第4話
「…………」
概ね予想通りではあるが、活動写真館を出た千鶴は無言だった。
表情は、少し硬く、思い出して悦に浸っている、という様子は見て取れない。
千鶴が抱いた活動写真への印象は、決して良い物ではないだろう。
「カフェーでも寄るか?」
つまらない場所へ案内してしまった反省の意味で、活動写真程ではないにしろ、若い文豪の間で流行っている洋風喫茶へ誘ってみる。
「……うん」
さっきの件が期待外れだった事もあってか、千鶴は、あまり期待していなさそうに頷いた。
通りを少し進み、広く張り出した庇の下に客席がある――海外では、オープンカフェ、とか呼ばれる形式の喫茶店に入る。
流行の珈琲をふたつ頼み、改めて千鶴の方に向かって問い掛けてみた。
「活動写真はどうだった?」
「あの弁士が――」
「――下手だったな」
千鶴が、一瞬、はっきり言って良いものかどうなのか悩んだようだったので、言葉が繋がるように続きを言ってやる。
目を瞬かせた千鶴。
だが、次の瞬間、にやりと笑ってから訊いてきた。
「やはりそうなのか?」
「ああ、あの歳であれは無い。いつ首になっても不思議ではない程度だな」
忌憚の無い意見をはっきりと言ってから、俺の責任がどの程度かは判じかねるが、ともかくも、楽しめなかった活動写真に関して詫びを入れる。
「済まんな。全く楽しめなかっただろ?」
「声を聞かなければ、多少は面白かった」
俺に気を使ってくれたのか、千鶴はそう答え――、今し方届いた珈琲に口を付けた。
そうか、と、聞き逃しそうになったものの、ん? と、少し千鶴の態度に引っかかりを覚え、さっきの台詞を思い起こす。
声を聞かなければ? どうやって、それで楽しんだのだ? ……ああ、途中に差し込まれる
しかし――。
「ん? 千鶴は外国語が出来るのか?」
意外……というほどの事でも無いか。腐っても上流階級だ。とはいえ、伊太利亜語まで分かるのは珍しいが……。ま、幕末以降に外国人が増えたことも鑑みれば、家の方針でそういうこともあるのだろう。
今後の方策にも活かすので、どの程度伊太利亜語を話せるのか、という意味で俺は尋ねたのだが、千鶴の返答は俺の予想を大きく上回っていた。
「一通りは。英語と
何でも無い事のような顔で、指折り数える千鶴。
挨拶程度が出来る、と言う意味で言っていそうな気がしないでもないが、それでも、映画の字幕が読めた以上、日常会話程度なら、挙げた国の言葉を使いこなせると見て良いだろうし。
……正直、意外な才能だ。
貴族連中も、教養は人一倍熱心だが、子息共の身に付くか、となると別の話だ。
語学研修なんて、凡そ海外で羽目を外すための方便で、実際問題として、軍にいるそうした上流階級の子息共も、行ったと主張する割にはその国の言葉も文化も理解が浅い。
意外と勤勉なのかもしれないな、千鶴は。
「うん?」
まじまじと千鶴を見る俺を、千鶴は不思議そうに小首を傾げて見詰め返してきた。
「大戦が終われば、欧州にでも行ってみるか?」
「そうだな、欧州にも連れて行ってくれ」
ふ、と、笑って俺は頷く。
千鶴の旅の終着点は――、少なくとも俺の中では決まり、後は、日本を出て以降、そこに至るまでの物語を描く段階へ入ったと思っていた。
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