第4話

 流石に街中で馬を駆っていると、それなり以上に目立つ。警察や憲兵の制服じゃないし、しかも、女を抱えているのだから、尚更。

 だが……。

 ま、こういう派手なのも、それはそれで悪くない。中々出切る体験ではないからな。

 どうせ行き先は貧民街だし、馬と一緒に小銭を撒けば、それなりには撹乱出来るだろう。もし奴等が貧民街ごと掃除しようとしても、明日の夜にはもう俺達は海の上だ。


 優越感に浸りながら馬を駆っていると、不意に千鶴に胸倉を掴まれた。

「何故、殺さない?」

 千鶴は抱えて運ばれている身分の癖に、偉そうに意見してきた。

 目を見るが、怒っているのは、さっきの戦闘での扱いに関してだけのようだし……殺せと暗に命じているってわけでも無さそうだ。

 なんだ、そんなことか、と、軽く嘆息してから俺は答えた。

「連中は、民間人の殺しには役所仕事で挑むが、同僚が死ねば、身内の敵討ちっつって、必要以上に血眼になるんだよ」

 不要な殺しは、する必要がない。

 甘い感情論ではなく、人の死によって周囲の人間へ広がる波紋は、扱い難い部分がある。そうなると、状況を御するのが難しい。そしてなにより、人死を出せば、追っ手は次から死ぬことを覚悟した人間を送り出す。懸案の重要性も上げられる。

 俺は、俺が楽しめる状況以上の範囲に敵が広がるのは好きじゃない。

 危険も冒険も楽しむが、必ず勝てる状況下でしか動くつもりがないのだから、誰も彼もを敵にする必要性も理由も無いということだ。


 それに、そもそも、動作の確実性と扱いやすさを重視した回転式拳銃なんぞ、威力は殆んど無く、首にでも当てなければ致命傷は負わせられない。

「千鶴は、殺す方が良かったか?」

 からかうような視線を向ければ、千鶴は真剣な顔で尤もな意見をしてきた。

「アイツ等は、また敵になって追ってくるのではないか?」

「その時は、再び袖にするだけさ」

 俺は笑って応える。

 腕利きの追っ手が面倒臭いのであって、雑魚はいくらでもいなせる。懸念事項では無い。

 千鶴は、俺の返事に納得していない顔をしていたので、含み笑いで注意を促した。

「そろそろ治安が悪い地区に入るぞ、しっかりしがみついてろよ」

 最初、またいつも冗談か? という顔をしていた千鶴だったが、周囲の不恰好な違法建築の群れに今気付いたのか、急に驚いた顔になって――周囲の暗がりからの、人なのか獣の河畔膳としないような怪しげな視線に気付き、俺の胸に顔を埋めた。

 ふふ、と、俺は笑って、周囲をはしゃいで走り回るガキ共に手を振って答え、貧民街の最奥へと、緩歩で馬を進める。


 さて、襲撃の件を伝えれば、章吾は何と言うかな?

 無論、アイツが尾行けられた可能性よりも、より大きな罠の中にある可能性の方が高いのは、分かっている。

 そもそも、徹底されていない命令がまずおかしい。おざなりな事前偵察も――確かに憲兵の中にはそうした子供じみたことをしたがる者もいるが――、違和感がある。店まで辿り着けたなら、そのまま確保しなかったのは何故だ?

 ……複数の系統から、条件の違う捕縛の命令が出ている可能性がある。

 大佐は、俺達を捕まえさせたくないので、無傷でという無理な注文をつけた? 血眼になって探しているのは、子爵……か? いや、その場合、罪状に少し違和感を感じるな。

 大佐は、むしろ傍観者で――漁夫の利を狙っている? いや、しかし、どんな利害が千鶴の周囲にあるんだ? 特に重要な情報を千鶴が持っている気配も無いし。

 いや、敵を複数に分けるなら……。

 そうだな、千鶴を、被害者としている一派と、共犯者だと判断している一派が有る? この可能性の方が高い、か。

 では、それは誰だ? 大佐か、子爵か……それとも、未だ俺が把握していない第三者、か?


 ともかくも、さっきの部隊の指揮官が言っていたことから、次の港湾区画の突破が最後の一戦になるのだし、その時には、より敵も明らかになっているだろう。

 次が見せ場なんだ、誰だか知らないが、楽しませてくれよ。

 そう舌なめずりして、俺は馬を止めた。

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