07話.[心配になるのは]

「ごめん、ちょっと時間がかかっちゃった」

「気にするなよ、行こうぜ」


 ある程度の時間まで杏奈が付き合ってくれたから退屈にならずに済んでよかった。

 おまけに雨が降っているとはいっても弱いから気にならない。

 こうして香澄とまた帰れるというのもいいことだった。


「今日はこのまま健也のお家に行くね」

「え、は?」

「たまにはご飯を作ってあげたくなったんだ、ほら、なんか適当にしてそうだから」


 あー、確かに自分だけだからということで適当にしたことが何度もある。

 でも、もう遅い時間なんだから帰って休みたいとは思わないんだろうか?

 俺としては明日も学校があるわけだから早く休んでもらいたい。

 彼女も結構風呂に入っている時間が長いから風邪を引いてほしくない。

 雨が続いているというのも結構影響を与えてくるから気をつけてほしかった。


「あと、泊まってもいい?」

「そ、それは流石に……」

「……たまには健也とゆっくり過ごしたい」


 まあ、不特定多数の異性を連れ込んでいるというわけではないからいいのか……?

 杏奈だってあれからは一度も入っていないから嘘をついているわけでもない。


「それなら着替えを取りに行かないとな」

「うん」


 それに多少年頃になってしにくくなっただけで俺は何回も彼女に来てもらったことがあるぐらいだ。

 今更いちいち気にするということがおかしなことなのかもしれない。

 いやまあ、距離感を見誤らないようにしなければならないのはいつだってそうだ。


「ちょっと待ってて」

「おう、ゆっくりでいいからな」


 酷くなるような感じもないし、仮に酷くなってもすぐに風呂に入ればいい。

 飯を作ってくれるみたいだから楽しみにしている自分がいた。

 彼女は家事全般を上手くできるから見ているだけで楽しめるかもしれない。

 とはいえ、そんな変態みたいなことはできないからやっぱり掃除とかをしているべきだろうな。

 結局すぐに出てきたから荷物を代わりに持たせてもらいつつ自宅を目指した。

 着いたら制服から着替えて自由になった。


「なんか久しぶりだ」

「そりゃ約三ヶ月ぐらい来ていなかったわけだからな」


 ちなみに春休みは毎日家に来ていたぐらいだったからその差にも結構ダメージを受けたことになる。

 でも、最初は真のおかげで、中盤からは真と杏奈のおかげでと、支えてもらえたおかげであまり気にせずにいられたというわけだ。


「あ、すぐに作るからね」

「いや、俺が作るからやっぱり座っておいてくれ」


 部活で疲れている人間にしてもらうことじゃない、俺だってそれなりに作れるんだから全く問題ない。

 そりゃ彼女作の飯を食べられるのは俺にとってはいいことだが、彼女にとってはメリットもあんまりないわけだから仕方がない。


「え、やだ」

「え」


 彼女は「作るから待ってて」と言って早速やり始めた。

 こうなってくると言っても聞いてもらえないだろうから諦めて待っておくことに。

 正当化しているように見えるかもしれないものの、彼女は頑固なところがあるからここで変に頑張らない方がいい。

 今度は喧嘩で長期間いられなくなるなんてことにもなりかねないし、またあのふたりに迷惑をかけることになるからこれでいいんだ。


「……実はちょっと杏奈さんに嫉妬しているんだ」

「杏奈に?」

「うん、だって健也と凄く仲良さそうにいるからだよ」


 真と同じでいい存在だから杏奈とは一緒にいたくなる。

 なにより、こちらにも来てくれるということが大きい。

 これは香澄が戻ってきてくれたいまでも変わらないことだった。

 ってこれ、ナチュラルに利用しているみたいで嫌だな……。

 寧ろあっちが利用してくれていたらよかったのにとしか言えない。


「なんてね、離れていた自分が悪いという話だよね」

「あー……」

「いいよいいよ、なんにも言わなくてね」


 出会い方はともかくとして、確かにそれからはずっと一緒に過ごしてきた。

 あの発言通りなら杏奈に友達がいなかったのが大きかったと思う。

 そうでもなければこちらに来ることも少なかったかもしれなかったからだ。

