3話 B地区第弐号養殖試験場 その2

「ぜぇ……ぜぇ……」


 疲れた。

 アルファに搭乗し建設機械の護衛に向かった出撃組と異なり、俺は待機組として施設内部で整備兵まがいの仕事をやらされていた。

 幸いだったのは養成校に入学した訓練生の土帝の記憶の中に最低限の整備知識があったことだろうか。

 土帝の知識を漁ったところ、養成校の出身者全てが数に限りがあるアルファに乗れるワケではないようだ。

 パイロット適正や養成校での成績、軍での功績などを加味して選ばれた上位陣のみがアルファの搭乗として選ばれるみたいである。

 パイロットとして選ばれなかった養成校の出身者は、アルファに関する専門知識を修めた人間として主に整備士などの出撃基地勤務になるようだ。


 ゲーム内でも養成校の卒業生なのに戦闘機のパイロットになっていない生徒が何人かいたような記憶があるが、その理由が土帝自身の持つ記憶で解消された形となる。


 (この後のオメガとの侵略戦争を生き延びるには、アルファの正規パイロットに選ばれる最低限選ばれる必要がある……)


 主人公が土帝に絡まないチュートリアル回避ルート(通称、メインヒロインガン無視最速クリアルート)だと、土帝は卒業後に出撃基地勤務になり、敵が基地襲撃を行った際の死亡者リストに名前だけ記載されている場面がある。

 その死亡パターンを回避するためにも、基地勤務要員になる未来も避けなければならないだろう。 

 学園に舞い戻った際には成績上位者に食い込む努力が必要となるだろう。

 それも原作の有能な主要キャラ達を相手に……辛いから今は考えないでおこう。


 とにかく、土帝の持つ知識をもとになんとかマニュアルを読み解き、実弾兵器に使用する弾薬の点検や交換パーツのチェック……どれもこれも20m級の戦闘機用のものだから出してしまうだけでもけっこうな重労働だった。

 しかも、先ほど不真面目な態度をとった罰として、明日以降に他の2人が担当する量も含めて合わせてやるように命令されたのでかなりの体力を消耗させられた。


「ぜぇ……宮崎准尉……武器庫の整備終わりました」


「ご苦労。丁度、自分も書類仕事が一段落したところだ。そこの椅子へ座れ」

「すぅーはぁー……ハッ! …………それで、なんの用でしょうか?」

「貴様たち3人がこの試験場へ送られてきた事情は知っている。だが、本人の口から改めて自分は聞きたい。土帝訓練生、貴様がなぜこの試験場へ送られてきたのか、自らの口で説明しろ」


 NOという返事を許さないような力強い視線だった。

 

 (武器庫の整備という重労働自体は不注意だった俺が悪いから納得できた。けれども、これはやりすぎだ。そこまで、俺に恥を晒させて何がしたい?)


「……あまり話したくないのですが」

「命令だ言え。言わんのならば罰則として共有スペースの清掃業務をやってもらうことになるが」


 共有スペースというと狭い会議質だけでなく広い食堂も含まれる。

 今の疲れた体では流石に体力が持たない。

 それなら、恥を晒して少しでも明日への体力を残した方が賢明だろう。

 どうせ今の自分が意識してやった汚点ではないのだから、心が傷付くことはない。


「分かりました、話します:

「ああ」

「……俺は姫野と呼ばれる女性に男性としてあまりよろしくない振る舞い、つまり、ストーカーと呼ばれるような行為をしていました」


 (医務室→自宅→養殖試験場の流れで飛ばされてきたせいで、記憶の中でしか姫野の顔は知らんけどな)


「……そして、それをクラスメイトの藤堂さんに見咎められて、彼女と言い争い、決闘になった結果ここへ来ることになりました」


 藤堂華凛。

 記憶の中にある赤髪の少女の名前だ。

 プレイヤー=主人公という設定で、恋愛や友情の疑似体験を与える『機甲戦記Ⅱ』では主人公のヴィジュアルは敢えて設定されていない。

 だが、紅桜の搭乗者という事実から考えて彼女が原作ゲームでいうところの女主人公と捉えておいて間違いはないのだろう。


「自身では何が悪かったと反省している?」

「? えーと、そもそも女性へのストーカー行為……紳士的でない振る舞いをしたことでしょうか?」

「ふむ。やはり、貴様はしっかりと反省が出来ておらんようだな。これでは再犯しかねまい」

「どういうことですか?」

「今朝、規律について貴様に教育してやると自分は宣言した。土帝訓練生、貴様の問題は規律というものに対する意識の低さだ。言い換えればルールを守る遵法意識の無さだな。ルールを守ること、規律を乱さぬことの大切さを知っていれば、貴様が養成校で問題を起こすことも無かっただろう」

