第二話 外国から来た少女 2
アリスと純たちとのやり取りを見た同級生たちは、やはり、アリスに対してあまり良い印象を持たなかったようでした。
「ああ言うタイプ、苦手だな」
「ちょっと可愛いからってさ」
「しゃべり方が、いかにも『お嬢様』って感じだよね」
「家は相当なお金持ちらしいよ」
「だから私達を見下すような態度なんだね」
しかし、そんな声など興味は無いのか、アリスは休み時間も誰とも話さず読書に耽っています。そのため、転校して来てから1週間が経ちましたが、彼女には一人も友人がいませんでした。
そんな中、
「何の本を読んでいるの?」
何故か、北条鮎美だけはアリスに頻繁に話しかけてきました。笑顔で話しかけてきた鮎美にアリスはちらりと視線を向けると、無言で表紙を見せます。本のタイトルは
『Die tragische Liebe des Drachen』
とあり、黒い竜のような翼をもった少女と、人間の若者が抱き合っているイラストが描かれています。
「う~ん?そのタイトルって、日本語でどんな意味なの?」
「・・・『竜の悲恋』・・・」
「竜って事は、ファンタジーなのかな?ファンタジーが好きなの?私もファンタジー好きだよ」
「好きと言う程でもないですわ」
気の無い返事をするアリスに
「前に『指輪物語』を読み始めたんだけど、長くて途中で止まってるんだ。他には『ロードス島戦記』も好きだよ。ロードス知ってる?日本人の作家の先生が書いてるんだけど、あなたの国では翻訳されてるのかな?」
笑顔で話す鮎美でしたが、それに対してアリスは目も合わせずに、
「読書の邪魔しないでくださる?」
と、冷たく答えます。
「あ!ご、ごめんなさい・・・」
鮎美はあわててそう言うと、自分の席へと座ります。
「・・・・・・」
そんな鮎美を横目で見ていたアリスは、続いて教室内を見渡します。クラスメイト達は、今の自分と鮎美のやり取りを見ていたはずですが、その事に気付いていないふりをしています。
(ふぅん、なるほどね・・・)
鮎美がクラスの中で孤立している事に、アリスは何となく気付いていました。それどころか、一部の生徒-福田など-からいじめを受けているのも知っています。
(まぁ、別にどうでも良いわ。関係ないし)
アリスが読書を続けようとした時でした。
「あのさ、ちょっと今の態度冷たくない?」
そうアリスに苦言を呈してきたのは佐藤純でした。そんな純を、アリスは無言のままちらりと見ます。純は不服そうな顔をしてアリスを見下ろしていました。
「せっかく北条が話しかけてくれてんのにさ」
「質問には答えて差し上げましたわ」
「いや、そうかもしんないけどさ、そう言う事じゃないじゃん」
佐藤純は呆れたように肩をすくめます。
「なら、あなたが彼女を慰めて差し上げたらいかが?」
そう言ってアリスは鮎美を顎で指し示します。
「あ、あたしが・・・?いや、それはちょっと・・・」
と、純は困ったように頭をかきます。鮎美はと言うと、そんなアリスと純との会話が聞こえているはずなのに、黙ったまま俯いていました。
「あたしはさ、その、この子に避けられてるからさ」
純は鮎美には聞こえないよう、ひそひそとアリスに耳打ちします。
「何故?」
「何故って・・・、あたしには、そんな資格無いって言うか・・・」
「資格?」
「・・・」
純が黙り込んでしまうと、代わりに-と言う訳ではないのでしょうが-福田が口を挟んできました。
「そんな奴、慰めてやることなんてないよ!」
「あら、あなたいたの?」
わざと驚いたような顔をしてそう言うアリスの事は無視して-内心ムッとしながらも-福田は鮎美を指差し、
「こいつのせいで、麗華が引きこもりになっちゃったんだからさ!」
と強い口調で言い放ちました。
「麗華って、どなた?」
「それは違うよ!」
アリスの質問には答えず、純は福田にそう言い返しました。
「この子のせいじゃないよ!北条はそんな事する子じゃない!」
「そいつ以外の誰がやったって言うのさ!?そいつがSNSを使って麗華を晒したにきまってんだよ!」
「お前、いい加減にしろよ!!」
純は怒って福田に詰め寄ります。その剣幕に福田は気圧されてしまい、それ以上何も言えなくなってしまいました。そしてそれはクラスメイトたちも同じで、皆不安そうに純を遠巻きに見ています。
「北条を責めるなよ!第一、お前にもそんな資格ないだろ!」
「そ、それは・・・」
「それに・・・麗華だって・・・。麗華も悪いんだよ・・・。もちろん、あたしも人の事言えないけどさ・・・」
怒りの表情から一転、今度は悲しそうな顔をして純はそう言いました。
(麗華・・・?そう言えば、登校して来ない生徒が一人いるって誰かが教えてくれたわね。それが麗華なのかな?)
アリスは心の中でそうつぶやくと、次に鮎美を見ました。今の騒ぎの当事者でありながら、彼女は相変わらず俯いたまま無言を貫いています。
(この子も、純-だっけ?-が庇ってくれるんだからお礼のひとつも言えば良いのに)
そうアリスが思っていると、
「もう良いよ!!」
思いもかけず、急に鮎美は大きく叫ぶと、そのまま教室から走って出て行ってしまいました。
「北条!?待って!!」
その背に向かって純は叫びましたが、鮎美が振り返る事はありませんでした。「・・・元はと言えば、悪いのはあたしらなんだよ。北条は・・・あの子は、野々宮の事を護ろうとしてただけなんだよ・・・」
今にも泣き出しそうな表情で、純は誰にともなくつぶやきました。
そんな彼女を見ていたアリスは、
(野々宮?また分からない名前が出てきたわね。私が来る前にこのクラスで何事かが起きていたって事か。で、純はどうやら、鮎美に何らかの負い目があるようね・・・)
そう心の中でつぶやくと、その美しい顔に、悪戯っ子のような笑みを浮かべるのでした。
そして鮎美はと言うと、そのまま帰ってしまったのか、教室に戻ってくる事はなかったのです・・・。
第二話 完
第三話 『中世のヨーロッパ2 二つの想い』に続く。
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