02話.[見えないからな]
時間が経過するのは早いもので、既に五月になってしまったところだった。
春休みのときに出てきていた不安などは全くの無駄だったということになる。
ただ、仮に三嶋が話しかけてきてくれていなかったらどうなっていたのか、ということがいまは気になっていることだった。
ひとりならひとりでなんだかんだやっていくしかないが、その場合は上手くいったんだろうかねえ。
「健也君、学食を利用してみない?」
「そうだな、行ってみるか」
だが、すぐに行かなかったのが悪かったのか物凄く人がいた。
俺としては既に戻りたくて仕方がなかったものの、相棒が全く気にせずに並びだしたから俺も従うしかなかった。
いやほら、ここで戻ったりしたらもう一緒にいられなくなってしまうかもしれないだろ?
わざわざひとり状態に戻りたいというわけではないからこれは仕方がないことなんだと片付けておくことにする。
で、やっと食券を買えたうえに料理を受け取ることができたのだが、そこまで食堂自体が広いというわけではないから座れる場所というのが分かりやすく存在していなかった。
それでも二分後ぐらいには三嶋のおかげで確保することができた。
利用者が多いということは分かっているんだからもう少しぐらいは大きくてしてもいいと思う。
あ、ちなみに俺はこれで二度と利用しないと決めたが。
「美味しいね」
「ああ」
比較的安いし、量もそれなりにあるから運動部に所属している人間でも満足できそうだ。
しかし、如何せんこの人の多さは微妙だな。
せっかく美味しくてもゆっくり食べることができない。
もっと気になるのは全く知らない人間が横に座っているということだ。
まあ、それは向こうにとっても同じことだからわがままだとしか言えないのだが。
「はは、美味しくてあっという間に食べ終えちゃったよ」
「いいことだろ」
こっちも似たようなものだから気にしなくていい。
唐突だが、彼は俺にとって意外性の塊だった。
想像と違って運動能力が高いし、よく飯も食べる。
勉強に対する姿勢だったりコミュニケーション能力については特に違和感ないが、そちらに関しては正直驚いて本人に言ってしまったぐらいだった。
そうしたら「動くことも食べることも好きだから」と言われ、俺としてはそうかと答えるしかなかったことになる。
「ちょっと、食べ終えたのならどいてよ」
「あ、悪い」
人が多いところが好きというわけでもないから片付けて戻ることにした。
本来なら楽しい時間のはずなのに多少のぴりぴり感があったので、そういう点でもあそこを利用するのはやめようと決めた。
三嶋に言わなかったのは多分、俺が格好いい人間ではなかったからだろうな……。
「あ、どこに行ってたの? 探したのにいなかったから困ったんだけど」
「食堂に行っていたんだ」
「え、健也はお弁当を持ってきているでしょ?」
「まあ、そうだけど自作だから帰って食べればいいしな」
これで夜飯を作らなくて済むようになったと考えれば悪くはない。
それに元々、食べられたらいい程度で拘りというのも特になかった。
三嶋が少し驚いたような顔でこちらを見てたから気にするなよと言っておく。
美味しかったんだからそこでは後悔していないしな。
「それより用って三嶋にか? それなら俺は歩いてくるけど」
いまのままだと確実に眠たくなるぐらい食べてしまったからこうするしかない。
一ヶ月はとりあえず真剣に頑張ると決めていた自分だが、結局これからも頑張り続けなければならないことは変わらないからな。
流石にすやすや授業中に眠るわけにもいかないから必要なことだった。
「あ、三嶋君にでもあるし、健也にでもあるんだよ」
「ん? 遊びに誘いたいってことか? もう部活ばかりになるから無理だろ?」
放課後だって部活があるから一緒に過ごすのは不可能だ。
日曜日は唯一休みがあるが、だって日曜日ぐらいは休みたいとなるのが普通だろ?