「それは……そうですね」


 言われてみれば、その通りなんだけど、記憶を取り戻す前の土帝の振る舞いに対して説教をされても正直困る。

 けど、今の自分は中身丸ごと入れ替わった別人間なんです……なんて話しをしたとしても、冗談どころか上官の有難いお説教を馬鹿にしていると思われかねない。

 とりあえずは肯定だ。

 イエスマンになっておこう。

 

「軍人に規律がなぜ必要か分かるかね?」

「…………」


 思い付かなかった。

 こちとら、養成校に入学した時点の新米訓練生としての土帝の記憶と文化部としての前世の記憶しかないのだ。

 軍人の心得的な内容を聞かれても分かるわけがなかった。


「答えられないようだな。答えは簡単、仲間を守るためだ。軍人の規律とは部隊の作戦遂行能力そのものを指す。最小の犠牲で最大の戦果を引き出す能力をな。その観点から見れば、貴様のように集団の和を乱すような行いは最も愚かな振る舞いだ」

「はい……」

「だが、自分個人としては人は変われる生き物だと信じていてな。貴様のような者でもなにかのきっかけ次第では一端の軍人となれるものだと考えている。特別な事情があってここに来た他の2人とは違い、貴様は教育のしがいがありそうだと思ったのだ」

「はい?」


 なんか雲行きが怪しくね?

 教育とはなんぞ?


「我々監督者の仕事の中には、業務の監督に加えて受刑者の更生化指導という仕事がある。既に形骸化し、書類上の業務となりさがった遺物だがな。しかし。土帝訓練兵、私の圧にも負けずに能天気にふざけおった貴様は格別だ。自分は貴様を根本的に更生させたい! 死んでしまう危険があるこの場所で相反するようだがな。だから、貴様には自分が特別教育を施そう! もちろん、一般業務の終了後にな」

「ハッ?」


 多分、今日一番の声が出たんじゃないだろうか?

 何ということだ。

 それだと仕事中に考えていた、仕事終わりの時間を利用して生還のカギになるシオンと親しくなるといった目論見が崩れる!


「良い返事だな。貴様がこの場所を無事生き残った暁には模範的な軍人と成れるように厳しく指導してやるから覚悟するように」


 (頼む、世界よ。俺に選択の自由をくれ)


 ニヤリと獰猛な笑みを見せる黒髪の上司を見ながら、俺は心の中で嘆いた。



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 「……ふぁあああ」

 「仕事中の欠伸はあんま感心しないぜ」

 「あぁ、悪い悪い」


 翌日、俺は疲れの残った体で外に出ていた。

 アルファに乗って建設機械を護衛する仕事である。

 仮設基地での内勤組がオッサンだ。

 今日の出撃組である俺とシオンの二人は、日本式の量産機である『士魂』――銀色のボディを持った機体に乗っている。

 通信回線を開いたままだったので、俺が操作室コックピット内でついた欠伸もシオンにバレてしまったようだ。


(昨日はマジで疲れた)


 結局、昨夜は宮崎准尉に修身という名目で座禅を組まされたり、敬礼などの儀礼動作を叩きこまれた。

 土帝の素の姿勢は良くなかったし、前世の俺もその手の経験はほぼない。

 姿勢の矯正や礼の角度、発声など多くの指導を受けさせられた。

 『正しき心は正しき礼のもとに宿る』の指導のもとに准尉の指導は何時間も続き、夜10時頃になってようやく解放された。

 その時間にはシオンやオッサンも既に寝入っていたため、 特にやれることもなかった俺は熱いシャワーを浴びて簡易ベットで眠った。

 さっきの欠伸は昨日の疲れと、オメガという敵が接近するまで暇な護衛という仕事の性質のせいである。

  

(悪い人ではないと思うんだけど、思い込みが激しいというかなんというか)


 宮崎准尉。

 自他ともに厳しそうな雰囲気を漂わせる女軍人。

 俺が知っている『機甲戦記Ⅱ』のキャラクターではないが、中々クセの強そうな人物だった。

 もしかしたら、俺が知らないだけでサブストーリーなどには登場するキャラクターの一人なのかもしれない。


(だけど、当面の問題は時間が削られることだ)


 彼女の行動自体はハタから見ると捻じ曲がった訓練生を教育し、人類の戦力として仕立て上げようとする年長者の軍人として立派な行動である。

 しかし、そのせいで俺が業務後に自由に動ける時間が失われてしまった。

 いつ、どのタイミングでオメガの襲撃され殺されるのか分からない、追い込まれた状況だというのにだ。


(この養殖試験場で遊んでいられる時間は……ない!)


