始まりの章 『養殖試験場から生還せよ』
1話 踏み台転生者:土帝貞夫
宇宙より飛来した正体不明の隕石……アンノウンの地球への衝突は人類史の新しい幕開けと
だから、神の試練を……人類に終わりをもたらすかもしれない存在を
ヨハネの黙示録曰く、神とはアルファでありオメガである。
我々は神に試されているのだ。
願わくば、この怒りの日を人類が乗り越えんことを祈ろう。
~『星災』に関するとある神父の手記より~
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「なぁ、そこの若えのお前は何をやったんだ?」
「……ほっといてくださいよ。今はあんまり喋りたくないんです」
養殖試験場行きの護送車の中でひげ面の中年オヤジと一緒に揺られながら、俺の気分は最悪だった。
あの後、医務室で目覚めた俺は鏡を見て、自分が『機甲戦記Ⅱ 流星の落とし子たち』の憎まれ役、土帝貞夫の姿になっていることに気付いた。
それはプレイ動画で何度も見た土帝の姿で間違いは無かった。
俺をボコボコにした紅桜も、あの怪我も、決闘に敗北したことで死地に送られている今の状況も、全て夢では無かったのだ。
『機甲戦記Ⅱ』は少し前に発売されたゲームだ。
元々、本格的なロボット3Dアクションとしてコアなファンに人気のあった前作『機甲戦記』。
それに、恋愛要素を取り入れ、ライトゲーマー層を大きく取り込みに行ったのが次作の『機甲戦記II』である。
舞台は宇宙からの侵略者オメガが存在する別世界の地球。
主人公はアルファと呼ばれる戦闘機のパイロットを養成する国立東京機甲学園に一般生として入学する。
3年間という養成期間を通して、パイロットとしての腕を磨き、友情や恋愛を楽しむ。
ちなみに同性恋愛も可能である。
正規ルートの主人公は学園を卒業した後、機甲学園の同期たちを率いて地球を侵略するオメガや自国の利権のために敵対する他国の勢力との戦い挑む。
最後は地球の総力を結集してオメガの王、個体名称マザーを打ち倒す……といった筋書きだ。
ついでにいうと割と容赦なく人が死ぬ。
やんなるね。
(まさか、自分がゲームのキャラクターになっているなんて……)
自分には前世……死んだ記憶が無いので本当に前世といってよいのか分からないが、この世界とは別の平和な日本で生きた記憶がある。
同時に、土帝としての今までの記憶も思い出した。
紅桜にやられた衝撃で忘れていた記憶を思い出したのか、それとも、この世界に意識だけ飛ばされたのかは分からない。
けれど、似たような状況を前世の自分は知っていた。
いわゆる悪役転生モノと呼ばれる創作の1ジャンルだ。
サブカル好きな後輩に教えてもらい、勉強の合間に読んでいたのが状況を飲み込むのに役に立ったのだ。
悪役転生モノはおおざっぱにいえば、本来、ゲームの主役に負けてバットエンドを迎えてしまう悪役に転生してしまった主人公が、悪役の死亡フラグを回避したりハッピーエンドを迎える為に、機転と思い出した前世のゲーム知識によって大活躍していく類のお話。
定められた運命を乗り越えていく姿が痛快で、自分でもいくつか本を買ったり、アニメ化された作品を視聴したぐらいには気に入っているジャンルだった。
だけど、よくあるテンプレと大きく違う点が2点。
(なんで踏み台イベント真っ最中のタイミングで覚醒するんだよ!? それも実プレイもしてないゲームで!)
1つ、既に破滅フラグを踏み抜いたタイミングで記憶を取り戻したこと。
自分が好きな婚約破棄というバットエンドをを回避する悪役令嬢モノの物語で例えるならば、現在は既に婚約破棄イベントが終わって国外追放中というべき状況である。
フラグ回避? なにそれ?既に手遅れなんですけど!
2つ、そもそも『機甲戦記Ⅱ』がやりこんでいるゲームじゃないこと。
知識としてはRTA動画やネタプレイの編集動画をいくつか見た程度。
流石に主要キャラや土帝のようにネタ方面で有名なキャラクターは知っているが、それぐらいだ。
影の薄いキャラクターは知らないし、ストーリーもおおよその本筋しか知らない。
つまり、エアプ勢特有のあやふやなゲーム知識しか持っていないのだ。
下手に選択肢を間違えると、人類滅亡エンドもありえるゲームの世界だというのに!
