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Nora
01話.[ここも少しずつ]
四月六日。
なんとなく学校に向かいつつ春だな、なんて呟いてみる。
周りに生徒がいるわけでも通行人がいるわけでもないから気にならない。
だが、季節が変わる度に◯◯だなと呟くのはどうなのかと真剣に気になった。
流石にまだ十五歳で年寄りムーブをしてしまうのはどうかと思うから。
年寄りじゃなくてもするだろと言われてしまえばそれまでのことだったが。
「おはようございます」
いや、いまはそれよりも集中しなければならないことがある。
十五歳ということはつまり、中学校を卒業したばかりの人間だということだ。
だから今日は入学式ということで……。
「
ん? と振り返ったときにはもう遅かった。
次の瞬間にはタックルを食らっていて、冗談抜きでぐぇっと声が漏れ出た。
なんで女子なのにこんなに力が強いんだろうかとまで考えて、そりゃ勢いよく突っ込まれたら誰だってこうなるわなと自己解決させる。
「
「へへへ、健也なら受け止めてくれると思ってね」
下手をしたら倒れていた可能性だってあるんだからもっと気をつけるべきだ。
高校最初の思い出がそれでは嫌だろうが。
どうせなんらかのことで失敗するんだとしてもそれはもう少し後がいい。
だが、
「今日から高校生だね、健也は楽しみ?」
「まあ、流石の俺でもな」
「だよねっ、お互いに楽しもうね!」
いや、俺は楽しむことよりも先に慣れるために頑張らなければならない。
彼女と違って慣れない相手のところにぐいぐい行けるわけでもないから既に不安だった。
それに中学校とは違って授業内容だって当然、厳しくなるだろうからな。
とにかく、五月までは真剣にやるしかなかった。
ちなみに、残念ながら彼女とは別のクラスになった。
よかった点は入学式も、初めてのHRも特に問題なく終えることができた、ということだろう。
まあ、自己紹介タイムは月曜日にあるからまだ油断はできないが……。
「残念残念残念だー、健也と別のクラスだった~」
「残念そうには聞こえないな」
「残念だよ」
生徒がいくら文句を言おうと変わらないことだから帰ることにした。
個人的に言わせてもらえば別のクラスになれてよかったと感じている自分も実はいるんだ。
高校生になったら恋愛とかも頑張りたいと言っていた彼女の足を引っ張りたくはないから。
側に仲良さそうな異性といるというのもそういうときだけはマイナス要素になりそうだからというのもある。
「健也、なにか食べに行こ」
「それなら香澄が食べたい物が食べられる店に行ってくれればいい」
「分かった」
選ばれた場所は近くのファミレスだった。
ここなら結構自由度が高いからゆっくりできていい。
ジュースも飲み放題だからこういうときに飲んでおこうと決める。
「健也とは初めて別のクラスになっちゃった」
あ、そういえばそうだ。
俺達は出会ってからずっと同じクラスだったし、休み時間になる度に一緒に過ごしていたからこれからは結構変化がありそうだった。
もっとも、悪いことばかりではないからそれでいい。
彼女もすぐにクラスが別のことなんか気にならなくなることだろう。
「多分これは影響してくるだろうな~」
「どうだろうな」
もし悪く変わるとすればそれは俺の方だ。
だが、彼女にとってはせっかく離れることができたのにそれでは意味がないからそういう意味でも頑張らなければならない。
遅生まれだとしてももう高校生なんだ、彼女に甘えてばかりではいられない。
楽観視しているだけなのかもしれないものの、そんなことにはならないんじゃないかと考えている自分もいる。
「お待たせしました」
料理が運ばれてきたからとりあえずそちらを食していく。
少し払えばこうして美味しい料理が食べられるというのはいい時代だった。
仲のいい相手と一緒に食べられているというのも大きい。