 まあ、俺のところに行く意味がなかったというだけで、真とは多く時間を重ねていた可能性は全然あるがな。

 つまり、色々な偶然が重なった奇跡みたいな感じだった。

 そろそろ近づいてきた理由を教えてくれはしないだろうか? なんて考えている。

 無視されたことがむかついたということから来ていたんなら、もういまは一緒にいたいからいてくれているという見方もできてしまうわけだが……。


「できたよ」

「美味しそうだな」

「あれからも頑張って覚えていっているからね」


 冷めてももったいないからすぐに食べさせてもらうことにした。

 普通に美味しくて珍しくがっついてしまったぐらいだった。

 なにもしないわけにはいかないから洗い物はさせてもらう。

 もちろん無駄にはしたくないからその間に風呂に入ってもらうことにした。

 この家の風呂は彼女の自宅のそれと違って小さいが我慢してもらうしかない。

 ここに泊まりにくるということはつまりそういうことだ。


「ただいまー」

「おかえり」

「温かくて気持ちがよかった、健也には悪いけど一番風呂はやっぱり最高だよ」

「はは、それならよかったよ。さてと、俺も行ってくるわ」


 早くしないと二十一時とかになってしまうからささっと入ってしまうことにした。

 特になにもないから髪と体をしっかり洗ってささっと出てしまう。

 風邪を引いてもあれだから拭いたうえにしっかり服も着ておいた。


「そういえば香澄はどこで寝るんだ?」

「えっ? そ、それは……床、かな」

「ここのか? ベッドで寝てもらおうと思ったけど嫌だよな」


 流石に昔みたいにはできないか。

 これまで泊まっていたときも布団を敷いて寝ていたからそっちでいいのになにを言っているのかという話だろう。

 別にこうして戻ってきてくれただけで関係が変わったというわけではないんだから気持ち悪い発言をしている場合ではない。


「あ……寝室の床で寝ようと思ったんだけど」

「そうか」

「べ、ベッドは……さすがにね」

「悪い、そうだよな」


 となると、俺は向こうで寝た方がいいな。

 タオルでも掛けておけば風邪を引くこともないだろう。

 何気に狭い部屋なのに一応ソファがあるからそこに転んで寝ればいい。

 突っ伏しても寝られるし、床でも寝られるんだから寝られないわけがないんだ。


「そ、それまでまだ時間があるよね? どうしようか?」

「テレビでも見るか?」

「テレビか、もう二十一時が近いけどいいのやっているかな?」

「んー、二十一時から面白いのがやる可能性も――あ、ちょっと出てくるわ」


 誰が来たかなんて大体は分かっている。

 寧ろ知らない人間がこの時間に来たら男の俺でも怖いぐらいだから想像通りであってほしいと思った。


「あ、いきなり来て悪かったわね」

「上がるか?」

「って、もしかして香澄がいるの?」

「ああ、あの後泊まるってことになったんだ」


 そりゃまあ靴があるんだから気づくか。

 別に隠すつもりなんてないから上げようとしたわけだし、どうでもいいが。

 でも、毎回こんな時間に出歩くなよと文句を言いたくなる。

 そう言っても何故か女子側は謎の自信から聞いてくれないという連続だった。


「それなら丁度いいわ、仲良くしたいところだったからね」

「そうか、じゃあ上がれよ」


 俺としても香澄がいてくれてよかったと思う。

 流石にこの時間に異性といるのはなんか違うからだ。

 じゃあ香澄はなんだよと言われたら、そこは一緒にいる時間の長さが~的なことを言わせてもらうつもりでいる。

 まあ、真でもない限りは聞いてこないだろうから意味のない思考だった。


「や、約束……してたの?」

「いや? ちなみにこれが二回目だから何回も連れ込んでいるみたいな風に考えないでくれ」

「い、一回目は?」

「初対面のときに謎ムーブしてくれてな」


 冷静に対応しておけば酷いことにはならない。

 それに杏奈はこういうときに嘘をついたりはしないから大丈夫だ。


「ごめん、ちょっと家から逃げたかったのよ」

「あ、いや、健也がいいなら問題ないでしょ?」

「ま、健也的には無理やりこうされているようなものだけどね」


 ……これはいま逃げたかっただけなのか、朝まで逃げたいのか、どっちなんだ?