(ほんっとーうにクソな状況。大体の悪役転生モノだったら、幼少期や破滅イベントの数年前に記憶を取り戻して、色々と準備を整えるのが普通だろ!?)
なぜ、自分が土帝になったのか。
なぜ、前世の最後……後輩と一緒に帰ったあたりの記憶があやふやなのか。
そもそも、元の身体はどうなったのか。
考えるべきことは色々あるのだろう。
けれども、これから向かう場所で土帝……俺は死ぬ運命にある。
俺が読んだ物語の中では、死ねば元の世界に戻れるなんていう都合の良い設定は無かった。
あらゆる疑問の答えを見つけるためには、生き延びなければいけないだろう。
けれども……。
(仮に養殖試験場を生き残ったとしても、土帝の死亡フラグは無数にある。そもそも、ここを乗り切れない可能性が高い……)
養殖場は人類の天敵であるオメガを文字通り養殖している区域で、ゲーム内では死亡リスクなしでレベリングを行える場所として扱われていた。
学園の討伐試験などでも使われる施設だ。
オメガの生息域に強固な砦を建設し、その内部でオメガを飼う。
そして、新兵の身の安全を最大限考慮した上で戦わせ、実戦経験を積ませるのである。
しかし、完成した養殖場とは異なり建設途中の養殖試験場はかなりの危険区域で、土帝の死亡ポイントその1とされている。
チュートリアルの決闘で主人公にボコされる、あるいはチュートリアルで土帝が勝利して主人公を部下にした後に起こる『下克上』イベントの結果、土帝は一ヶ月の養殖試験場行き処分となる。
危険な場所へ訓練生身分の土帝が飛ばされるのにはいくつもの理由がある。
土帝が幼なじみの女生徒……メインヒロインの
そして、そもそも土帝が主人公に勝った場合は主人公を土帝の言うことを聞く子分にする代わりに、土帝が負けたら試験場行きの罰を受けると主人公に約束させられていたことが原因である。
土帝の試験場行きが決まった場合、ゲーム内で続くテキストがこれだ。
『その後、土帝の姿を見た者はいなかった……』
あまりにも雑だが、土帝の行く末を示す有名な一文だ。
一ヶ月後にはクラス名簿から抹消されている上、他のチュートリアル回避ルートなどでも土帝はぷちっと死ぬ立場にあるという要素も考慮すると、養殖試験場で彼がどうなったのかは答えるまでもないだろう。
なお、養殖試験情は土帝が帰らぬ人となる場所だという以上の情報は知らないので、養殖場試験場への護送車に乗せられる前に、ネットでその危険性を調べた。
……軽い絶望を味わった。
養殖試験場はオメガの生息地に工作ロボットを派遣し、機械が拠点や防衛設備を建設している最中の区域である。
いつ野生のオメガが襲ってくるか分からない場所のため、勤務者には常に死の危険が絡みつく。
だから、軍旗違反を起こした軍人や懲罰処分を受けた訓練生などの失っても痛くない問題児たちを派遣して建造ロボットを護衛させるのだ。
死刑囚の労働場と揶揄する言葉すらあった。
――ガタガタ。
悪路に入ったのだろうか?
俺とヒゲオヤジが収容されている護送車が揺れる。
おそらく、俺はオメガと戦い殺されるのだろう。
これから死ぬ未来が見えているというのに、明るい気持ちになるのなんて不可能だった。
目の前のヒゲオヤジには悪いが、今の自分がまともに話せるとは思えない。
けれど、目の前のオヤジは想像以上に面倒臭かった。
「あぁん? そうかい? そんなに若いのに試験場行きで落ち込むのは分かるぜ。でも、おじさんも暇でよぅ。こっから数時間護送されるだけなんて気が狂っちゃうぜ? 歌でも歌っちゃおうかな〜? ラララ~~」
「えぇ!? 辞めてくださいよ! なにが悲しくてオッサンの歌なんか聞かなきゃいけないんですか!」
下手すると最期に残った思い出が目の前のヒゲオヤジの歌声になりかねない。
そんな
「分かりました。けど、先におじさんの話を聞かせて下さいよ。なんで試験場行きになったんですか?」
「俺か? 俺は酒だよ酒、酒、酒。軍の貸切の酒場で泥酔しちまったさぁ」
「泥酔にしては罪が重すぎません?」
「いんや、そのまま酔った勢いで上官を殴っちまったのさ」
「それは試験場行きどころか反逆罪で殺されても文句無いと思うんですけど……」
「そうさなぁ、最近の情勢に救われたのさ……お偉いさんの話だと、最近は落ち着いていたオメガの出現頻度が年々上がってきているらしいぜ」
「オメガの出現頻度……」
