08話.[普通にいいこと]
「私、香澄のこと好きよ」
「え、あ、ありがとう」
「嫉妬してる、なんて初めて言われたから面白いわ」
確かに余程のことがない限りは言われたりしないだろう。
結構時間を重ねた後に実はね~的な話し方をされるだろうからだ。
現在進行系でしていて、いま真っ直ぐに言われたら俺でも似たような反応になるかもしれなかった。
「いやでもまさか健也といるだけでそんな風に見られるなんてね、離れていたのだって自分が原因なのに不思議ね」
「うぐっ」
「いやー、さすがに自分から離れておきながらそんな考え方は私でもできないわ~」
「ひ、酷いよっ」
「あははっ、冗談よっ」
あーあ、分かりやすくしゅんとしてしまっている。
でも、杏奈が同性と楽しそうに話しているところを見られてなんか嬉しかった。
だってこれで願いが叶ったわけだし、友達も増えたということだろ?
香澄だったら上手く気持ちを引き出したりもできるだろうから不安にならなくていいのはかなり大きい。
しかも常識人である真もいてくれるというのが最高だった。
「はぁ、健也君は酷いよね、所詮野郎と可愛い女の子達相手じゃ態度が変わるよね」
「そ、そんなことないだろ……」
自習をしていた真の邪魔をしたくなかったと言ってみたものの、残念ながら「そうして行かないことを正当化しているんだよ」などと言われて黙る羽目になった。
「あら、可愛いと言ってくれるのね」
「うん、だってふたりとも魅力的で可愛いから」
「ふーん、そういえばあんたも不思議の塊なのよね~」
なんか物凄く嫌な感じの笑みを浮かべた杏奈が彼を連れて行った。
残された俺達は一回笑い合ってから色々な話をした。
いまはただただ彼女といられているときは感謝の気持ちしかなかった。
これまでは申し訳無さでいっぱいだったわけだからいい変化ではないだろうか。
「……昨日、ふたりきりでいられなくて少し残念だったの」
「そうだったのか?」
「……それに目の前でまた楽しそうにお喋りをしてくれたからむきー! となったんだよ?」
じゃあ今度は彼女が盗み聞きをしていたかもしれないということか。
それでもあの後はすぐに別れて寝たから許してほしい。
杏奈はわがままを言う人間じゃないんだ、ああなることは来たときから分かっていたことで。
まあでも、彼女が本格的に関わり始めたのは恐らく最近からだから無理もないだろうな。
これからも一緒にいればそういう感情が百パーセントないことが分かる。
つかね、近くに真がいたら真を選ぶだろうし、この学校には俺より何倍も魅力的な男子というやつがいるんだから敢えて選ぶわけがないんだ。
「だからっ、今日も……」
「いや、休めないだろ?」
彼女は首を振ってから手を握ってきた。
それからこちらを見てきたわけだが、そういうつもりはなくても身長差的に上目遣いみたいになってしまうから今度は俺がうぐっとなった。
こういうことをたまにしかしないからこそ攻撃力がえげつないんだ。
「
「昔から一緒にいるということは私のお母さんとお父さんだって健也のことをよく知っているんだよ? 寧ろ、どんどん仲良くしなさいって言われているぐらいだけど」
……そのことは俺も知っているからなんとも言えなくなってしまった。
彼女はそこに「離れることを選択した後なんてわざと健也のことを話題に出して揶揄してきていたぐらいなんだから」とも重ねてきた。
ちなみに俺は家に住まないかと誘われたことすらあった。
まあそれは彼女の親をやっているからこそ、俺がひとりで過ごすことになっているから不安になって言ってくれた、ということなんだろうが……。
「俺は休んでほしいんだ、そうでなくても俺と違って部活を頑張っているんだから」
「それは自分が選んだ以上、文句は言えないよ。でも、いまの私にとっては健也といることが一番疲労が吹き飛ぶというか……」
それはないだろ……。
もしそんなパワーがあるなら俺の周りには沢山の人間が残っていてくれたことだろうよ。
でも、現実はそうではないから考えるだけ悲しくなるから無駄ってやつだった。
……彼女にとってってことなら否定するのは違うのかもしれないがな。
「ちょいちょい、なにお昼前からピンク色の雰囲気を出してんのよ」
「あ、今日も泊まりたいとか言ってきていてさ」
「あんたが香澄って決めているならいいんじゃない? 香澄もまた健也って決めているなら全く問題ないでしょ」
「俺は香澄以外にこんなことしないけどな」
「じゃあなおさらいいじゃない」
しゃあない、不安になってしまうだろうから彼女の家に泊まらせてもらおう。
