第18話 蠢く陰謀


〜〜ケンゼランド視点〜〜


ーーロントメルザ平原ーー


 私達は馬の手綱を枝に括り付けると、ゆっくりと辺りを警戒しながら歩いた。

 私とヤーリーは特殊なコートを羽織る。

 そのフードを深々と被り、決して肌は見えないようにする。


 これは魔除けのコート。

 こいつを着ていれば周りのモンスターからは姿が見えないのだ。



 フードを少し上げると、300メートル程先に大きな塔が見えた。


「あれがロントメルザの塔か……。真っ黒で禍々しいな」


「おいおい……ケンゼランド〜〜。いくらマワルに一泡吹かせたいからってよぉ。何も俺達がやることはないんじゃないか? 金で人を雇ってさぁ。やってもいいだろうがぁ?」


「バカを言うな。俺達はB級モンスターを誘導してハジマールに連れて行こうとしているんだぞ。こんなことが他の者にバレたら爵位剥奪は免れん」


「で、でもよぉ……。俺達はE級冒険者だぜ。この周辺のモンスターは強すぎるぞ」


「心配するな。このコートさえ深く被っていればA級モンスターまでには姿が見えないんだ。この辺に巣食うモンスターは全てB級以下。それ以上となると、あの塔に封印されているS級モンスターのダークドラゴンだけだ。俺達はあの塔には近づかないんだからな。絶対に安全だ」


「うう……。ほ、本当に大丈夫なんだろうな? ダークドラゴンになんか遭遇したら俺達は一溜まりもないぞ」


「安心しろよ。ダークドラゴンはカイジョルの聖典によって封じられているんだ。聖典は強固な扉に閉ざされた祠に封印されているというからな」


「だ、だったら大丈夫か……。その祠に近づかなければ良いんだからな」


「そういうことだ。俺の計画は完璧。俺達は絶対に安全だ」


「あ、安全と言われてもなぁ。ま、周りは上級モンスターだらけだぜ。生きた心地がしねぇよ。ったく、それもこれもあのブーメラン野郎のせいだぁ!!」


 ふん。正にそのとおりだな……。

 これも、あのにっくきマワルに苦汁を飲ませる為だ。多少の危険は止むおえまい。


 B級のモンスターを誘導してマワルと戦わせてやるんだ。

 ククク……。奴の絶望する顔が目に浮かぶ。


「なぁケンゼランド。そろそろこの辺でいいんじゃないか?」

 

 確かにな……。この辺ならB級モンスターばかりだ。


「ハジマールに誘導するのは頭の悪そうなモンスターを選ぶんだぞ」


「なんでも良いんじゃないのか?」


「知力が高いモンスターは厄介だ。この誘いの笛の効果を打ち消すかもしれん」


 俺は禍々しい装飾の施された横笛を取り出した。


「こいつでモンスターを操って誘導してやる」


「は、早くやろうぜ! あそこにいるマグマ蜘蛛なんかどうだ? 凶悪なB級モンスターだぞ」


 うむ。蜘蛛なら知力は大した事がないだろう。

 この笛でも上手く騙せそうだ。


「よーーし。あの蜘蛛にするか!」


 横笛を吹こうとした瞬間。女の声がした。

 それは透き通るような美声で、それだけで心が奪われる。


「あら。こんな所に冒険者が来たのね」


 それは美しい女だった。

 肌は白く輝き、金色の髪はサラサラと揺れて煌めいた。

 溢れそうなほど大きな胸は男の視線を釘付けにする。

 大きな瞳と長いまつ毛が動く度に胸の鼓動が激しくなった。


 どうしてこんな所にこんな美女が??

 服装は村人の女だ……。

 手籠には薬草を積んでいる。

 つまり、薬草を摘みにこの平原に来たってことか?

 し、しかし、ここはB級モンスターが徘徊する一般人の立ち入り禁止区域のはず??


 俺の思考を他所にヤーリーは目をトロンとさせて声を掛けていた。


「こんな所でお姉さんの一人歩きは、へへへ……危ないぜ」


「あら心配してくれるの? 優しいお方ね」


「へへへ。俺は紳士なんだ」


 くそ、ヤーリーの奴、抜け駆けしやがって。

 しかし、この女はなんだか怪しいぞ。慎重に観察しなければならん!


