04話.[分からないもの]
六月。
まだ雨が降り始めていないから特に気になることなどはなかった。
真も大森も変わらずにいてくれているから安心していられる。
「真、そういえばあのグローブは使えているのか?」
「うん、たまにお父さんとキャッチボールをしたりしているよ」
「そうか、それならよかった」
二万円ぐらいぽんと出して購入したんだから使える機会がないともったいない。
彼の父が野球好きなら少しだけでも興味を持ってくれて嬉しかったんじゃないだろうか。
俺の場合は両親と楽しく会話、なんてことはなかったから少し羨ましい。
でも、いまとなってはこれが自然だから変化が起きなくて結構だった。
「これまであんまりしたことがなかったから捕るだけでも一苦労だよ」
「はは、誰だって最初はそんな感じだから気にするな」
できないからと諦めてしまうよりよっぽどいい。
父だってそれぐらいで文句を言ったりはしない。
それどころか昔を思い出せていいんじゃないだろうか、なんて考えてみた。
それこそ大森とかは付き合ってくれそうだから頼んでみたらどうだろうか?
「つか、今日はまだ来てないな」
「そうだね、いつもだったらすぐに来るのにどうしたんだろう?」
気になるから突撃することにした。
そうしたら突っ伏していたから無理やり連れて行く。
明らかに「なによ」と文句を言いたそうな顔でこちらを見てきていたが、何故だか今日は文句も言ってこなかった。
「体調が悪いのか」
珍しく素直にこくっと頷いてくれたから保健室まで運んでしまうことにする。
体調が悪くても無理して来るあたりが勝手に彼女らしいと感じてしまう。
まあ、休もうとしても母親とかに行きなさいとか言われたのかもしれない。
はっきりと熱が出ていなかったら認めてくれない親の方が多いからな。
「よろしくお願いします」
ベッドに寝転がせたらもうできることがないからすぐに出てきた。
次の休み時間になったらまた行けばいい。
相手がどう感じるのかどうかなんていまはどうでもいい。
風邪を引いているときは寂しくなるものだから気にしない。
「あ、どうだったの?」
「それが体調が悪かったみたいでな、保健室まで運んできたんだ」
「そうなんだ、酷くならないといいけど……」
体調が悪い状態で無理しても辛くなると分かっているだろうから、帰った方がいいと言われたら恐らく従う……はずだ。
今日の素直さだったら、相手が大人だったらきっとそうしてくれるはずだから不安にならなくていい。
それでも意地になって残っているようならまた運んでやればいいだろう。
知ろうとしていたわけではなくても家を知ってしまったわけだし、このときのためにあれがあったのだと考えておけばいい。
で、再び休み時間になったから行ってみたら既に保健室にはいなかった。
帰らせたということも教えてくれたから少しほっとしている自分がいる。
ひとりで帰っているわけではなく兄が迎えにきてくれたみたいだからその点もな。
「健也君って優しいよね、そういうところがあるから近づいたんだけどさ」
「そりゃ病人に冷たくはできないだろ」
「普段だって結構無茶なことを言われても付き合ってあげているでしょ?」
「それも別に大したことがないからな」
無茶じゃなくてたまに変なことを言ってくるというだけだ。
そういうのは香澄の相手をしていたことで慣れているから全く問題ない。
寧ろなんか懐かしい気持ちになれたぐらいで感謝していた。
多分、色々なことが変わってもそれだけは変わらないと思う。
香澄は一度決めたことをすぐに変えるような、俺みたいな人間ではないから。
七月になって夏休みでも始まってしまえばこちらのことなんて完璧に意識から消えるだろう。
「元気でいてくれないと嫌だから早く治してくれるといいんだけどな」
「そうだね、友達にはずっと元気でいてもらいたいよ」
「真が風邪を引いても保健室まで運んでやるから安心しろ」
「いや、もしそうだったら無理して来たりしないよ、みんなに迷惑をかけることになるからね」
俺でも同じことをしそうだから余計なことを言わないでおいた。
また、皆勤のためにも多少無理して通いたいという気持ちは分からなくはない。
俺ら以外の友達だっているだろうし、毎日会いたいということもあるだろう。
とにかく、そちらばかりに意識を向けていても駄目だからと切り替えたわけだが、やべえ。
授業中も気になって仕方がなかった。
もう学校にいないのに、無理しているわけでもないのに馬鹿な人間だと思う。
これを後日言ったら「馬鹿ね」と呆れられそうだった。
「落ち着かないみたいだね」
「ああ、なんか駄目だ」
休み時間になっても大森が来ないというだけで物足りない。
一ヶ月は一緒にいたわけなんだからそこまで違和感もないが。
いやでも、香澄以外にこんなことを感じるとは……。
意外と気に入っていたのか?
