九  威圧感

 thy の前庭、ドライエリアは、

懇意にしているお客様にもご利用いただくことはあるが、

基本的には従業員のスペースだ。


 カフェ&スクールに雇って三ヶ月経った慶子さんの、

試用期間が終わった。

 継続か契約終了か、

はるかさんと撫子さんとで面談。

 さすがに撫子さんもこういう時にまでセーラー服は着ない。

 マーメイドラインのロングスカートに白シャツ。

 ビビッドレッドのサテンタイを短く締める。


「すいません、どうも、すいません」

 緊張癖のある慶子けいこさんは、すいません、が口癖だ。

 ステンレスフレームのテーブルを囲むようにして並んだ、

ステンレスパイプの椅子が三脚。

 上のカフェから三人分の飲み物を持ってきた慶子さんが、

飲み物を並べ終わると、

遥さんが指を揃えた手のひらを伸ばして椅子を勧め、

慶子さんがようやく座る。


 ホットのアップルティーを遥さんがすする。

 山羊の乳を入れたフルーツティーが冷めるのを、撫子さんが待つ。

永澤ながさわさんはもう慣れましたか」

「あ、はい、すいません」

 うつむき加減に両手を膝の上に置いていた慶子さんは、

左手で前髪を直しながら答える。

 蜂蜜をたっぷり溶かしたアイスウィンナーを目の前にしながら、

ストローを差し込もうともしない慶子さんに気を使い、

撫子さんがやはり、

指を伸ばした手のひらを差し向けて

――どうぞ――

と促すと、

「あ、はい、すいません」

とストローを差す。

 今一度、遥さんは飲み物に口を付け、

ゆっくりとした間を作ってから話し始める。

 撫子さんは聞き役だ。


 遥さんのことをマネージャーと呼び、

撫子さんのことをオーナーと呼んでくる慶子さんを見て撫子さんは、

私のことが怖いのだろうな、

と思う。

 よくわかる気がするが、

その理由となる自分の過去を振り返るのが怖くて顔をしかめてしまう。

 そんな自分と目があった慶子さんの表情が曇るのを見て、

反省する。


「つまんないこと言いますけど、

やっぱり皆さんの足を引っ張っちゃうんじゃないかなあって、

そう、思います」

 斜め上、道路から降りてくる急斜面の壁を見ながら遥さんがもう、

ぬるくなってきた飲み物に口を付ける。

「永澤さん自身はどうなの。続けたいの。辞めたいの。

どちらが第一希望なのかしら」

「つまんないこと言いますけど、

もう少し、頑張ってみてからはっきりさせてみたいです」

「じゃあ時給を正式契約分にして、三ヶ月だけ延長してみましょうか。

その時もう一度話し合って、それから半年契約にしても、一年契約にしてもいいでしょうし。

もちろん、その時逆にこちらからお断りすることもあるかも知れないけど」

「あ、はい、そうして下さい」

 うつむき加減のまま、降りてきた前髪を左手で直した慶子さんの頬に、

ほんのかすか赤みが差したのを撫子さんは見逃さなかった。


「オーナーも、よろしいですか」

――ええ――

――でも、一つだけ――

――つまらないこと、と言ってから話し出すのを直して欲しいです――

 大分冷めたフルーツティーを、一口ずつ飲みながら撫子さんが答える。

 遥さんが笑う。

「そうですね。

永澤さん『つまらないこと』と言って話し出すことはないです。

あなたにとっては大切なことなんだから、

だからそれは止めるように気をつけてみて。

オーナーからはその点だけです」

 遥さんがそういうと、慶子さんは頬の赤みを強め、

苦笑いを撫子さんに向けてきた。

――頑張ってもらえますか――

「はい」


 撫子さんが立ち上がると、

遥さんは「お先に」と二階のオフィスにあがる。

 トレーにカップを収める永澤さんからレシートを受け取ると、

撫子さんは三人分の支払いのために、

一階のキャッシャーまであがっていく。


 慶子さんは、そんな撫子さんの後ろ姿を眺めていた。


 その向こうの青空を、一羽の鴉が渡る。

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