 女は屈託なく笑った。


「魔除けの香水をかけているんです。だからモンスターが寄ってきません」


 なるほど。香水は私達の着ているコートと同じ効果だ。

 これで彼女がこの場所に入れる理由が解決した訳か。しかし──。


「お嬢さん。ここは一般人の立ち入り禁止区域ですよ? どうして入ったのですか?」


「実は家の扉が壊れてしまって、中に入れなくなってしまったんです。その修理費用を稼ごうと思って、ここで薬草を摘み、土ウサギを捕っていました」


 女の手籠には薬草と、その陰から茶色の土ウサギが見えた。


 なるほど。土ウサギの香草焼きは美味いからな。高値で売れる食材だ。

 女の理屈に不振な点はないか。

 だったら恩を売って仲良くなるに越したことはないな。


「お嬢さん。家の扉は私が修理しましょうか?」


「ケンゼランド。お前にそんなことができんのかよ?」


 私はヤーリーの肩を抱いた。女に聞こえないようにヒソヒソと話す。


「貴族の私に修理なんてできる訳がないだろう!」


「は? 俺もできねぇぞ?」


「そんなことはわかっている!」


「だったらなんでできもしないことをお姉さんに言うんだよ?」


「とっかかりだよ! 親しくなるにも理由がいるだろう! 修理なんざ金を出して大工にでもやらせればいい」


「ああ、なるほどな」


「女は金がなくて扉の修理もできないんだぞ? つまり頼れる男が近くにいないんだよ!」


「確かに! だからこんな危険な場所に一人で来てんのか!」


 しかも扉が壊れて家に入れないんだぞ。

 間抜けな女だ!


「あの女にはいくらでも隙がある!! とっかかりを作ればモノにできるかもしれん!!」

 

「モ、モノにってどういう意味だよ!?」


「あんな美女なら彼女にしても良いし……。か、体をもてあそんでもいいんじゃないか?」


「も、もてあそぶって……。マ、マジかよ。つ、つまり犯しちまうのかよ」


「そうだ……。良心が咎めるか?」


「いや! やりたい! デュフフ……」


「そうこなくちゃ」


 私はアイアさんを彼女にしたいからな。

 この女はやるだけでいい。


「一番はお前に譲ってやる。私はお前が楽しんだ後にしよう」


「マジかよ! 流石はケンゼランドだ!」


「ククク。じゃあ女と仲良くなるか」


「おう!」



 女は首を傾げた。


「何をボソボソと話しているんですか?」


 不味い! 長話しをしすぎた!

 不審がられては仲良くなる作戦が台無しだ。


「ははは。なーーに。あなたがあまりにも美しい故、私共は戸惑っていたのですよ」


「まぁ……。そんな……美しいだなんて……」


 この女。少し褒めるだけで顔を赤くしたぞ。

 ククク。ちょろいちょろい。


「それでは貴女の家に行きましょうか。扉を直してあげますよ」


「あーー。それなら……」


 と、女は高い木の枝を指差す。


「あそこにいる鳥を捕まえて欲しいのです」


 鳥は不思議な形をしていた。体はカラスに見える。その頭部は完全に鍵になっていた。


 鳥……なのか??

 まぁ、羽があるし、鳥か……。


「なんです? あの鳥は?」


「カギルア鳥といいます。どんな壊れた鍵も開けてしまう鳥です」


 聞いたこともないモンスターだな。


 ヤーリーはモンスター図鑑を捲りながら眉を寄せた。


「そんなモンスター。図鑑にも載っていないぞ」


「弱すぎて図鑑に無いのだと思いますよ。攻撃はしませんからね」


 なんだ。だったら警戒することはないな。


「しかし、あの鳥を捕まえるのは厄介そうだ」


「あなたの笛があるじゃありませんか」


 ほう。この誘いの笛を知っているのか。

 ならば、その貴重さもわかるだろう。

 ここは一つ、恩を売っておくか。


「これは貴重な笛ですからね。そう安易と使う訳には……」


「なんとかお願いします。その笛でカギルア鳥を誘導できれば、家の扉を開けることができます。そうなれば、この土ウサギを売らなくて済むんです」


「しかし……。これは貴重な笛なんです」


「家の扉を開くことができれば、この土ウサギの香草焼きをご馳走しますよ。3人で豪華な夕飯を食べましょうよ」


 おほ! それは良い案だ!

 ついでにお前も食べてやるからな。


「うーーん。どうしよう……」


「是非、お願いします」


「そこまで言うなら仕方ありませんね。この笛を使いましょうか」


「わぁ! ありがとうございます!」


 女は手を叩いて喜んだ。

 早速、誘いの笛を吹いてカギルア鳥を誘導する。



ピ〜〜ヒョロピ〜〜。

 


 奇妙な音が平原に響く。

 この音色に連れられてカギルア鳥は私達の後を付いてくるようになった。


「ケンゼランド。中々上手いもんだな」


「ふふふ。この笛は音色と共にモンスターを操れる。まぁ、B級レベルまでだがね」


 女は奇妙な石作りの小屋の前で立った。


「ここです。私の家」


 な、なんだここは?

 家にしては作りが妙だが??


「な、なぁケンゼランド。ここって家と言うか……。ほ、祠っぽくないか??」


 確かに……。


「これは……祠だ」

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