「大丈夫、明日になったらまた元気よく来てくれるよ」
「そう期待しておくわ」
そう残りも長いわけではないから今度こそ集中することにした。
なんとか半々レベルには持っていけたのだった。
「おいおい」
今日もどうやらいないみたいだった。
気持ち悪い行為だが毎時間確認してみてもそうだったから残念ながら勘違いというわけではない。
トイレに篭り続けているというわけではないだろうから本当にいないんだ。
仕方がないからジェルシートとかを買って家に突撃することにした。
一応一ヶ月は一緒にいた人間だ、ストーカーとかそういうことには該当しないだろうと信じて。
「……はい、って、あんたか」
「大丈夫なのか?」
「まあ……まだちょっと微妙だけどね」
「そうか、あ、これ」
「あんがと」
別に家に入るつもりはなかったからこれでいい。
つか、俺のせいで無駄に動くことになったわけだから普通に申し訳なかった。
実際に行動してからやめればよかったと感じることが多いから微妙だ。
「待ちなさいよ、ちょっと付き合って」
「大丈夫なのか?」
「うん、ひとりだと暇すぎて仕方がないのよ」
本人がこう言ってくれたのならと上がらせてもらうことにした。
正当化したところもあるし、早く寝させなければならないというのもあったから。
で、客間で寝ているんだと教えてくれた。
トイレが二階にあるわけではないからこっちの方が楽らしい。
「飯は食べたのか?」
「いや、さっき起きたばかりだから」
それなら腹が減っているだろうし、薬とかを飲むことになっているのなら食べなければそれすらできない。
他人の家の台所とかを使わせてもらうのは少し引っかかるが、それでも友達のためなら問題なく頑張れる。
いいのか悪いのか彼女以外の人はいないみたいなのも影響していた。
「なにかあるなら作るぞ?」
「できんの……?」
「そこそこぐらいにはな」
許可を貰ってから冷蔵庫を開けさせてもらったらピンポイントでうどんがあったから使わせてもらうことにした。
……なんで俺はそれを考えて買ってこなかったのかと呆れつつ、それでも早く休ませたいからささっと作った。
意地を張ってソファに座っているから困るんだ。
「できたぞ」
って、寝てるし……。
寝た方がいい、が、食べることも重要だから起こさせてもらう。
で、彼女は少しずつ作ったやつを食べ始めてくれたから助かった。
俺はとにかく誰かが帰ってきませんようにと願うことしかできない。
やっぱりやべえよこの感じは……。
「……美味しいわ」
「よかった、少し薄めを意識したんだ」
流石に自分に作るときと同じく雑に、とはできなかった。
滅茶苦茶真剣に作ったから美味しいと言ってもらえて嬉しい。
量が多かったわけではないからすぐに食べ終えてくれたのもよかった。
「さあほら、寝ないとな」
「……どうせ来たんだし、寝られるまでいて」
「ああ、いてやるから」
どちらにしろ鍵の関係でそうすることしかできない。
客間に行かせる前に出させてもらうこともできるものの、こう言われてしまったらもう強気な選択はできなくなる。
それに不安になるからいてやりたいというのもあった。
「はぁ、早退することになるとは思わなかったわ……」
「兄さんが迎えにきてくれたんだろ?」
「うん、だけど……それでも迷惑をかけちゃったわけだから……」
仲がいいのか悪いのかが分からないからすぐにはなにかを言えなかった。
悪い場合には無理やり両親から頼まれて不満を感じつつ行くことになったかもしれないから。
でも、勝手に上手くやっていそうだと想像している自分もいるので、家族なら一緒に行動できてよかったんじゃないかと言っておいた。
いやほら、体調が悪い状態でひとりで歩かれても不安になるだろうからさ。
「あと、あんたにだって……」
「迷惑をかけられたとは思っていないぞ、寧ろあのとき行ってよかったとすら感じているぐらいだ」
って、これだと寝られないから駄目だ。
お喋りなら元気になってから付き合うぞと言ったら、一瞬不満そうな顔をしてからそれでも大人しく目を閉じてくれた。
体調が悪いときというのは意外にもすぐに寝られるから問題ない。
体が痛くなるから無限に寝られる、というわけではないがな。
それよりもだ、俺はこの時間をどうつぶしたらいいんだろうか?
