05話.[ふたりは優しい]
「香澄ー」
「あ、どうしたの?」
彼女は答える前に私の手を掴んで歩き始めた。
どこに連れて行くつもりなのか、それぐらい言ってくれてもいいと思う。
「あれ」
「ん? あ……」
彼女が指差した先には健也と三嶋君がいた。
楽しそうに話しているからいまも仲良しのようで安心できる。
今日はどうやら大森さんはいないみたいだということも分かった。
あの三人は三人で過ごしていることが多いから少し意外かな。
「行かないの?」
「うん、言ったと思うけど変わるためにこれは必要なことなんだ」
手を握られたままなのをいいことに今度は私が教室まで連れ帰った。
あっちはあっちで楽しくやれているんだから気にする必要はない。
どうせ近づいたら私はまた甘えてしまうから駄目なんだ。
「倉田さん」
「あ、こんにちは」
この人は男子バスケ部の副部長さんだった。
仮入部期間のときから何故かよく話しかけてきてくれている。
こうして教室に来ることも多いけど、なんでだろうね?
あんまり認めたくないけどそこまで上手というわけでもないし……。
「うわ、また来たんですか?」
「そ、そう嫌そうな顔をしないでよ……」
彼女は杉本先輩に結構厳しかったりもする。
ちなみに、後輩なのにこんな態度でいられているのは昔から先輩と友達だからだ。
そうでもなければこんな言い方はできないだろう、というところで。
「前言ったこと、考えてくれたかな?」
「あー……」
ただ日曜日に出かけないかと誘われただけだった。
でも、テストとか部活とかで忙しくて意識の外にやってしまっていた。
わざわざ日曜日に集まるほどでもと言いたい自分もいる。
部活が終わった後に少しだけでも会話できればいいんじゃないかと避けようとする自分だって存在していた。
あとは彼女の気持ちを知ってしまった、というのもあるかなと。
「すみません、まだ余裕がなくて日曜日は休みたいんです」
中学生のときと違って練習がとにかく厳しい。
まだ辛いと感じたことはないけど、これからどうなるのかは分からない。
日曜日ぐらいしっかり休んでおかないと勉強の方が疎かになりそうだから怖い。
それと、なんでだろうね? なんてとぼけてみせた自分でも分かっている。
これは私に興味を抱いているということだ。
つまり、曖昧な態度はお互いにとってよくないということ。
それになにより、この子に敵視されることの方が嫌だった。
「そっか……」
仕方がないことだ、その気がなければこうするしかない。
多少自意識過剰なところがあるのは認める。
それでもこれが間違っているとは思っていないからこのままでいい。
「私が代わりに付き合ってあげましょうか? 一緒に行くだけならできますよ?」
「じゃあ付き合ってもらおうかな」
幸い、彼女が先輩を連れて行ってくれたから安心できた。
なんとなく教室にはいづらくて廊下に出たら今度は大森さんとふたりでいた。
そっちにトイレがあるから仕方がないということで通り抜けようとしたんだけど、
「待ちなさい」
そう呼び止められて足を止めてしまった。
いやだって無視するわけにもいかないでしょ……。
「ど、どうしたの?」
「健也と話しなさい」
変な勘違いをしているのか彼女は歩いていってしまった。
残された私達の間には微妙な空気が漂う。
だけど先に動けたのは意外にも健也の方だった。
彼はなにも言わないまま歩いていこうとする。
私はそれをちょ、ちょっと待ってっ、そう止めてしまっていた。
「……香澄のことを考えてなにも言わずに戻ろうとしたんだけどな」
「ご、ごめん」
彼は優しいからそうしてくれていたというのは分かっていた。
なのに癖というか……まあ、そういうので止めてしまったんだ。
もしかしたらバスケをしているからという可能性もある。
ほ、ほら、ただでゴール付近に近づけさせるわけにはいかないでしょ? と混乱していた。
「ふぅ、最近は大森さんとも仲良くできているようでよかったよ」
「香澄によく似ているんだ」