 多少強引にでも動いていかないと状況に流されかねない。

 自由に動けるタイミングが少なくなったからといって、何もせずにシオンのような幸運が訪れるのを待つ手もあるのだろう。

 しかし、好転のチャンスを世界にクレクレと願っていても、こんな半分以上詰んでいる状況から転生が始まっている時点で俺の幸運値はきっとマイナスだ。

 その上、土帝には無数の死亡フラグ。

 運や自然のなりゆきに任せた結果訪れるの死である。


(そう考えると今の時間はチャンスだ)


 防衛設備とオメガを閉じ込める耐久壁を建設途中の手足の付いたドラム型機械を眺めながら考える。

 護衛の仕事は自衛能力がない建設ロボットをオメガが破壊しないように守る仕事で、オメガが現れるまでは暇である。

 いつ敵が現れるか分からない以上、油断は禁物だが自由に動ける数少ないチャンスなのだ。


(二つ……だな)


 現状、考えている俺の行動方針である。

 一つ、目の前で同じ仕事に付いている藤原シオンとの関係を深めること。

 学生編後期まで生き残っている彼に付いていれば、自分も生き残れる可能性がある。


 二つ、アルファの扱いに慣れて自力でオメガに対処出来る様になること。

 この場所を生き抜くためにもそうだが、この世界は常に戦いに巻き込まれる危険がある。

 主人公が卒業した時点で、オメガの攻勢も本格化してくるはずだ。

 戦う力を身に付けてることは将来の危険フラグを乗り越えるために必須である。


 だから今の最適解はコレに違いない。


「なぁ! 藤原ぁ!  模擬戦しようぜ!」


 シオンと戦って戦闘の経験値と彼との仲を深めようとする一石二鳥の作戦である。


「任務中だろう 万が一があったらどうするんだ?」

「万が一の時に動けるようにさ。ウォーミングアップってやつさ」


(おそらく、乗ってくるはずだ)