「早く元気になってくれよ」
ひとつ気になるのは既に依存してしまっているのではないか、ということだ。
香澄といられなくなったからその代わりを無意識に探していた可能性がある。
あんなことを言われて平静でいられ続けたのは間違いなく真と、そして、彼女のおかげだ。
どちらにしても話しかけたのが間違いだった、ということになるのかねえ……。
別にそこまで問題を抱えているような人間でもないし、他者を利用して自分の立場を優位にしているような人間でもない。
一応相手のことを考えて行動できるし――って、これは当然のことだが、まあ、他人を不快にさせないようにと意識して生きているわけだ。
それなのにどうしても不安になってしまうのは中身が弱いからだろうか?
一度も否定、拒絶されたわけでもないのに勝手に悪く考えてしまう自分に問題があるのかもしれなかった。
そんなことを何度も考えていた結果、部屋の中が真っ暗になるぐらいの時間までは時間をつぶすことができた。
「……そろそろ帰らなくちゃいけないわよね」
「ああ」
十九時前に解放されたから家族と遭遇して気まずい、なんてこともなかった。
外は本当に自由すぎてひゃっほーと叫びたかったぐらいだ。
ひとりでいるとごちゃごちゃ無駄に考えてしまうから駄目だった。
あとはやっぱり、友達が弱っているところも見たくはないなと感じた。
普段は元気いっぱい少女だから余計に影響した。
「って」
……これも結局、香澄といられないからなのか?
だから同じような感じでいてくれる大森を求めてしまっているのか?
これまでの自分だったら香澄以外の人間が風邪を引いたところで大丈夫か? とは聞いても家にまでは行っていなかった。
授業中だって不安になったりはしていなかっただろうからありえないことなんだ。
「ただいま」
とにかく、距離感を見誤らないようにしなければならない。
どういう理由で求めているのかは今後の自分が気づいてくれるだろうから任せることにした。
いまの俺にしなければならないのは考えごとではなく、食事、入浴、睡眠のみっつだけだった。
「ふぅ、やっと直ったわ」
「よかったな」
登校しているときに会って一緒に行くことになった。
正直、制服を着て歩いてくれているというだけで嬉しかった。
もちろん言ったりはしないが、本当に感謝している。
これで落ち着かない時間というのもなくなっただろうからだ。
「お世話になったわね」
「友達だからな」
真も心配していたから会ってくれと言ってみたら「あいつは一度も来てくれなかったけどね」と少し拗ねているみたいだった。
まあでも、なかなか異性の家には行きづらいだろう。
勢いだけで行動してしまう俺に問題があったというだけなんだ。
なんかゆっくり真と過ごしてほしかったから教室に着いたら荷物を置き、すぐに離れた。
変な狙いがあるわけではないから安心してほしい。
俺がなんとなく満足できたからとこうしているだけなんだから。
「内と表が合ってないよな俺」
気持ちが悪い行動だから気をつけなければならない的なことを考えた後にすぐああいうことをしてしまっている。
断じて下心というやつはないものの、相手からしたらどう感じるのかは分からないことだ。
分かっているのはこんなことを何度も繰り返しているということだ。
終わってからじゃないと反省もできないというのが不便なところだな。
「ちょっと、なに逃げてんのよ」
「真だって大森と話したかっただろうからな」
「別にそんなのいいのよ」
もしなにかがあったらこの時点でもやもやというやつだ。
だから俺はちゃんと見て行動しなければならない。