「えっ、わ、私にっ?」
「あ、いや、俺が重ねてしまっているところもあるのかもしれない」
彼は微妙そうな顔で「忘れてくれ」と。
私は大森さんと似ているとは思えない。
何故ならすぐに極端な行動をしてしまうからだ。
関われた時間が少ないから全てを理解できているわけではないものの、その点だけは絶対に違うと言い切れる。
彼もそんなことをしない大森さんといられて嬉しいんじゃないかな。
いや……間違いなく離れようとする
「……戻ってくれ」
「あ、そ、そうだね……」
……今度から大森さんと一緒にいるときに近づくのはやめようと決めた。
こんなことになっても悲しい気持ちにしかならないから。
とぼとぼとトイレのこともどうでもよくなって歩いていたときのこと、
「……このまま一緒にいると思いだして駄目になるからな」
彼のそんな発言が聞こえてきて足を止めそうになったけど頑張って歩き続けた。
いまの私には物凄く効く発言だった。
「おかえりー」
「ただいま」
そう、私はそれどころではないのだ、先輩のことを考えている場合ではない。
内にある色々な複雑さをどうにかしたり、授業に集中したり、部活に集中したりとやらなければならないことがいっぱいある。
だから申し訳ないけど、これからも先輩に対して態度を変えるつもりはなかった。
「よくもあんなことをしてくれたなっ」
「少しだけでも話せてよかったでしょ?」
「まあ……」
意味もないのに放課後は教室に残っていた。
まったく、こっちのことも考えてほしいもんだ。
頑張って抑え続けているところもあるんだから分かってほしい。
そりゃ昔から一緒にいるという情報を聞いていればああしたくなるのかもしれないが……。
でも、大森は大森として、香澄は香澄として求めているということが分かった。
つまり、あのときの答えが分かったことになるから少しだけすっきりしている。
「私、そんなことする必要はないと思うのよね」
「それは香澄に言ってくれ」
「だから少しずつ変えていこうと思うの、あんたもそういうつもりでいなさい」
「邪魔するのはやめてやってくれ、あれはかなり危険な行為だったんだぞ」
「一緒にいたくないの?」
いたいかいたくないかという問いに対してだったらいたいと答える。
だが、香澄が離れたいと望んでいるんだから叶えてやりたいんだ。
一緒にいたがっているのに避けているということなら彼女がこう言いたくなるのも分かるが、実際はそうではないんだ。
変に介入されても困るから止めておく。
例えこれで嫌われることになってもそれよりはいいから気にならない。
「面倒くさい人間達ね」
「そう言ってくれるなよ……」
ただ嫌がることはしたくないということだ、それよりと話題を変えておいた。
実際は手前が余計なことを言うなよ、という話だが。
あのまま続けていたら抑えられなくなっていたのは確かだったものの、それを口にしてしまうのと内に留めておくのとでは全く違う。
せっかく離れかけていた気持ちがあれで少し戻ってきてしまったかもしれない。
そこまで影響力があるというわけではなくても、昔から一緒に過ごしてきたわけだから言葉には力があると思うんだ。
それがいい方向へ働く力ならどれだけよかったことか……。
悪い方にばかり力強く働いてしまうこれをはんとかしてほしかった。
「大森、今度真も誘ってキャッチボールしようぜ」
「え、三嶋は興味あるの?」
「おう、この前目の前でぽんとグローブを買ったからな」
「いいわよ、私はソフトボールをやっていたからそれなりにできるしね」
「よし、じゃあ今週の土曜日にそういうことにしよう」
場所は……あ、ボールが使用可能な公園がちょっと歩いたところにあるからそこでいいか。
最近はなんでもかんでも規制規制規制で子どもも困っているかもしれない。
俺らぐらいの歳になるとほとんど金を使って遊ぶぐらいしかないから気にならないが、友達と一緒にはしゃぎたい子ども達にとっては不満だろうなと急にそんなことを考えた。