「今日の夜、会いたい」
「何時だ?」
「完全下校時刻が十九時だから十九時半かな」
十九時半だったらそこまで遅いというわけでもないか。
そもそもこれまでだってそれぐらいの時間に一緒にいたことは何度もある。
今回気になる点は三嶋も誘ったことだが、まあ、そのときになったら分かるからいいか。
なにを言いたいのか、何故学校では言えないのか、早速彼と過ごすことで変わってきたのか。
とにかく、気になる言い方をしてくれたのは確かだった。
「だってよ、三嶋はどうなんだ?」
「僕は大丈夫だけど……」
「じゃあそういうことにするか」
これが段々とふたりになっていく、とかありそうだ。
いやマジで嫉妬とか醜いことはしないからそうなってくれても構わなかった。
寧ろ俺が知っている人間と仲良くしてくれた方がよっぽどいい。
全く知らない男と仲良くしている香澄というのは……なんか見たくないから。
「不思議な人だね、どうして僕も誘ったんだろ?」
彼女が戻った後に聞いてきた。
そんなこと聞かれても本人じゃないから分からないが、不思議な人という発言については認めることしかできない。
意味不明な行動をすることが昔からあったからだ。
その場合、結局終わってからもなんでこうなったのかが分からないままなんだ。
だから今回も似たような感じになる可能性は高かった。
「んー、俺の友達だからじゃないか?」
「そうなのかな?」
すまない、適当に言っただけだ。
まあでも、なにか悪いことに巻き込まれるわけではないから安心してほしい。
意味不明感が漂うだけだから気楽にいてくれればよかった。
「やっほー」
「よう」
結局、三嶋は親に反対されたとかでここに来られてはいなかった。
門限はないが、こんな時間に出る必要がないと言われてしまったらしい。
「三嶋が来られなくなって残念だな」
「普通に仲良くしたかったから確かにそうかも」
あと、地味に難しかったのが家の位置や方角の違いだった。
俺達は西側で三嶋は東側だったうえにそこそこ遠かったんだ。
いま無理して集まったところでなにがどうなるというわけではないから、三嶋的にはこれでよかったのかもしれない。
「で? わざわざ夜にと決めたということは学校では言いづらいことを言いたかったってことなんだろ?」
「ん? あ、普通にふたりとお喋りしたかっただけだよ?」
「おいおい……」
そこで「え? なにかおかしなこと言ったかな?」的な顔をされても困るぞ。
自分のしたいことを優先して動けるのはいいことだが、それで振り回されるこちらは……というやつだった。
しかし、これで安心してしまった俺というやつもいるから言わないでおく。
変わっていないようでよかった。
「三嶋君はいい子だね、健也にも優しくしてくれるもんね」
「あと香澄にな」
「ああいう子が昔から健也の側にいてくれればよかったのに」
仮にいたところで友達がひとり増える、というだけだ。
俺は特にトラブルに巻き込まれたりとかしたことがなかったから。
もちろん、どちらかと言えば誰かといたい派だからありがたかっただろうがな。
「俺は逆に力になれる存在が香澄の側にいてほしかったけどな」
俺が大して役に立てない人間だから相談されなかったんじゃないかといまでも考えている。
そりゃそうだろう、だってただ話を聞くだけなら誰だってできるんだから。
俺にとっては彼女がいてくれなければ嫌だったが、残念ながら彼女にとっては別に俺じゃなくてもどうでもよかったわけだ。
「力になってくれる存在ならいるよ?」
「そうなのか? それならいいんだけどさ」
これからより厳しい部活生活も始まるわけだからそういう存在がいてくれるのなら安心だ。
今度こそ完全に見守る立場になるかもしれない。
まあ、支えられているのであれば全く知らない男だろうとどうでもいい。
彼女が本当に気に入った相手と仲良くしてほしかった。
「そうなのか? って、健也のことだよ?」
「俺は力になれてないだろ、逆に支えられてばかりだ」
「そんなことないよ」
無理しなくていい、無理やり言われると嬉しいどころか悲しくなる。
クラスが別れたことも、部活に所属してくれたことも俺にとってはいいことだ。
一緒のクラスだったり、放課後に一緒にいられたりするとまた甘えてしまうから。
小中学生時代と同じようにしてはならない。
彼女もそろそろ俺を切り捨てて前へと進むべきだった。
「あ、そういえばわざわざ出てきてくれたの?」
「いや、学校にそのまま残っていただけだ」
「えっ!」
地味に距離があるからこれの方が楽だっただけ、だから気にする必要はない。
……ひとりでこんな時間に帰らせるのは嫌だったからというのもある。
もちろん、送ってくれるような人間が現れたらやめるつもりでいる――って、これだと切り捨てることができないだろうか?