 もし後者だったとしたら泊まるということになるわけだが……。

 あ、だけど香澄とふたりきりよりは変な空気にもなりづらいか。

 いまはマジですぐにあっち方向へ傾きかけるから杏奈の存在がありがたい。

 これもまた利用してしまっていることになるわけだが、そこは泊めるからということで許してほしかった。


「兄さんとは仲良かったんじゃないのか?」

「あ、お兄ちゃんはひとり暮らしをしているのよ」

「そうなのかっ? じゃあよく迎えに来てくれたな」

「本当にそうね、でも、私ができたのはほとんど迷惑をかけたということだけだから嫌なのよ……」


 そんなことないなんて知りもしないのに言えない。

 実は裏では両親達側かもしれないし、彼女に問題があるだけなのかもしれない。


「まあいいわ。あ、泊まりたいということなら布団がないから香澄と一緒に使ってもらうことになるけど、いいか?」

「文句なんか言わないわよ、泊めてくれるだけでありがたいわ」

「香澄もそういうことで頼むわ」

「うん」


 俺は急に炭酸ジュースが飲みたくなったから買いに行くことにした。

 少しケチな人間だから自動販売機やコンビニでは買ったりしない。

 それとなんとなくキャパオーバーになったところもあった気がした。

 真と杏奈を同時に相手をするというだけでも結構大変なんだ、それが異性+異性ということになれば余計に影響を受けるに決まっている。

 いまほど冷静に対応ができる真がいてほしいと願ったことはない。


「ふぅ」


 こういう刺激の強さがいまはほしかった。

 色々と存在している内のごちゃごちゃを吹き飛ばすには必要な力だ。

 別にふたりがいるからドキドキして寝られない、そんな初心なやつじゃない。

 これは間違いなくひとり、もしくは、香澄とだけ過ごしてきた人間だからだ。

 あとはやっぱり非モテだったことも影響しているかもな。

 ドキドキするにしたってそわそわする方のドキドキは嫌だった。

 なにか不味いことをしてしまったんじゃないかと気にして寝られないことというのは実際にあるから困る。


「ただいま」

「おかえり」

「あれ? もしかしてもう寝てしまったのか?」

「部活をやっているんだし、仕方がないわよ」


 そうか、そういうものか。

 明らかに辛くて厳しいと分かっているのに入部を選んだ香澄はすごいな。

 俺は高校でもやろうとなんてとてもじゃないが考えられなかった。

 両親に迷惑をかけたくないとかそういうことではなく、とにかく辛い気持ちを味わいたくなかったからだ。


「あの子って不思議な子だわ」

「どこが?」

「内と表の差がかなり大きいのよ、それでも普通ににこにこ対応してくれるから不思議なの」


 嫉妬とかそういう感情は分かりやすいのだろうか?

 それとも、俺が馬鹿なだけでなにも気づけていないのか?

 来てくれていることをありがたいと感じると同時に申し訳無さが出てくるということは前にも言ったわけだが、そればかりに意識を割いていてちゃんと見ていなかったのかもしれない。