自分のおかしさ、唐突さというのはいまに始まったことではないから気にしない。
「三嶋はまだ慣れていないだろうから教えてあげればいいわね」
「そうだな、誰だって最初は上手く捕ることすらできないからな」
「私なんてへっぴり腰だったわよ?」
「俺なんて明後日の方向にぶち投げたこともあるぞ」
それでも何度か繰り返していると自然にできるようになるんだ。
趣味レベルでいいから諦めないでほしかった、と、諦めることが多い人間が言わせてもらう。
いやほら、他の人間だったら多少続ければ上手くできるだろうから諦めるのはもったいないとしか言いようがないわけだ。
友達には自分と似たような感じになってほしくないというやつだった。
「久しぶりにできるなら嬉しいわね」
「部活をやりたかったのか?」
「んー、そこままではないけどね」
金もかかるからやればよかったのに、なんて言えない。
道具を揃えてからも自分ひとりが頑張ればいいというだけの話ではないから。
必ず両親だって巻き込むことになる、その場合は特に母親が、だな。
なんとなく母親の方が厳しい人が多そうと考えてしまうのはただの偏見だろうか?
でも、宿題をやれとか何度も言ってくるのはやはり母親な気がするからなあ……。
「それに動いていないと太っちゃうからありがたいわ」
「俺も無駄な肉がすぐにつくから付き合ってもらえるのはありがたいことだよ」
とにかく、土曜日に限って雨が降るなんてことにはならないよう願っておいた。
フラグみたいになってしまうからそのときだけにしておいたが。
ちなみにこのことを真に言ってみたら「いいね」と返してくれて安心できた。
大森的にも彼がいてくれた方がいいと思うからよかった。
「ふたりに迷惑をかけないようにしないと……」
「そんなの気にしなくていい、俺らも所詮、初心者みたいなもんだ」
「でも……」
「いいから、付き合ってくれよ」
「うん、それは僕もやりたいから行かせてもらうけどさ」
こういうところが彼のいいところだと感じる、でもで押し切ろうとしないところが特に。
なんに対してでも挑戦してみようと動けるのもいいことだ。
俺にも少しぐらいはそういうところがあってくれたらよかったんだが、残念ながらマイナス思考をしがちな人間だから求めるだけ酷というやつだった。
「はぁ」
情けなく感じてくるからあまりいいところを出してほしくなかった。
「三嶋、いくわよ」
「う、うんっ」
野球ボールではなくソフトボール球でキャッチボールをしていた。
どうしてもそれを投げたくて投げたくて仕方がなかったらしい。
ぶつかっても恐らく野球ボールより痛くはないから初心者向きかもしれない。
別にこの緩さだったらどう投げようと自由だからというのもある。
「この感じ、やっぱりいいわねえ」
「嬉しそうだな」
「キャッチボールだって簡単にはできないからね」
確かにそうか、相手がいなければできないことだ。
先日にも考えたように壁に当ててひとりで楽しむということも最近ではできそうにない。
となると、部屋に飾ってあるそれを見つつもどかしい気持ちになりそうだと想像してみた。
俺の方はすぐに箱に突っ込んでしまったから全くそういうのはなかった。
あくまで楽しくできなければスポーツをやっている意味なんかない。
まあ、勝ち負けを意識しないのであればやらなくていいだろと言われるだろうな。
「健也君!」
「おう……っと、ちゃんと投げられてるな」
「ふたりに迷惑をかけたくなかったからちょっと練習してきたんだ」
「はは、そうか」
投げ返して見ておくことにした。
真も大森も楽しそうだったから問題はないだろう。
にしても、こうしてここにいると昔を思い出して微妙な気分になってくる。
ここではよく香澄に付き合ってもらったからだ。
変化球をどうしても習得したくて部活の後に付き合ってもらったことすらあった。
それなのにいつも受け入れてくれたし、明るくいてくれたので、俺としてはやっぱりこちらばかりが頼ることになってしまったという風にしか見られない。