あっちなら自然と彼女はいつものベッドで寝られるし、俺は俺で客間に寝かせてもらえばなんにも問題というのは起きないからいいだろう。
「あ、それならお母さん達ともゆっくり話せるから嬉しいかも」
「だろ? 男だけしかいない家で過ごすよりもよっぽどいいだろ」
「……ちょっと物足りないところはあるけど」
「「物足りない?」」
杏奈と一緒になって聞いてしまった。
夜でも一緒にいるということは叶うんだからそれで十分だと思う。
あまり夜ふかしをさせるわけにはいかないものの、二十二時とかになったら普段は普通それぞれの家で過ごすことになっているんだから満足できるはず。
彼女はなにを求めているのか、それが全く分からなかった。
「……一緒のお部屋で寝ようとしつつお喋りをしたかったから」
「って、あんたは健也って決めてんの?」
「……ここまで言っているのに他の子にもしていたら最低な子でしょ?」
「まあそうね、あんたで言えば副部長なんかにもしていたら最悪よね」
「してないから……、いつだって付き合えないってスタンスでいたから」
その話は何気に副部長が好きな彼女の友達から聞いているから驚いたりはしない。
それにモテていない方が調子が狂うというやつだった。
別にいまからでも気に入った人間がいればそちらに行っていいと考えている。
彼女は俺の親友というだけで彼氏とかってわけではないんだからな。
「って、ごめん、なんか加わりたくなっちゃうのよね」
自然と会話に混ざれるスキルは羨ましかった。
ただ、女子の杏奈がするのと男の俺がするのとでは違うから気をつけなければならない。
香澄と杏奈が楽しそうに話しているところに突撃したら空気の読めないやべー奴が誕生するというだけだから。
「いいよ、杏奈ちゃんとも話したいから」
「健也といるときはふたりだけでいいという気持ちが表に出すぎているわよ?」
「嘘っ!?」
「嘘をついても仕方がないじゃない、それにあんたは私に嫉妬していたんでしょ?」
「もー!」
「あははっ、これは冗談じゃないわよー!」
嫉妬していると言っている割には普通に話しているからやはり分からなかった。
いま杏奈が言っていたふたりきりでいいというやつも伝わってこない。
そういう感情を抱えつつも抑えるのが得意だということなんだろうか?
「と、とにかく、今日はよろしくね」
「おう」
「あ、先に家に行って待っていてくれてもいいよ?」
「いや、待っているからいい」
「そ、そっか、じゃあ急いで出てくるからね」
あのとき言ったことは嘘じゃない。
彼女さえよければそうして毎日一緒に帰りたいぐらいだった。
「ただいま――って、なんでだ?」
当たり前のように自宅に帰ってきていた。
いやまあ、学生なんだから学校が終わったら帰宅しなければならないのは決まっている。
だが、俺は確かに倉田家に泊まると言ったはずなんだが? そういう気持ちを込めて香澄を見てみたら目を逸らされてしまった。
ただまあ、汗をかいていて風呂に入りたいということだったのですぐに入らせておいた。
俺としてはこっちの方が気を遣わなくていいから楽でいいが……。
「た、ただいま」
「で、どういうことなんだ?」
「……ああ言っておけば今日は杏奈ちゃんがこっちに来ることはないと思って」
「心配しなくても来ないだろ、それに来たところで杏奈の中にはなにもないよ」
彼女が考えているより幼馴染的存在はモテないから心配しなくていい。
また、そういう感情を向けられていたとしても俺は彼女に集中するだけだ。
もちろん、学校とかでは楽しく友達としていさせてもらうつもりでいる。
それとこれとは違うというやつだ、これは俺だけがそうというわけではないから気にする必要はない。
「昨日、理想通りにできなかったからリベンジしたかったんだ」
「あ、寝るまでお喋りというやつか」
「うん、そうだよ」
「じゃあ逃げないから明日はちゃんと家で休めよ?」
「うん、流石に三日連続は無理だよ」
床やソファでも遠慮なく寝られるとはいえ、やはりベッドが一番だ。
同じベッドで一緒に寝るというわけではないんだから昨日の俺は少し警戒しすぎてしまった。
もっとも、それは杏奈が来るまでの話であって、杏奈が泊まることになった時点で結局それはできていなかったことになる。
そこで堂々と寝ようとする人間よりはいいと考えてもらいたい。
「……あと、私は健也だけを見ているからね?」
「え? あ、俺、いま告白されているのか?」
「ううん、そういうのは今度ちゃんと時間があるときにするから」
「そ、そうか」
いまも時間があるということではないだろうか?