できることは少ないがもしそうなら協力させてもらうつもりでいる。
そういう点でも彼女と友達でいられているのはいいことだった。
「にしても、調子が悪いのに来たりするなよな」
「……家にいるぐらいならって考えたのよ、結果は……あんなんだったけど」
「友達を頼れよ、無理するな」
違うクラスだとこういうときに不便だった。
あのときだって朝から普通に彼女が来ていたら気づかなかったかもしれない。
まあ、そうしたらクラスの人間が気づいて同じことをしていただろうが、そういうときだけ頑張ってなんにもないふりをするのが人間だからそうならない可能性もあったんだ。
どうして変なことというかなんてことはないことは言ってくれるのにそういうことを言ってくれはしないんだろうかとまで考えて、そりゃそこまでの仲だからだろと自分の中で珍しく答えが出た。
ただ、こういうことに関してはマイナス方向寄りの思考をするから合っているのかどうかは分からないままだが。
「あ……」
「ん?」
「……あんた達しかいないのよ」
「は? え、嘘だろ?」
「嘘じゃないわよ、つか、友達がいたらあんな毎時間行けるわけないじゃない」
そういうことって実際にあるんだなとなんとなくそんな風に思った。
嫌な性格をしているというわけではなくてもひとりぼっちになってしまう人間は多いということか。
でも、俺と違って彼女は女子だ、女子なら嫌な性格をしているわけでもない限り誰かが来てくれそうなものだが……。
「拒絶オーラを出していたのか?」
「私は誰かと一緒にいたいわ、そんなもったいないことできるわけないじゃない」
「じゃあなんでだろうな」
「さあ、でも、昔からこうなのよね」
彼女は違う方を見つつ「昔から長続きしないのよ」と重ねてきた。
似ている香澄が友達といっぱいいるのによく分からないもんだ。
「だからふたりがいてくれて助かっているのよ?」
「そうか、俺に対してもそう言ってもらえるのは嬉しいぞ」
「だって実際に助けてもらったしね」
「あの程度だったら利用してくれていいからもっと頼ってこいよ」
「あはは、あんたはMなのね」
相手のために動こうとしたらすぐにM扱いされてまうのはなんでなんだ……。
変なことを言っているわけじゃないというのにすぐにこうなってしまう。
こうなるといまの俺のイメージってやつは最悪の状態な感じがする。
無理やり運ぼうとしたり、無理やり保健室に連れて行ったり、無理やり家に行ってみたり。
字面だけで判断すればやべー奴としか言いようがない。
「私、決めたことがあるのよ」
「おう」
「今度から長時間お風呂につかるのはやめるわ」
そう口にしたときの彼女の顔はかなり真剣な顔だった。
なるほど、確かにそれなら体調を悪くしてしまうときがあるかもしれない。
あとは睡眠時間とかが減ったりすると極端に弱るからそこも気をつけた方がいい。
もったいないと感じるかもしれないが、風邪を引いてしまったら苦しむことになるのは自分なんだから仕方がない。
「長風呂派だったんだな」
「うん、毎回二時間ぐらい入っちゃっていたのよね」
「に、二時間!? その間に沢山のことができるぞ……」
「そうなのよね……、それでも毎回繰り返してしまっていたのよね」
例えば二十時から入浴したとしたら二十二時か。
そんなことを繰り返していたらすぐに寝る時間になってしまう。
だから少し偉そうではあるが直した方がいいぞと言わせてもらった。
彼女も「そうね」と普通の顔で言っていたのだった。
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