に着せるつもりだったのだが……。まさかこの馬鹿男が妹にそれほど熱を上げていて、耄碌した父親が、この程度の男を家に入れて政界の味方を増やすことをそれほど重要視しているとはな。おかげで、余計な手間が増えた」
苛立ちを表すように、ゴス、と、軍靴の爪先で千鶴の元許婚を蹴り、大佐は鼻を微かに鳴らした。
おそらく、警告を与えた時期には、千鶴の許婚の先行で、この二人の居所を大佐の方も一時的に見失っていたのだろう。中途半端な警告は、だからだ。この瞬間に導くため、敢えて意味深な警告を送って寄越した。
「周囲の兵隊は?」
千鶴が、今更思い出したように――父親を庇うつもりで割り込んだのかもしれないが――大佐に尋ねた。
「私の駒が、本当の主に逆らうものか。……この男以外は、な」
状況から判断すれば聞かずに分かりそうな事だと大佐も思っていたのか、最後に少しの毒も混ぜ、傲然と言い放った。
そして、大佐は、その命令を素直に聞かない男――つまり、俺――に向かって、さあ、先程の命令通りにこの二人を始末しろ、と、視線で催促してきた。
軍隊では、上官の命令は絶対だ。
改めて銃を構える。
が、千鶴の表情は――。
…………。
「今更、人殺しに抵抗はありません、が、俺が殺すと角が立ちそうですね」
一拍悩んでから、明らかに困惑している――殺意までは持ち合わせていない――千鶴の表情を横目に捉え、重くなり過ぎないように俺はいつもの軽口を装って言った。
千鶴の為という理由以外にも、一から十まで大佐の筋書き通りでは面白くないのだし、汚名は着てやるのだから、手ぐらい汚して見せて貰おう、という自分自身の理由もある。
俺に視線を向け、それから千鶴を見た大佐は、ほう? と、どこか感心した様子で少し首を傾げてはいたが、意見を翻す気はないらしく、堂々と言い切った。
「ま、そういうことなら私がやろう……ただ、証拠のため、銃は借りるぞ」
大佐は、戸惑う千鶴の手から俺の回転式拳銃を取り上げ、弾倉を確認し――。
「離れて待ちますね」
千鶴の手を引き、掠れた声で命乞いをする二人と大佐に背を向ける。
「好きにしろ」
白い顔をした千鶴の手を引きながらその場を離れる俺に、大佐の平坦な声が――いや、どちらかといえば不機嫌な声だったかもしれない――、お前も、まだまだだな、と、言外に告げられているような気がして……。
俺は口を真一文字に結び、千鶴の手を強く引き、早足でその場から離れた。
殺すのは、何時だって、誰だって出来る。将棋のように、奪った駒を如何に使うかが、帥の才だと、心の中だけで呟きながら。
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