序 マイナスからのスタート
「せーんぱい!」
「なんだ後輩」
「先輩ってゲームはする方です?」
「唐突だなぁ……残念だけど最近は見る専だよ。受験勉強もちょくちょく始めてるしな。勉強の休憩時間にプレイ動画を見るぐらい」
「そっかぁ……私は結構する方なんですけど。先輩は『機甲戦記Ⅱ』って知ってますか?」
「あぁ、流石に今年の有名タイトルぐらいは知ってるよ……っていっても、RTA動画で見ただけだけどさぁ」
「私はもう何周もクリアしましたよ! 先輩にもソフトを貸してあげるんで、今度一緒に遊んでみません? 語り会える同士が欲しいんです!」
「遊ぶったって今回の期末試験は大丈夫なのか? 確か前の中間は赤点すれすれだって言ってたろ」
「ウッ! そ、それは……」
「ナシだな。少なくともテストが終わるまでは」
「そんなぁー」
「おっ、おい、そんな捨てられた子犬のような目で俺を見るなって……分かった、分かったから試験終わったらやろう! な!」
「絶対! 絶対ですよ!」
「あぁ……うん」
――今思えば、真面目な先輩面なんて見せずにさっさと後輩とゲームをプレイしておけばこんなに苦労することは無かったのに……。
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「痛てて……何処だここ? 」
(確か……後輩と一緒に帰って……なにこのレバー?)
目の前に映る光景はなにかの運転席のような空間だった。
長方形のでかいモニターには外の景色らしき青空が投影されており、目の前の台には用途の分からないスイッチやレバーが並んでいる。
動いているのは半円の形に数字が刻まれた
どの針も限りなく0に近くなっているのが妙に気になる。
(なんか変な服も着てるし……)
夢。
そう、夢だと考えるべきだろう。
少なくともウチのタンスにこんな黒い全身タイツみたいな服は入ってない。
「にしても、やけにリアルだ……」
黒タイツの吸い付くような質感や鮮明に映る目の前の光景。
夢ならばもっと曖昧な感覚になるものだが。
そして……。
「痛っ」
ジーンと後頭部に響いている鈍く熱い痛みだ。
夢にしては痛すぎないか?
なんでこんなに痛いんだと、頭に手を伸ばしてさすった瞬間。
――ぬちゃ。
(ぬちゃ? えっ、まさかこれって?)
「…………血ぃい!? 」
手に感じる生温かい感触と鼻を刺激する鉄臭い香り。
掌に付着した赤黒い液体は間違いなく血液だった。
(俺の……血?)
体から流れゆく生命の熱さに背筋に寒い感覚が走る。
「……夢じゃない?」
鳥肌をたてる体はガタガタと震えるばかりで思うように動かない。
命の雫が漏れていく恐怖?
あるいは、この体が身を持って感じているナニカの重圧のため?
体が怯えている。
一体何に?
例えば、そうこの怪我の元凶となった存在が近くにいるとか……?
(よくわからないけどまずい。このまま、ここにいたままだとヤバい気がする。動け! 動けよ俺の体!)
ゾッとするような恐怖感に支配され、運転席を立ち上がって、この場所を逃げ出そうとする。
けれども、腰はすくみ蛇に睨まれたカエルのように体が上手く動かない。
自分の意思で動かせない体は、まるで自分の体じゃないみたいだ。
「あっ!?」
そして……死神が現れた。
「…………『紅桜』! 嘘だろ!?」
先ほどから青空を映していたモニターに現れたのは、こちらを見下すような視線を向け、薙刀を突き付ける巨大な兵器だった。
それは、宇宙からの侵略者であるオメガを駆逐すべく作られた人類救済戦闘機……アルファと呼ばれる存在だった。
(ハハッ、これ絶対に夢だ。ゲームに出てくる機械が現れるなんて……ゲームの夢を見るなんて初めてだな……)
『紅桜』は『機甲戦記II 流星の落とし子たち』に登場する
あまりこのゲームに詳しくない俺でも知っている理由は、『紅桜』がゲームの主役……女主人公が扱う専用機だからだ。
大器晩成型の男性主人公に比べ、早熟型の女主人公の機体はRTA動画で何度も目にした存在。
いくらエアプの動画視聴勢でも、見間違えようがない
(こんなものが実在するはずがない! だけどなんで? なぜ、こんなに重圧を感じるんだ!? 夢だろう? はやく覚めて はやく! はやく! )
重苦しく、緊迫した空気と後頭部の痛みに耐えられず、心が悲鳴をあげる。
しかし、目の前で死神は悠長に恐怖を飲み込む時間をくれなかった。
「…ォイ……聞こえている……立て!
どこかに壊れたスピーカーでもあるのだろうか?
空間に途切れ途切れの女の声が響く。
(土帝? 俺に言っているのか?)
『機甲戦記Ⅱ』に登場する対アルファ戦闘チュートリアルの敵キャラで、プレイヤーから『ちぇり男』や『童帝』としてネタにされている土帝?
メインヒロインと主人公にちょっかいを掛ける序盤の悪役で、主人公がヒロインとのフラグを立てるキッカケになる典型的な踏み台キャラの?
(嘘だろ? 大体のルートでテキスト一文で死亡するって言われているあの土帝だなんて)
俺は土帝なんて名前じゃない!
(人違いだ! そう答えないと!)
「ぉれは土帝じゃ……ない!」
絞りだすように叫ぶ。
「返事は無いか……まぁいい、それならこのままトドメを刺すだけだ」
「!? 通じていないのか?」
どうやったら紅桜に乗っているらしき相手に会話を送ることができるんだ?
あたりを見渡しても、あるのはよく分からないボタンやレバーばかり。
(クソ! 分かりやすく、ボタンの上にマーク付きシールでも貼っとけってんだ)
「私が負ければキミの子分になり、キミが負ければ姫野をストーカーしてた罰として養殖試験場で反省してもらう……まぁ、君みたいな雑魚が生き残れるとは到底思えないけど」
養殖試験場だって?
冗談だろ?
土帝の有名な死亡ポイントの1つじゃないか!?
そんなところ行きたくなんかない。
よく分からないまま、目の前のボタンを無理矢理押しまくる。
とにかく会話をしないと!
――バンッ!
しかし、死神に向かって放たれたのは言葉ではなく乾いた音と鉄の鉛玉だった。
だが、その銃撃を紅桜は機体を斜めの反らし、半身の体勢を取ることで危なげなく回避した。
まるでその銃撃を予想していたかのように……。
(今、俺は何をした? 射撃のボタンを押したのか?)
出た裏目は最悪だった。
これじゃあ、だまし討ちをしたように見えないじゃないか!
「ふん。やっぱり、死んだ振りだったね。 ストーカーといい、死んだ振りといい、本当に卑怯な男……それじゃあ、さようなら」
紅桜の薙刀が振り下ろされる。
その刃は空中に展開されていた透明な障壁のようなものにぶつかり止まる。
次の瞬間、バチィンという大きな音と共に刃先が障壁を通過し、モニターを凶器の切っ先が埋め尽くす。
(やっぱ夢だろこれ)
遅れてやってきた衝撃に目を閉じる。
ゲームの世界で死ぬ夢なんて二度と見たくない。
薄れゆく意識の中でそう思うのだった。
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「夢じゃねぇ!」
医務室の鏡に映る顔……変わり果てた自分の姿を見てそう叫ばずにはいられなかった。
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