『レントゲン・アイ』 中


 アニメや映画みたいに、ピピー! と、光線が走ったりはしない。


 レントゲン写真撮ってもらうとき、目の前に、光線が飛んだりしないですよね。


 人間の眼には見えないわけである。


 そこが、みそだ。


 しかし。なぜだか、なにも、起こせない。


 つまり、いつもなら、あるべき、手応えがまったく来ない。


 電池切れのラジオみたいである。



 理事長は、笑いながら、ボードを立てたままで、こんどは、部屋の隅っこにある小さな別室に移動した。


 なにか、操作したのだろう。



 『いいよ。鍵は外した。さあ、また、やってごらん。』


 ぼくは、ボードを睨み付けてやった。


 手応えがきた。


 彼が掲げたボードは、瞬時にして、真っ黒になった。


 『すばらしい、でも、ちょっと、遠慮したね。良いことだ。君には自制心がある。それは、大事なことだ。』


 理事長は、隅っこから現れた。


 『まあ、ぼくは、君から逃れる術を持っているが、倒すべき相手は、丸腰だ。簡単だよ。ただし、一発ではないほうがよい。あまり、目立たないように。しかし、早めに効果が出るようにしたい。』


 『あなたは、ぼくが従うと決めてますね。それは、正しくないです。』


 『従うさ。解雇され、強制的に、隔離病棟に監禁なんかされたくないだろう。人生おしまいだ。』


 『じゃあ、もっと、話してくださいよ。母は、なぜ、死んだのか?』


 『良いだろう。彼女は、事実上、自殺だった。』


 『ばかな。母は、絶対に自殺しない。タルレジャ教徒だったから。自殺は、他殺と同じ罪だから。』


 『息子を助けるためならば、話は違うな。』


 『なんと?』


 『君は、あまりに危険すぎる。そこまで、危険な個体が生まれるとは思わなかったんだ。人工受精だがね。父親は、わたしだ。わかったかな。本当は、君の能力がはっきりした時点で、消去したかったんだが、母親があまりに、泣くのでね。まったく、規格外の個体だ。』


 『むむむ。それは、許しがたい。』


 『感謝してほしい。君は、スーパーマンだ。しかも、このさき、かなりの収入が見込まれる。君は、秘書課に転属する。わたしの、まあ、秘密のボディーガードだな。月に、一本支給したい。』


 『一本? なにを。』


 『ああ、失礼。一本は、100万ドリムだ。悪くないだろ。しかも、功績があれば、賞与を出そう。最大は、一件に付き、一年分の給与だ。あとは、実績による。』


 『豪勢かもしれないけど、あなたにとっては、おこずかい程度ですか。』


 『いやあ。とんでもない。ぼくあね、質素を旨とするが、業務に必用な投資は惜しまない。患者さまのためにね。そんなに、個人では、使わないよ。』


 たしかに、理事長の生活が質素なことは、わりによく知られている。


 高級車に乗るでもなし、自宅も、まあ、普通より、多少良いくらいで、高級家具や、絵画を集めるでもなく、酒は飲まないし、会合でも、終わったら、大体すぐに、いなくなる。


 ゴルフは、まあ、付き合い程度。


 テニスは好きで、クラブ活動しているらしい。


 クラシック音楽や、古典ジャズには、かなり蘊蓄が深く、古いレコードあたりは、結構、持ってるらしいが、のめり込んでいる訳ではないようで、高いオーディオ装置に資金をつぎ込んでいるわけでもないらしい。


 あくまで、真面目な医療人である。


 それは、しかし、表向きらしい。


 『あなたは、何をしたいのですか?』


 ぼくは、尋ねた。


 『何をしたいか? 簡単だよ。地球人類の支配だ。』


 『はあ?』


 あまりにアホらしい、3級スパイ映画を見てしまった時みたいに、ぼくは、口があいたままになった。


 『そんな顔するもんじゃない。いいかね、地球人類の支配と言っても、支配の仕方は様々にありうる。最近は、軍事力によってではなく、まずは、経済的な力により、世界を支配するというのが、定番だ。まあ、なかなか、実現は難しいようだが、これはこれなりに、理論的にも哲学的にも根拠がある。また、宗教的に支配するという考えに立つものもある。ただし、これらには、軍事力によるバックアップが必要になる。しかし、わたしは、そうしたことではなく、医療的に、人類を支配するのだ。軍事力は必要ではない。わが法人が、絶対的な医療力により、人類の頂点に立つ。未来型新総合治療システム、を使って。』


 『未来型新総合治療システム? なんだ、それは?』


 『まさに、画期的なシステムだ。がんや多くの難病もほぼ治療できるし、完治しなくても、正常な日常生活が可能になり、天寿を全うできるようになる。危険な手術は、必要ない。時間もあまり、かからない。かなりの寿命延長もできる。しばらくすれば、さらに、完璧なものになるだろう、残念ながら、誰でもとは行かない。わが法人を利用し、一定の費用をふたんしなければ。』


 『医療の独占は誤りです。だいいち、行政がゆるさないだろう。』


 『まあ、保険治療は無理だね。しかし、実施は可能だ。さらに、世界各地に、拠点を広げるのだよ。隙は幾らもある。資産家は、それなりにたくさんある。』


 まさか、そんなこと、可能だとは思えないが。


 『ふふふ。いま、話せるのはそこまで。君には、わたしの、秘書課に属し、『健康の天使』として、活躍してほしい。まさに、病原を、排除する役割だ。』


 『そりゃ、悪魔でしょう。』


 『悪魔は、天使の出身だよ。』


 たしかに、堕天使というから、間違いではないだろうが。


 しかし、ぼくには、思うものがあった。


 『お給料、その倍ならば、引き受けましょう。』


 『ほう。よかろう。ただし、給与ではなく、出来高のほうを、3倍にしよう。』


 話は成り立った。


 ぼくは、地獄に身を投じたのだ。



         👿



 




 


 


  


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