食事中は静かになるのが彼女なので、なんとなくしんみりとした気持ちになった。
「ごちそうさまでした」
これがもしかしたら最後になるかもしれない。
それは大袈裟でも外で一緒に過ごすことはなくなるかもしれない。
できたとしても一緒に帰るぐらいかもしれない。
ただ、そう考えていてもなにかをしようとは思っていなかった。
俺は別に彼女のことをそういう目で見ているとかそういうことではないからだ。
もし好きでいたのならここで告白をしていた可能性もあるが……。
「そろそろ帰ろっか、実は昨日あんまり寝られなくて眠いんだ」
「だな、払ってくるから外で待っていてくれ」
なんとなく悪い方へ傾きかけていたから代わりに払わせてもらった。
渡してこようとしてきたそれを断って、暖かい気温の中歩いていく。
「健也」
「ん?」
振り返ってみたら真剣な顔の彼女がいた。
なんだと考えている内に「本当に頑張ろうね」と言ってくれたから助かった。
ああ、そう答えて歩いていく。
悲しいことではないから気にしなくていい。
特になにかがあるというわけでもないのに上手く気がした。
自己紹介タイムも身体測定とかも特になにもなく終わった。
となれば当然授業も始まったわけだが、付いていけないということもなかった。
まあ、ここに存在できている時点でそうならないことは分かっていたのだが、やはり実際に受けてみるまでは不安になってしまうということだ。
「小畑君」
どちらかと言えばじっとしていたいタイプというのもあって席に張り付いていたら男子が近づいてきた。
何気に彼、三嶋
月曜日の全てが終わったときに話しかけてくれたんだ。
「どうした?」
「あ、今日の放課後って時間はあるかな?」
「ああ、どこかに行きたいなら手伝うぞ」
元々、高校でも香澄は部活動をすると決めていたから一緒にいるのは難しかった。
だからどう考えても俺の方がひとりぼっちになる可能性が高たかったのだが、彼のおかげで早速その心配をしなくて済むようになった、ということになる。
他者を拒絶しているわけでもないのに残ってくれたのは香澄だけだったからこれは本当にありがたい話だった。
もし今日行った店でなにか欲しい物でも見つけたら買ってやろうと決める。
「うぅ、もうすぐ次の授業か……」
「まだ慣れないよな」
「うん、それにどうしても悪い方に考えてしまうんだ」
俺もそうだから気持ちは分かる。
大きく成長したのは外面だけで内面はなにも変わっていないと言える。
ここは昔から指摘され続けてきたことだからそろそろ変えたいんだが、まあ、変えようと決めてすぐに変えられるのなら苦労はしないわな、というところで。
「その点、小畑君は堂々としていられて羨ましいよ」
「いや、俺も名字と同じような感じだぞ?」
「でも、このクラスで三番目ぐらいの身長だよね?」
とはいえ、百七七センチしかないからあまり誇れることでもない。
世の中には平気でもっとでかい人間達がいるからだ。
また、仮に大きくてもそれを活かせていなかったら意味がない。
つまり、部活に所属しようともせずにしている俺ではねえ、というやつだ。
「三嶋の方がすごいよ、最初のテストも問題なくできていたわけなんだからな」
「あー……それは勉強しかやることがなかったからだよ」
「それでも勉強をしようと選んだのは三嶋だからな」
堂々としていればいい。
他者はそこまで気にしているわけではないし、そんな人間が悪く考えることで自滅してしまうのはもったいないから。
とにかく、予鈴が鳴ったから席に戻るように言った。
それからすぐに授業が始まって、終わったらまた一緒に過ごして。
そんなことを繰り返していたらあっという間に放課後になった。
「いいかな?」
「おう、好きなところに行ってくれ」
正直に言うと全く似合わないスポーツ用品店に彼は入店した。
留まっていても仕方がないから付いていっているものの、なんでなんだ? と考えてしまうのは偏見がすごいからだろうか?
