4話 引換券:藤原シオン その1
――ガキィイイイン。
意気揚々と振り下ろした鋼鉄の剣は、同じ鋼鉄の剣によって事もなさげに受け止められる。
腰を落として守りの姿勢を取るシオンの士魂参式。
鍛えられた日本刀を思わせるような、銀色の輝きを放つその機体は微動だにしていない。
(まるで、コンクリートの壁に体当たりしているみたいだ! ビクともしない!!)
「ん? ――せいや!」
「うぉっ!」
――つるり。
一瞬の間の後、シオンが剣を斜めに反らし俺の剣を受け流した。
宙を切った剣が地面に叩きつけられる。
「うーん、剣圧は無いし、その割に太刀筋が素直すぎる……もう一回打ち込んできなよ」
(……ァア!?)
「うぉおおお!」
中段からの横薙ぎ。
これなら、受け流せないはず……。
――ヒュン。
しかし、シオンは半歩下がって俺の渾身の斬撃を避けた。
「踏み込みと腕の動きもバラバラ……今度はこっちから攻めるよ」
「……あぁ……こぃっ」
(なんなんだ)
彼の剣が上段から振り下ろされたと気付いた時には、既に機体の装甲に掠らされている。
相手の足が前に動いたと思ったら、防御のために構えた剣をすり抜けてシオンの刃先が首元に突きつけられている。
「ねぇ、まだ続けんの?」
「頼む!」
「……まぁ、木偶人形を相手にするよりはマシか」
踏み込み、剣を振る――受け取められる。
踏み込み、剣を振り――受け流される。
踏み込み、剣を振るフェイントを見せ突きを放つ――機体を軽くひねって避けられる。
相手の反撃。
彼の斬撃はこちらの防御をたやすく通り抜ける。
相手の剣が何度も機体の表面を擦り、何度も寸止めを喰らう。
(本当になんだってんだよ!)
あまりにも――あまりにも圧倒的な格差。
勝ち目、いや勝負という概念自体が成り立たない巨木を相手にするような戦い。
苛立ちと焦りによって、ただでさえ拙い動きがより直線的になった結果……。
「その振りは良くないね!」
――ガキィイイン!
「あっ……!?」
握りしめていた剣が弾き飛ばされた。
「ここまでにしねぇか? オレも弱いもんイジメみたいなのはカッコ悪い真似はあんましたくねぇし。はっきり言っとくけど、土帝……おめえ滅茶苦茶弱いじゃん?」
(こんなのってアリかよ!?)
劣化主人公、妹の引換券という評価を受けていたシオンですら、土帝のような……テキスト一文で死ぬキャラクターに比べれば遥かに……途方もなく有能なキャラクターなのか?
それこそ、模擬試合の相手どころかピッチングマシンのような役割さえ果たせない力量の差。
その事実に、一緒に切磋琢磨して仲良くなろうなんていう都合の良い妄想は粉砕されてしまった……他の登場キャラに肩を並べるほどに強くなって生き延びてやろうという意思すらも。
「…………ひっく…………ズズ……」
「えっ? まじか? 確かにイジメるような形にはなったけど……勝負を持ち掛けたのは土帝の方からだから…………オレは悪くないよな?」
動揺するシオンの声が遠く聞こえる。
(ここまで何もできないのか)
……心が折れた。
全てが悪く思えてくる。
惨めだ、無力なこの体が。
悲しい、自分の計画が上手くいっていないことが。
怖い、いつ死ぬか分からないこの状況が。
刻一刻と迫り来る死のタイムリミット。
「ごほっ!……んくっ!」
留めようとして……しかし、漏れてしまう嗚咽と涙。
情けない。
情けない。
情けない。
(死にたくない、けど、もう無理……)
棺桶に半分は足をツッコんでいるこの状況で、周りに当たり散らさないように努力した。
機体へのダメージが自分の身体に反映されてしまう『士魂参式』に覚悟を決めて乗った。
いつオメガに襲われるか分からないこの場所に、恐怖を飲み込んで足を踏み入れた。
少しでも強くなろうと、目の前の少年に戦いを挑み……完膚なきまでに負けた。
このゲームの世界は後に、目の前のとてつもない強さを持つ少年ですらも戦力不足扱い……軽く死にかねない戦いに巻き込まれるのだ。
仮にこの場所を生き延びたとしても、俺がその戦いを生き残びていけるなんて甘い希望はもう持てなかった。
下手に前世の記憶が……死亡フラグが見えているせいで悩まされる……精神的な重圧に押し殺されそうになる。
こんなことなら、ゲームの知識なんか思い出さずに、一瞬の恐怖だけ味わって死んだ方が土帝にとって遥かにマシだったのではないだろうか。
(そもそも、俺が動いて死の運命を変えられる保証なんてあるのか?)