 背も低く、少女と見間違うかのような中性的な顔の良さに加えて高めの少年ボイス。

 一見すると、シオンは一部の女性がドはまりしそうな物静かな美少年に見える。

 しかし、ゲーム内の彼は、養成校への編入後に行われた自らへの誹謗中傷に対して、泣き寝入りするのではなく相手の口を物理的に閉じさせるという形で反応した。

 その事実を考えるならば、彼は割とアグレッシブな性質があるはずだ。

 多分。


「一理あるな……オレも退屈していたところさ。変態野郎のくせに良いこというじゃないか!」

「変……態?」

「山本兵長から聞いたぜ。土帝、アンタは学園で女のケツをこっそり追いかけ回してこっちに送られてきたんだろ?」

「あのオッサン、バラしやがったのか」

「別にオレに関係のない場所でのことだから気にしないけど。オレの前で男らしくないことはすんなよ。格好悪いからな。そーいうのは嫌いだ」


 この時期のシオンは男らしさにこだわっている。

 オッサンの口の軽さと共に、頭の中にメモを残しておく。

 俺が知っているゲーム内の彼は2年後の荒れていた時期のキレやすく義理堅いシオンでしかない。

 正直、妹がいる武家出身者以外の情報は持ち合わせていないのだ。


「ああ、分かったよ」

「なら良い、ルールはどうすんの?」

「銃やビーム兵器を使うのは駄目だな」

「確かに有限だからな、敵が来たのに弾切れなんてバカすぎる。来なくても准将への言い訳が面倒だしな」

「あぁ。ブレードを使った寸止め勝負はどうだ? 燃料を喰うから加速もなし。純粋な操作技術と剣術勝負って感じで」

「うん、それならバレなさそう。いいぜやろう!」

「ああ! ちょっと、準備運動だけさせてくれ!」

「あーん? 準備運動? まぁいいけど早くしてくれよ」

「ありがとう! さっさと済ませるよ」


 実は俺が現在搭乗しているのは三世代機『士魂参式』。

 先日、紅桜にボコボコにされた際の『士魂弐式』とはコックピット内部の構造が大きく異なる。

 士魂参式は電子回路が組み込まれた専用のパイロットスーツを装着することで、自分の身体の動きとアルファの動きを連動させることが出来るのである。

 搭乗者の身体能力が機体性能に反映されるこの仕組みはアルファトレースシステムと呼ばれている。

 『機甲戦記Ⅱ』の機体設定は知らなかった。

 けれども、ゲームの主人公が養成校で生身での格闘技スキルを磨くと、アルファによる格闘戦能力も強くなっていたのはよく考えると変だ。

 人間同士の格闘技のプロが、20m級の大きさを誇るアルファの格闘操作もプロレベルになるというのはありえないはずである。

 だが、このアルファトレースシステムが組み込まれた第三世代機であれば、生身を鍛えれば鍛えるほど機体の戦闘能力も引き上げられる。


 ボタン一つで、予め登録されている一連の攻撃プログラムを実行する第二世代機に比べると慣れと自身の鍛える手間が必要となるが、先を見据えると小回りが利きやすい第三世代機に習熟しておく必要がある。

 事実、その戦闘能力は認められており、軍でも第三世代機の採用を決めている場所が多いらしい。

 もちろん、身体能力が衰えた老パイロットたちの存在を考慮して、基本的にはどの施設でも第二世代機が配備されているのだが、アルファの戦闘データを収集する意図を込めて、この基地にも第三世代機が配備されていたのだ。


 ただし、戦闘能力が高い第三世代にも大きな欠点が一つ。

 


――バシッ!


「やっぱ熱いな」


 動作確認がてら、開いた左の掌に右手の握りこぶしを叩きつ付け合掌のポーズを取る。

 左の掌と右こぶしの先に感じるのは確かな熱である。

 第三世代機はパイロットの動きをダイレクトに反映する反面、スーツの電子回路がアルファの機体と密接に関わっている。

 そのせいで外部からの衝撃を受けた際に、スーツの電子回路に負荷が掛かり高熱が発生する、いうなればダメージのフィードバック機能があるのだ。

 機体が吹き飛ぶようなダメージを喰らえば、スーツが爆発してしまう危険もある。

 土帝が若年世代には時代遅れになりつつある第二世代機を未だに使用していたのも、熱や痛みへの恐怖があったからだ。


(ただでさえ弱いんだ。道具の好き嫌いはしていられない)


 痛みは痛みだ。

 俺だって痛いのは嫌だ。


(でも、死んでしまうのはもっと嫌だ)


――ブン。

――ブン。


 腰に佩いた金属製のブレードを抜き、その振り心地を確かめる。

 うん、イケる。

 土帝はチュートリアルの敵キャラ、主人公が手を抜いてわざと負けようとしないと限り勝つことのない雑魚キャラ。

 けれども……それでも……養成校に一般入試で合格して入学したレベルの身体能力はある。


(土帝、お前の身体を信じさせてもらうぜ)


 自分が本当に前世の記憶を取り戻しただけの土帝なのか、それとも彼の自我を乗っ取った亡霊なのか分からない。

 だけども、唯一頼れるこの身体を使って精一杯に生き延びてやる。


――ザッザッ。

――ヒュンッ。


 横へのステップ、そして、前に小さく飛びながら踏み込みも中々サマになっている。

 

 藤原シオン。

 彼は加入時点で即戦力の強さを持つといっても、それは2年後の話だ。

 経験の浅い現段階であれば、もしかしたら、土帝でも良い勝負ができる可能性がある。


(良い勝負ができれば、訓練って名目で彼との仲を簡単に深められるかもしれない……)


 彼も家名のための軍功を、それを成し遂げる力を欲しているはずだ。

 

 ブレードを握る手に力を籠める。 

 ようやく、今まで読んできた異世界転生モノみたいに上手くいきそうな……歯車が上手くかみ合うような気がしたきた。


「オーケー、準備できたぜ」

「ふーん。先制攻撃は譲ってあげるよ」

「後悔するなよ」


 女主人公が乗っていたであろう紅桜との戦いはまとも戦いと呼べるモノではなかった。

 だから、これが、シオンとの模擬戦がこの世界での俺の初めての戦闘。

 そう戦闘チュートリアルだ!


 ――スゥー……。

 一呼吸を入れ、俺はブレードを上段に構えながら敵の機体への大きな一歩を踏み出した。

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