三  igwxl thy urlilfhm

 よく晴れた平日の昼前、

表参道でも裏原でも渋谷でもないその界隈は都内にありがちな、

閑静を通り越した住宅地の静寂の中。


 路地を南東に抱いた建物は身をずっと後ろに引き、

空堀のようなドライエリアを庭として構え、

地下に構えたショップ

イグウィクセル スィ ウルリルフゥム

のウィンドウに四月のフォトンが音たてて降り注ぐ様を微笑みに見守る。


 左右に分かれた地下一階、地上三階建ての建物を奥まった位置で繋ぐのは、地下から屋上までを貫く螺旋階段。

 その螺旋階段と路地を繋ぐ中空の渡り通路以外には、

一階左手のカフェ&スクールにも、右手の美容室にも、

そして ショップ にも

辿り着く為の道は無い。

 打ち放しの外観とガラス張りの大きな店舗達がシンプルに、

空間を解放する中を、

鴇色にコーディネートされた長身のゴシック・ロリータがヘッドドレスの下、

無垢の頬の上に新奇の眼を見開きながら、


辺りを見回すように渡りを歩み始めると、

左右の店員が、

次いで階下の店員が目聡く気づき、

そして優しく素知らず振る舞い続ける。


 バルーントゥがコンクリートを音たてて降りてゆくと、

ショップの店員の一人が受話器をあげる。

 撫子さんは、

その店員に会釈をすると渡りの下、

リボンにレースアップされたオーバーニーのトップレースを擦るように歩を進め、

ショップの前の空堀と路地の間の植え込みだけが外からの視線を遮る地下庭の一角、

日陰のテーブルに腰掛ける。


「どうですか、オーナー」

 二階のオフィスから降りてきたマネージャーはロンタイの似合う三十代。

――少し、賑やかしいでしょうか――

 撫子さんは微笑みに返すと下げていた紙袋からクッキーの小包を取り出す。

 マネージャーはかけながら、まぁ、と驚きに口を開けてみせる。

 撫子さんは小包を開け、まずマネージャーに勧める。

――点数が、多くないですか――

 それを聞くとマネージャーは安心したように微笑んで、

「白シャツを一点、下げましょうか」

と提案し、クッキーに手を伸ばす。

 撫子さんが首を横に振り

――負けますね――

と返すのは、納得した証。

――どうです――

「楽ではないですよ」

 気を利かせたカフェの店員が、注文を取りに来る。

 撫子さんがアイスのミントティーに決めると、マネージャーがそれを二つ指定する。

――構成を、変えたいと思いますか――

 撫子さんが、地下から thy を俯瞰するのを真似て、マネージャーも建物全体を見上げる。

「まだ、納得できてませんからね。thy の三つのお店をそれぞれ独り立ちさせられるぐらいにならないと」

――では、遥さん。次の三ヶ月も管理していただけますか――

 遥さんは微笑みに撫子さんを見つめながら、

「ご用命いただければ」

その後、飲み物さえ届けば、微笑みと世間話の時間。


 やがて殺風景と紙一重の空間を貫く階段を、マネージャーは二階まで、撫子さんは三階まで上がると、


thy のいつもの一日が始まる。

 開かれたガラス戸の奥で、店員が小さく微笑むいらっしゃいませ。

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