前世の悪役転生モノの創作物から得た知識から、転生者は確定した未来を変えられると無根拠に信じていた。
けれども、死亡フラグを踏み抜いた状態での転生なんていう事自体が異常事態だ。
主人公とのチュートリアル戦で負けた時点で、ゲームならば土帝の死は既に確定している状況。
全てが予定調和の中で物語が進んでいき……俺がどれだけ頑張っても決められた死の運命を回避不可能な可能性だってある。
(死を受け入れて、無駄な足掻きを止めてもいいんじゃないか? そうすれば、死の間際に一瞬の恐怖を感じるだけで済む)
下手に良い子ぶって、律儀に教育熱心な准尉に付き合う必要はない。
シオンと関わって自分の無力感に悩まされる心配もなくなるだろう。
死の恐怖を忘れることは難しいだろうか、どうしようもない焦燥感や上手くいかなかったときの挫折と絶望を味わわなくて済むんじゃないか?
(それも良いかもしれない)
思考が虚無的な思考に支配される。
だが……
「この馬鹿野郎が!」
「ガッ……!?」
――ガゴォオオン。
突如、頭部に感じた衝撃に共に、身体と機体が吹っ飛ばされる。
電子回路への負担がスーツの口元の部分に熱が生じ、思考が痛みと驚きに塗りつぶされる。
「痛ってぇええ!? 何すんだ? 勝負はもう終わりって自分の口から言ったじゃねえか!?」
そこには剣を横に振り切ったシオンがいた。
もしかしなくても、あのドでかい中央……剣の腹で殴られたのだろう。
質量を持った鋼鉄で殴られたら、そりゃ痛いわ!
「不意打ちになっちまったのはわりぃ。だけど、男が人前でいつまでもメソメソしてんじゃねぇ」
「メソメソって……お前に何が分かるんだ?」
すぐそこに死ぬ未来が見えんだぞコッチは!
「アァン? 知らねえよそんなのはよお?」
「知らないって……」
「会ったばっかなんだから当たり前だろ。だけど、オレはさっき言ったばっかりだぜ! 女々しい真似は嫌いだってな」
「ハァ?」
バチバチとした熱を伝える口元を撫でながら、振り返る。
(あっ!)
そうだ、確かにシオンは言っていた。
『オレの前で男らしくないことはすんなよ。格好悪いからな。そーいうのは嫌いだ』と。
そして、忘れていた。
彼は女々しい顔に反して気に入らないことはワリと暴力で強引に解決する性格だということを!
「剣を拾えよ!」
彼が指した先には、先ほどの衝撃で手放し地面に倒れた俺の剣。
「よく分からんけど、多分、ボコボコにされて悔しいんだろう?」
「違っ……あれ? 違わなくないのか?」
「オレもそーいう経験があるからな、お前の気持ちはよーく分かる。だけど、男が泣くってのはダメなんだ。泣くっていうのは負けを認めること。負けるのに慣れると大切なモノを守れなくなるぜ」
「いやっ……話、聞けよ!?」
「こんな時は悔しさが残っている内にスッキリするまで闘るしかねぇ。だから、徹底的に付き合ってやる! ……どうせ、今のお前相手じゃ仕事用の余力は残るからな! さぁ、剣を拾え! 第二ラウンドだ!」
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