主人公の英雄譚……メインストーリーが動き出す予兆と考えるべきだろうか。
もしかしなくても、その可能性が高い。
「下手すると、数年以内に『初期侵攻』みたいな大規模な攻勢があるかもしれないな。だから、多少はスネに傷がある悪党でも、戦える存在をおいそれと処分なんかできないのさ」
『初期侵攻』は初代『機甲戦記』の時代、20年前に宇宙外からの侵略者オメガが初めて地球に姿を現れた出来事である。
オメガの奇襲、既存兵器の敗北によって人類の半数が失われたといわれている。
初代主人公が指揮官級と呼ばれるオメガを片っ端から倒していったことで、一時の平穏が訪れているのは教科書でも習う常識だ。
「それで、坊主はどんな悪党なんだ? その年齢だとまだ訓練生だろ? 若い奴らはよほどのことをしない限り試験場行きにはならんと思うんだが?」
「……オブラートに包んでいえば女の尻を追いかけ回した結果です」
「ブホッ!」
「うわぁ、汚ねぇ!」
「ああ、悪い悪い。あまりにも想定外でな。あんまり、女を追いかけるようなヤツに見えなんだし」
「オブラートに包んでって言いましたよね? 正直に言えば、女の子をストーカーして、それを咎めに来た女の子と負けたら試験場行きになる契約で決闘して、負けた罰として今ここにいます! えぇ、そうですともどっからどう見てもバカですよね
「ハハハ! そりゃ、たしかにバカだわ。半分は自分から来たようなもんじゃねえか。ハッハッハ!」
いくら笑われても怒る気にはなれない。
だって今の自分がしたことでは無いのだから。
「それにしても、決闘までする度胸があるのになんでストーカーなんてしたんだ? 告るほうが簡単じゃねえか?」
「本当になんでなんでしょうね? 気の迷いだったとしか言えません」
ちなみに、女性に対する極度に奥手な行動。それが、土帝貞夫が「
メインヒロイン姫野の幼馴染という美味しいポジにも関わらず、直接の接触を避けてストーキングという行為に励む。
チュートリアルで女主人公が負けて子分扱いにされた場合も、過度の接触をしてこ ずに、パシリをさせる程度の命令に留める。
アルファに乗らない直接の対人戦闘訓練では、女性キャラと近づくだけでキョドって動けなくなり、運動成績で学年最下位の女子にもボロ負けする。
色々と残念な男なのだ。
(けど、その点だけは俺も馬鹿にできないか……)
前世の自分も、心地良い関係を壊すのを恐れて、恋心を持っていた後輩相手に勇気を出せなかったのだから。
「なぁに、気の迷いも歳が経てば笑い話になるもんさ」
「……この先、生き残れればですけどね」
「そこはお互いに協力しようや。おじさんだってまだまだ現世じゃあ遊び足りないからなぁ」
「遊び足りないって……まぁ助け合おうってのは同意ですけど」
困った時には人の手を借りる。
この見知らぬ軍人のおっさんの手は、新人訓練生の俺よりも遥かに頼り甲斐のあるものに違いない。
――ガタン。
「ん? 止まりましたね」
「まだ、試験場は長いはずだがどうしたんだろうな?」
ガチャリという音と共に、護送車の後ろの扉が開かれる。
「おい、さっさっと入れ!」
「クソ! 言われなくても、分かってってば!」
護送者の警備員に押されて入ってきたのは、アッシュグレーの髪色をした小柄な少年だった。
透き通るように白い肌にツリ目寄りの赤目、まるで美しい白蛇を想像させるような美少年。
「なんだ、他にも同行者がいたのか。坊主と同じぐらい若えな。背はお前さんの方がはるかに高いけどなぁ」
「……」
「ん、 どうした? 坊主?」
「……あっ、そうですね! 若いですね 小っちゃいですね」
「なんでぇ、オウムみたいな変な反応は? お前ら知り合いか?」
「アァッ? オレはそんな暗そうなヤツ知らないぜ」
知り合いではない。
だが、前世の俺は彼を知っている。
彼の名前は
学園編の中盤から主人公の仲間になるキャラクターの一人。
ファンやRTA走者たちから『
(彼がいるならば、もしかして……ひょっとすると試験場を生き延びられるかもしれない!!!)
思わぬ希望の星の登場に、体と口は自然と動きだしていた。
「あの! 友達になってくれませんか?」
「えっ……ヤだけど」
希望は失われた。
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