せっかく離れられたのにこうして近づいていたら意味がないのかもしれない。
「帰ろうぜ」
「あ、う、うん」
言い訳をさせてもらうと、夜に会いたいと言われただけで場所は指定されていなかったから仕方がないという面もあるんだ。
呼ばれてから出ていくのでは約束の時間には間に合わなくなる。
集合時間の十分前には着いていたい性格だから、うん、仕方がなかったんだ。
「なんかごめんね」
「俺が自分の楽さを優先してこうしただけだ、謝らなくていい」
突っ伏していれば何時間でも時間をつぶせる。
十分休みでも突っ伏せば速攻で寝られるように訓練してあるから問題ない。
「香澄さえよければこうして毎日一緒に帰りたいぐらいだぞ」
「……それだと健也にメリットがないよ」
「毎日必ず放課後だけは話せるというだけで十分だ」
やっぱり無理だ、自ら離れることなんて選びたくない。
ほ、ほら、そういう人間が現れたら勝手に離れるだろうから気にする必要もない、だろ。
これまでずっと一緒に過ごしてきたんだから一緒にいたいと思ってしまうのは仕方がないことだろう。
それに無理やりこうしているわけじゃない。
ここでいらないと言われたらするつもりはないから安心してほしい。
「どうだ?」
「……だって毎日十九時近くまで待っていなければならないんだよ?」
「それでも別にいい、家に早く帰ったところでひとりだからな」
すぐには出せないということならいつか答えてくれればよかった。
どうせもう中間考査になるから強制的に時間もできる。
流石に一週間とか時間があれば『はい』か『いいえ』ぐらい答えが出るはずだ。
「考えておくね」
「ああ、それでいい」
彼女と別れてひとり帰路に就く。
幸い、彼女の自宅からは近いからそう寂しくもならない。
「ただいま」
返事もないのにこんなことを繰り返している。
損するというわけではないから気にしなくていいだろう。
悪くなってしまう前に温めて弁当を食べてしまうことにした。
と言うより、食欲がなくなってしまう前に、そう言うのが正しいかもしれない。
自分だけしかいないと頑張る気がなくなってしまうんだ。
とにかく食べたら洗って、それから風呂に入った。
夜ふかしをしても眠たくなるだけだから出たらすぐに寝ることに。
「どうなるのかね」
俺としては頼んできてほしい、が、香澄からすれば断るのが一番だと思う。
だって待たせてしまっているということに意識がいきすぎてしまったらせっかく部活動に所属しているのに集中できなくなることもあるだろうから。
いやもう本当にじゃあ言うなよという話だよな。
マイナスに傾きかけているから寝ることにした。
どの季節も得意だから寝られないということはなかった。
テスト週間も本番も終わった。
それはつまり再び部活生活が戻ってきたことになるわけだ。
「健也ー」
「決めたのか?」
「え? あ、あー、そういえばそういう約束だったよね」
どうやら考える余裕がなかったみたいだ。
俺よりも学力が高いのにそんなわけないだろと言いたくなったものの、そこは我慢しておく。
初めてなんだから頭がいいんだとしても不安になるかと片付けた。
「申し訳ないからいいよ」
「そうか」
「うん、私達は別に彼氏彼女の仲というわけじゃないからね」
そうか、ということは結局暇になるのか。
三嶋もあれきり誘ってきてくれていないから早く帰るしかないな。
なにもすることがないとはいえ、学校に遅くまで残ったところでメリットはなにもない。
仮に寝るんだとしたらそんなの家でゆっくり寝ればいいだろう。
寝すぎても問題になるわけじゃないから。