香澄が甘えてくれたことなんてほとんどないんだよな……。
「こら、なに変な顔をして休憩してんのよ」
「ここでよく香澄とキャッチボールをしたんだ」
「え、あの子はバスケ部だったでしょ?」
「それでも何度も付き合ってくれたんだよ」
真が上に投げて暇そうにしていたから相手をさせてもらうことにする。
最近になって始めたというわけではないのかもしれなかった。
父が野球好きなら付き合わせようとするだろうし、彼がそれを断れる感じもしないから段々と上手くなっていたのかもしれない。
が、本人的にはやってきた人達と比べて~的な考えになるだろうから、ああいう発言をしてしまうのも無理はないのかもしれなかった。
最低限できるレベルじゃないと相手をする方としても楽しませられるかどうかという、そういうプレッシャーに襲われるからこれはありがたいことだと言える。
なんでもやるからにはって頑張れるところは羨ましかった。
「もったいないな、真面目にできる真なら運動部に所属していても全く問題なかっただろ」
「不安で仕方がなかったんだ。だから結局、やればいい結果が出ると分かっていた勉強をやるしかなかったということになるかな」
「そこで勉強とってなるのがあんたらしいわね」
「ははは、ずっとやってきたことだったからね」
いや俺、すぐに矛盾しすぎだろと後悔していた。
金がかかるから、親を巻き込むから、そう考えた直後にこれはやばい。
鳥頭なのかもしれなかった。
「一回休憩にしましょ、この大きいのがなんか駄目みたいだから」
「分かった」
すまない、情けなくて本当に申し訳ない。
喉が乾いていたから自動販売機で適当に買ってふたりに渡した。
真の方は律儀に「払うよ」と言ってくれたが受け取ることはしなかった。
これはお詫びみたいなものだから遠慮なく飲んでほしい。
堂々と受け取って堂々と飲んでいる彼女を真似してほしい。
「そんなに過去の女のことが気になるわけ?」
「過去の女っておい……」
「いい加減素直になりなさいよ、一緒にいたいって言ったら倉田なら間違いなく聞いてくれるわよ」
「だからさ、親友としては邪魔したくないだろ?」
「一緒にいたいならいるべきよ」
離れたいと言われていなかったらそりゃそうする。
だが、実際のところは向こうからそういう風に言ってきたわけなんだからできるわけがない。
相手からされてしまったら実質、振られたようなものと同じなんだ。
逆にそこで空気を読まずに行くような人間じゃなくてよかったとすら思えている。
だからこれはどんなことを言われようと変えられることではなかった。
それこそ香澄からまた一緒にいたいと言われるようなことがなければ無理だ。
「僕もそうした方がいいと思うな」
「でしょ?」
「うん、だって健也君は隠せてないから。僕らといるときもふとした瞬間に寂しそうな顔になるから気になるんだよ、倉田さんといることでそれがなくなるということなら嬉しいな」
自覚していなかっただけで実はそういうことだったのか?
そういうことから大森もここまで言ってきたり、実際に行動したりする……のか?
つまり、原因を作っていたのは自分だったということなのか?
「すぐにとは言わないわ、でも、一緒にいたいなら少しずつ変えていった方がいいわよ」
「でもさっ、一方通行じゃ駄目だろっ?」
「それはそうね」
「そうっ、だから仕方がないことなんだよ」
集中するからと約束をしてキャッチボールを再開した。
お喋りなら終わった後に沢山すればいい。
もっとも、この話題にすることだけはやめてほしかったが。
まあでも、一緒にいたいという気持ちが出てきてしまっているから恐らく……。
楽観視する自分も存在しているのでそっちに任せておくことにした。
ふたりは優しいから無茶なことを言ってくることはないだろうからな。
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