いやだって、運動が大好き少年には見えないからだ。
「これが欲しかったんだよね」
「グローブ? もしかして野球部に入りたいのか?」
「ううん、キャッチボールがしたいだけなんだ」
「それなら俺のやつを貸してやるぞ、ふたつあるからわざわざ買わなくて済むぞ」
安い商品というわけではないからいい提案だと自分ながらに感じたわけだが、彼は先程のように首を左右に振るだけだった。
借りるのが申し訳ないというのと、自分のじゃないと落ち着かないからだそうだ。
あと、長く使った際に愛着の差も出てくるから、ということらしい。
で、彼は高校生らしからぬ財力で実際にグローブを購入していた。
色々な意味で眩しく感じてしまうのは自分がアレだからだろうか?
「高校からやってみてもいいんじゃないか? あの高校は強いというわけでもないんだからさ」
「うーん、勉強と両立できるかな?」
「あ、いや、部活動に励む高校生活というのも悪くはないと考えただけなんだ」
悪かったと謝っておく。
大体、自分はする気がないくせになにを言っているのかという話だろう。
本格的にやることになったらグローブ以外にも必要になってくるし、なにより、親も巻き込むことになるんだから変なことを言うべきではなかった。
勉強が好きだということならこれからもそれを続けておけばいいんだ。
「なにかをして自分を変えたかったのは確かなんだよね」
「矛盾しているけどさ、なにも部活だけがいい方に変えられる方法というわけじゃないだろ?」
「うん、そうなんだけど……」
意外と部活動に興味を抱いているということか。
何気に隣の市の中学校には部活強制入部ルールがなかったみたいなので、そこに通っていた人間であれば気になるのかもしれなかった。
勉強しかやることがなかったという言い方も少し気になる。
普通ならいいことのはずなのに彼的には違うみたいな言い方だ。
「話を聞くぐらいなら俺にもできる、なにかまた悩んだら教えてくれ」
「うん、そのときはよろしくね」
途中で別れて帰路に就いた。
それにしてもグローブか、なんか懐かしいな。
俺の通っていた中学校の野球部は初心者の寄せ集めという感じでしかなかった。
負けることが当たり前で、負けても恐らくキャプテン以外は悔しいと感じていなかった。
それどころか俺は最後の大会が終わったとき、これでもう練習しなくて済むんだとすら考えてしまったぐらいだから思い出すと微妙な気持ちになる。
あそこで真剣にやっていたら変われたかもしれない、そんなことをずっと考えてしまっているぐらいだ。
でも、俺の場合はなにかチャンスが訪れてもそれに気づいておきながらなんにも活かせないで終わるだけなんだ。
「ただいま」
俺の望むことは変化ではなく現状維持をしたい、ということだった。
慣れるために頑張ろうとしていただけだから矛盾しているわけではない。
なにか目新しいことがなくてもいいから平和な毎日がいい。
なんて、そんなことを考えていてもきっと上手くはいかないのだろうが。
「懐かしいな」
卒業式に香澄とふたりだけで撮ってもらった写真がここにある。
懐かしいと言っておきながらあれだが、ついこの前の話だった。
泣きまくっている香澄を落ち着かせるのが大変だった。
だからこれを撮ったときなんかはもう目元が赤く腫れていて、痛々しいぐらいで。
だが、そうやって感情を恥ずかしがらずに出せる香澄が少し羨ましくなったのも確かだ。
なので、これからもそんな感じでいてほしかった。
「健也ー、友達できたー?」
「ああ、幸いな」
今日は廊下でゆっくりと話していた。
なるべく行かないようにしているわけだが、彼女が来た場合話は変わる。
なにも嫌われたいわけではないから普通に一緒にいればいい。
「男の子?」
「ああ、そうなるな」
「そっか、よかったね、同じクラスにひとりでも友達がいてくれたら安心できるだろうからさ」
利用するつもりはなくても三嶋がしっかりしているというのは助かっている。
というか、既に色々なことで助けてもらったからなにかをしてやらなければならないんだ。