 それかもしくは、女子特有の鋭さ、なのかもしれなかった。


「あの子は間違いなく私があんたといることを気にしているわ、今日だって躊躇なくここに来てしまったわけだからなんでって不満も感じたでしょうね」

「でも、友達といることも好きなんだぞ?」

「それは分かるわ。でもね、あんたが関わってくると話は変わってしまうの」


 彼女は少しだけ自嘲気味に笑いつつ「なんて、遠慮なく頼ろうとしている私のせいなんだけどね」と。


「俺は頼ってもらえて嬉しいぞ、だけどこういうことは今度からない方がいいな」

「ふーん、やっぱり泊めるなら香澄だけにしたいのね」

「あ……まあ、一緒にいる時間の長さ的にな……」

「あはは、冗談よ、私だってこんなことはなるべくない方がいいと思っているしね」


 それでも今日はゆっくりしてもらおう。

 それまでは付き合ってもらおうと思う。

 俺は彼女と話すことができる時間も好きなんだ。


「あんたの家に来てよかったわ、そうでもなければキスをしていたでしょうからね」

「しないぞ、俺らはあくまで親友というだけだ」

「したいかしたくないかで答えるなら?」

「……意地の悪い質問をしてこないでくれ」


 とはいえ、夜ふかしをしても仕方がないから二十一時を過ぎているいま、もう寝てしまってもいいぐらいだった。

 普段はこの時間にはベッドで転んでいるところだから眠気が……。


「寝るか」

「もう? あー、まあいいわ」

「じゃ、おやすみ」


 タオルを複数枚掛けておけば風邪は引かない、そこまで弱くない。

 また、風邪を引いても誰かに迷惑をかけるわけではないから最悪構わなかった。

 友達にそうしてほしくないと考えるのは当たり前だと片付けている。


「は? あんたベッドで寝ないの?」

「寝られるわけがないだろ、仮に香澄だけでもそんなことしてないよ」

「ふーん、まあ、おやすみ」

「おう、また朝にな」


 で、朝まで一切問題なく寝て、早めに起きたのをいいことに朝食を作り始めた。

 俺でもできるんだということを香澄に、そして主に杏奈に知ってもらいたい。


「つか、別に疑っていないわよ?」

「私も」

「あ、そ、そうか……」


 まあいい、実際に食べてもらって不満の言葉とかは言われなかったわけだから。

 こちらはふたりが食べている間に制服に着替えたりとかしていた。

 ふたりが食べ終えたら洗い物をして、残っていても仕方がないから家を出る。


「いつもこんな時間に出てんの?」

「違う、香澄も杏奈も一回家に帰らなければいけないからな」


 特に香澄の方は朝練があるわけだからそうゆっくりもしていられない、というのに本人達がこれだから困ってしまう。

 早寝早起きをする人間でよかったと思った日となった。


「杏奈ちゃん」

「あれ、さん付けをやめたのか?」

「うん、昨日話したときにそういうことにしたんだ。あ、それでなんだけど」

「どうしたのよ?」

「私、杏奈ちゃんに嫉妬してたの」


 敢えて俺がいるときに言うのはなんでなんだ……。

 そういうやつは裏でやってほしいとしか言えない。

 また、杏奈としてもただ一緒にいただけでそう言われても困るだろう。


「私、無視されたのがむかつくから近づいていただけよ? あ、いまは普通に仲良くしたいと思っているけど」

「無視?」

「そうよ、勇気を出して話しかけたのにこいつは無視をしてきたのよ」


 勇気を出してなにを言いたかったんだろうか?

 中学のときの俺は部活以外のときは休みたい、香澄といたいということしか考えていなかったからそれで他のことへの意識はどこかへ行っていた可能性はある。

 でも、だからって話しかけられれば余程のことがない限り反応するはずだがな。


「それってもしかして……告白――」

「だから違うわよ。まあ本当のところの言っておくとね、あのとき香澄に興味を抱いていたの。でも、小学生のときに起きたことで女子にひとりで近づくのはちょっと怖かったから仲のいい健也を頼ろうとした……んだけど、健也は私の頑張りを無駄にしたの」


 そういうことだったのか。

 それなら納得できる、俺に興味を抱いていたとか言われるよりもよっぽどな。

 いや違う、そうじゃなくてよかったとしか言えない。

 非モテでよかったと思えた日でもあった。


「まあいいわ、あんたは早く家に入って準備をしなさい」

「あっ、そういえばそうだったっ」


 ずっと気になっていたことが分かったというのもかなり大きい。

 これで完全にすっきりした状態で授業とかに集中できる。

 倉田家を見つつ「はぁ、心配になる子ね」なんて杏奈は言っていた。

 心配になるのは杏奈もそうだぞと言いたかったが我慢した。

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