「それに、さ、健也に甘えてばかりだったからそろそろ変えたいんだよ」
「甘えてばかりだったのは俺だろ?」
「違うよ、私はすぐに健也を頼っちゃっていたもん」
個人個人で見方とかが違うのは分かっている。
だが、小中と一緒に過ごしてきてその発言はどうなのかと悩んでしまった。
大袈裟でもなんでもなく俺ができたことは本当に少ない。
それだというのに彼女は一切嫌な顔をしないでいてくれたし、助けてくれと頼んだ際には「任せて」と受け入れてくれたぐらいだ。
「だから決めたことがあるんだ」
彼女はちゃんとこちらを見ながら「今日から一緒にいないようにする」と。
テストも終わったうえに部活も始まるから丁度いいというやつか。
「そうか、香澄がそう決めたということなら仕方がないな」
「ごめんね、散々お世話になったのに」
「それは俺の方だよ、ありがとな」
早速実行ということで別れることになった。
教室に戻って椅子に座ったときになってやっと、きたか、という風に感じた。
自分が求めていたことだからショックとかは受けたりしない。
でも、そうなると三嶋が来てくれない限りはひとりになってしまうというわけで。
「み、三嶋よ」
自習っぽいことをしていたところを邪魔するのは悪いが言わせてほしかった。
「どうしたの?」
「これからもよろしく頼む」
「う、うん、こちらこそよろしくね」
言いたいことも言えたから席に戻る。
そこからは特になにもない一日だった。
残っていても仕方がないから校門のところまで三嶋と一緒に歩いて、そこからは別れてそれぞれに帰路に就いた。
「ねえ」
「ん? あ、この前は悪かったな」
食堂で話しかけてきた女子が腕を組んで立っていた。
一応後ろを見てみても誰もいなかったから勘違いというわけでもない。
あと、こうして謝っておけばなんとかなるだろと期待している自分がいた。
「あんたって二中よね?」
「ん? ああ、そうだな」
もしかしたら香澄の友達なのかもしれない。
それかもしくは、ファン的ななにかか、敵視しているのか、というところ。
結構とげとげしていそうだから後者かもしれないが。
「香澄なら部活だぞ」
「他の人間なんてどうでもいいわ、私はあんたに話しかけているんだから」
「その理由はなんなんだ? 食堂での件なら謝っただろ?」
「はあ? 誰もそのことで話しかけているわけじゃないんだけど」
どうしてそうしているのかを教えてくれないのは女子特有のことなのか?
それとも、俺に話しかける人間特有のものなのか。
理由が分からなければどうしようもない。
察する能力というのは残念ながらないからそこを期待されても困る。
また、仮にそういう能力があったとしても分かられたような感じでいられたら気になるだろうからするべきではない。
つまり、俺がいまできることは待つことだけだ。
「なにもないなら帰ってもいいか?」
「……付いていくわ」
「えっ?」
「あんた難聴なの?」
あんたこそそうなのかと言い返したいぐらいだった。
帰っていいかと聞いているのに付いていくという発言はおかしいだろう。
肉食系ということだったら分からなくもないが、どうにもそういう風には見えないからな。
「安心しなさい、なにも取ったりしないわよ」
「いやそうじゃなくて――」
「いいから行きましょ」
ぐいぐい来てくれるのは香澄だけで十分だ。
何気にこのままどこかへ行ってくれるのを望んだのだが、彼女は俺の家を知っていたみたいで逃げることができなかった。
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