さ、流石にあのスポーツ用品店で買ってやることは値段的にできなかったが……。
ただ、今度小遣いを貰えたらタオルでも買ってやろうと決めていた。
それなら気持ち悪がられることもないだろう。
「私はそろそろ仮入部期間になるからね、わくわくしているよ」
「運動しているときの香澄が一番香澄って感じがするからな、試合とかになったら見に行くよ」
「ははは、まだまだ先の話だよ」
中学のときも行けるときは行っていた。
強さとかではなくて楽しそうに、そして、真剣にやっている親友を見たかった。
負けたときは思い切り泣くからそういうときは声をかけずに帰ったりもした。
相手のためになっているのかどうかはともかくとして、一応俺もそれなりに相手のことを考えて行動できるということだ。
自分では悪いことだと考えたことはないので、これからも続けていきたいと考えている。
「でも、なにかがあったら抱え込まずに言ってくれ」
「え? あ、うん、……またあのときのようになっても嫌だから」
特になにか大事があったとかそういうことではない。
やる気の違いから部員と衝突することになった、ということになる。
ちなみに俺はそのことを言われるまで全く分かっていなかった。
部活内の問題だけではなく学校生活にも影響が出始めてやっと、そういうことがあったんだと知ることができたんだ。
なにができたというわけではないが、俺はそれが普通に悲しかった。
彼女のことだから自分だけでなんとかしようとしたのかもしれないし、部活内での問題だからそこで留めておく必要があると考えたのかもしれない。
だが、仮にそうでも困っていたのなら……と考えてしまうんだ。
「健也はしないの?」
「しないよ、道具を揃えるのだって金がかかるからな」
「もったいないね、格好良かったのに」
格好いいとかそんなことはありえない。
怒られない程度に毎日やっていただけだから。
土曜日に出なければならないときでもなんでだよと呟いていたぐらいだからな。
「小畑君、今日も――っと、邪魔しちゃったかな?」
「気にしなくていい」
甘い雰囲気というわけでもなかったのにすぐにこうなるから不思議だ。
用があったのなら余計なことを言わずに言ってくれればいい。
何気にこれで何度も遠回しに振られているからというのもあった。
あれ地味に傷つくんだよなあ……。
「それよりか、彼女さんか……な?」
「違うよ、ずっと前から一緒にいる親友というだけだ」
だから今回は香澄が話すよりも先に否定させてもらった。
彼は「そうなんだ」と答えた後に自己紹介をしていた。
真面目組同士、この後いい関係に~なんてことにならないだろうか?
仮にそうなったら応援するつもりでいる。
「へー、三嶋君から話しかけたんだ? よく話しかけられたね」
「気になってね。少し怖かったんだけど、優しく対応してくれてよかったよ」
そりゃ不良でもあるまいし冷たく対応する意味がない。
俺は堂々といられているわけではないから寧ろ合わせていくしかない。
しかも苦手な自己紹介タイムが終わった後だったのなら尚更のことだ。
「これでいてすぐに不安になる子だからね、だから三嶋君さえよければ一緒にいてあげてほしいなって」
「うん、友達になってもらったからね」
なってやった、なんて考えたことはない。
なってもらった、とも考える必要はないだろう。
「あ、三嶋君がなにかで困ったら遠慮なく言えばいいんだよ? 健也ならちゃんと聞いてくれるからさ」
「なるべくそういうことがないようにしたいけどね」
「うん、それは確かにそうだね」
いや、香澄は全く言ってこないところを直してほしかった。
ずっといたからこそやはりそこは変わってくるんだ。
俺にはできないということなら……それはもう仕方がないと片付けられるが、そういうことも言わずに隠し続けることを続けているから嫌だった。
「っと、予鈴だから戻らないとね」
「そうだね」
授業を無視するわけにもいかないから別れて戻った。
ここも少しずつ変わっていきそうだった。
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