第5話
定番と言えばそうだが、最後に呉服屋へ行って今日の逢瀬は終了、と言う流れになった。
千鶴曰く、岩倉の物は売ったから、替わりに、高くて良い物を俺が勝ってやる必要がある、との事。
結局は千鶴の金――何だかんだで、俺の貯金だけでは余計な出費までは賄えないし、そもそも、千鶴の金の管理も半分は俺がしているのだから、これまでの経費をどちらが持つかも曖昧――だろうに、俺が悩んで選び、その中で千鶴が気に入った物を買い与える、という過程が、千鶴にとっては重要らしい。
お嬢様の心理とは、中々に複雑なものだな。
まあ、そうした、無駄な手順そのものは嫌いではない。
効率的に生きているだけでは、娯楽が無いからな。
「どうだ?」
店の奥で、ワンピース? とかいう……最新の洋装を試着してきた千鶴が、俺の前に凛と立ち、訊いて来た。
何だか、斜め後ろの店員が下女のようで、その構図を鼻で少し笑う。
しかし、これはまた、随分と無防備な服だな……。
「立派な、ハイカラ美人だ」
唇に薄い笑みを浮かべたまま、俺は答えた。
「本当だろうな?」
疑うような千鶴の視線を受け、勿論と、大袈裟に頷いてみせると、千鶴は一層面白くなさそうに表情を歪め、言葉を続けた。
「なら、何故……お前は、ワタシになびかないのだ?」
「……そうきたか」
皮肉の笑みと、少し呆れた目を千鶴に向ける。
最近の手を替え、品を替え言い寄る最近の姿勢は、割と面白い。
千鶴としても、自力で手に入れる、という過程を楽しみ始めた節はあるし、俺としても、頭を使う女は嫌いではない。
まあ、方向性として、そっち方面だけ、というのは興ざめではあるが。
「ワタシは、変なことを訊いたのか?」
「変ではないが、慎ましやかではないな」
不安そうに訊き返して来た千鶴に、いつも通りの貼り付けた笑みで応じる俺。
「そんなものは、あの家に置いて来た」
傲然と言い放つ千鶴。
成程、それもそうか。
それならば、と、切り口を変え、千鶴そのものの問題ではなく、俺の個性として色恋に傾倒できない性質と認識させてみることにした。
「男が、須らく、簡単に、女性に誑かされる生き物だと思うのは間違いだ」
「誑かしてなどおらん」
憤然と千鶴が言い返してきたので、俺は素直に謝った。
「言葉の綾だ。貶めるつもりで言っていない」
「では、どういう意味だ?」
軽い謝罪では、千鶴の腹は収まらなかったらしい。
しかし……。
困ったな、上手い表現が見つからない。
にもかかわらず、目の前の千鶴はすぐに弁明しろ、と言う態度だ。
俺は、短く嘆息し、答える。
「……お前が望むものを手に入れるのは、簡単ではないということだ」
それでも暫くは、恨みがましい目で俺を見ていた千鶴だったが、最後には嘆息して短く言った。
「成程」
俺を真似るような台詞。
「皮肉のつもりか?」
「そっくりだろう?」
含みの有る笑みで顔を近づけた千鶴。
こういう表情は――。
「まあまあ、だ」
二通りの意味を込めて俺は答え、その、ワンピースを買ってから、逗留先の鍋屋へと俺達は戻った。
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