また、そういうことを考えていても普通は言えないような気がする。
昔からそうだ、本当になにに関しても彼女は強かった。
「大丈夫だよ」と言われてもこちらからすればなにを根拠に言っているんだ? なんて感じてしまうようなことだったが、何故か彼女が大丈夫だと言うとそういう風に見えてくる自分もいたから難しかった。
まあこれは俺が単純に全幅の信頼を寄せていたからかもしれないが。
「やっぱり嘘、……いますぐにでも一歩進んだ関係になりたい」
「いいのか?」
「私がこう言っているんだよ?」
「いや、あくまで香澄が選ぶ側であってほしい」
ということで、適当にではないが告白をする。
もうここまでの距離感になっていたら曖昧な状態にはしておけない。
俺としても少しもやもやするところではあったからこれでいい。
だからそういう点で言えば今日こちらを選んでくれたことはありがたかった。
向こうに泊まっていたらこうなっていたのかは分からないから。
「な、なんて答えればいいの?」
「二択だから簡単だぞ」
「その前に求めていたのは私なんだよ?」
「それでもだよ」
受け入れたかったら受け入れればいいんだ。
これもまた『はい』か『いいえ』と答えるだけでどちらにしても終わってしまう話だった。
もう答えが分かってしまっている状態で告白するのはなんかずるいが、意地でも俺が選ぶ側にはなりたくなかったから仕方がない。
いまだって自分のなんらかの魅力があるからいてくれている、なんていう風には考えられたことがないからだった。
まあでも、彼女が優しいだけだなんて言うつもりもないがな。
「う、受け入れます」
「おう、ありがとう」
去年の夏に友達のままでいたいと言われたから意識して一緒に過ごしてきた。
こちらとしても変に踏み込もうとするよりもその方が心地がいい気がしたのもあった、なんてことはなく、こちらは常にいちいちあのときのことが引っかかったままだった。
そのうえで更に離れるということを選択されたわけだからやばくなるはずだったのだが、何故か全く悲しくもない高校生活になっていた。
それは真のおかげでもあるし、杏奈のおかげでもある。
彼女が意地を張って離れ続けることを選ばないでくれたからというのもある。
つまり、大袈裟に言ってしまえばこれも奇跡みたいなものだ。
俺は恵まれているということがよく分かった一件だった。
「だから今日は……一緒に寝たい」
「おう、逃げたりしないよ」
「そ、そうじゃなくて、あ、いや、そうなんだけど私が言いたいことは……その」
ああ、彼女はベッド派だと言いたいんだろう。
寝具が変わると寝られないという感じではないが、せめて敷布団ではなくベッドの柔らかさを求めたいということだと今回は珍しく察することができた。
彼女のしたいことぐらいすぐに分かるようにならないといけないな。
「遠慮なく使ってくれ」
「へ? もう……」
「え?」
ずっと彼女に休んでほしいと考えていた人間だから正しい選択をしたはずだ。
それだというのに明らかに私不満ですといった顔を彼女はしている。
いやだって一緒に寝る――ああ、そういうことか。
「どっちがいいんだ?」
「……それなら健也のことを考えてベッドかな」
「分かった、じゃあそういうことにしよう」
いきなり大胆、というわけではないから違和感はない。
それでもいますぐに寝るわけではないから飯を作って食べることにした。
今日もまた作ろうとしたら止めてきたので、そのまま任せておくことにする。
「これから毎日私が作るからっ」
「駄目だ」
「嫌っ」
「駄目」
「絶対にっ、絶対に作るから!」
言ってしまえば俺にとってはそんなやり取りをできることも普通にいいことだったから全く問題はなかった。
まあでも、やっぱり部活で疲れているんだから休んでほしいがな。
言っても聞いてくれなさそうだから無理やり休ませようとハイテンションの彼女を見て決めたのだった。
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