第2話
改札を抜け、そのまま真っ直ぐに停車中の海都直通特急に乗り込む。
帝都から副帝都への路線は、副帝都の数と同じ五つだけあり、全てが直行便で一般乗客の乗り降りする途中駅は設けられていない。空いているのは、そのせいかもしれないと、ふと思った。
ともかくも、地方部隊の移動訓練や陸士や陸大の研修と重なっていないのは、ありがたい。それとなく変装はしているが、俺を知っている可能性のある軍関係者の目には付きたくなかった。
「上等が駄目なら、何故、次の一等ではないのだ?」
席に着いた途端、ばすん、と、乱暴に席に腰を下ろし、分かり易く拗ねた横柄な態度で問い掛けてきた千鶴。
はためいたスカートの裾をちらと眺め、上等な洋装の美人の振る舞いではないな、と、皮肉めいた笑みを浮かべながら、指で横を指す俺。
千鶴の視線が、ひとり掛けで脱着式の物書き台の付いた窓際の一等席を捉えるのを確認して、わざとゆっくりと子供に言い聞かせるように、俺は耳打ちした。
「一等は個人席だ。世間知らずをほっぽり出せる程の度胸は俺にはない」
視線を再度俺の方へは向けずに、憤然と肩を怒らせた千鶴は、何か言おうと口を動かしはしたが、結局は強く唇を結び俯いた。
まるで子供のように拗ねている千鶴を、微笑ましくゆるゆると見詰めていると、千鶴は居心地が悪そうに、顔を彼方此方に――俺と視線をぶつけないように注意しながら巡らせていたが、最後は我慢が出来なくなったのか、膝の上で握った手を小刻みに震わせ――。
勢い良く顔を俺に向けた時節を狙って、千鶴が大きく開けた口から文句が出る前に、軽口をぶつけてみた。
「なんだ? もう逃避行に飽きたか?」
軽く車両を見渡すが、声が聞こえるような距離に座っている乗客が居なかったから、敢えてからかう口調で問い掛けた俺。
勢いを完全に削がれた千鶴は、目を白黒させていたが、どうやら自分が怒っていた事を一拍後に思い出したらしく、口を尖らせ――。
「ワタシは! まだなにも! 手にしておらん!」
俺をひと睨みし、怒声を吐く千鶴。
どうやら千鶴は、平時には鬱憤を内に溜める傾向があるらしい。古い家で、自分の分を弁えつつ行動していた結果のせいだろう。だからこそ、閾値を超えた際の態度が強く過激になる。
場所は選ぶ必要があるが、適度に発散させる必要がある、な。
半端な所で幕を引かせないためにも、気を付ける所は随分多そうだ。
「飲み物でも渡そうか?」
「そういう意味ではない――」
千鶴の分析を行いながら、答えの分かりきった質問をぶつけて場を繋いでいた所、ごく小さな音ではあったが、腹の虫が鳴く音がした。
一応、紳士の嗜みとして、淑女へ視線を向けるのは堪えた。
「……が、確かに腹は減っている」
思いがけず出た千鶴の正直な台詞に噴き出してしまい、それを見咎められ、急いで口元を押さえ、左手で謝罪する。
場が悪いというか、良いというか、変な機運が千鶴には付いているらしいな。俺に唆されて、逃避行を即決する辺り、特に。
尤も、面白いから、俺としては、そういうのは大歓迎だが。
「車両が動いたら食堂車へ行こう」
うっすらと頬を紅くした千鶴が頷いたのは、見るまでも無い事だった。
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