第8話 鉄球の僧侶
女の子はソフトクリームを食べ終えると、自己紹介をした。
「私。アイア・ボールガルドと言います」
「俺はマワル・ヤイバーンだ。よろしくな」
「マワルさん……。優しいですね」
「え……。いや……。たまたま通りかがっただけだよ」
「ふふふ……。なんだか、マワルさんなら話せそうです。こんな……笑い話」
笑い話ねぇ……。あんなに泣いていたのにな。
随分と皮肉を言うじゃないか。
「私……。今日が守護武器の認定式でした」
「おお、そうか」
「それで……。私……。学校に入ってずっと僧侶の勉強をしていたんです。杖の使い方だってずっと練習してきました」
「ああ……」
もうなんとなく察しがつく。
俺は彼女の横に置かれているピンク色の鉄球に目をやった。
「生徒は私を含めて20人。そのみんなが今日認定式でした。それで……うう」
アイアはポロポロと涙を流す。
「あ……あのさ。辛いんだったら話さなくてもいいぜ?」
「いえ……。聞いてください。マワルさんに聞いて欲しい」
「う、うん。なら聞くけどさ」
「みんなは守護武器が杖でした。私以外、みんなですよ? うう……。わ、私は……この、て、て……」
その涙は激しくなる。
「鉄球だったんですぅうううううう!! 私の守護武器が鉄球だったんですぅうううう!! うぇえええええええええええええん!!」
自分だけ鉄球か……。俺も剣を待ち望んでいてブーメランだったからな。
とても人ごとじゃないや。
「オワターー!! 人生オワターーーー!!」
彼女は新品の僧侶の服を涙でべちょべちょに濡らした。
きっとこの服は気合を入れて新調したんだろうな。
「家業を継ぎますぅう!! うううう!! 冒険を諦めて細々と暮らしますぅうううううう!!」
杖を使って颯爽と冒険をする。それが彼女の夢だったんだろう。
鉄球は運命神バーリトゥースからの贈り物だからな。それを隠して杖を使って冒険なんてできないし、彼女にすれば冒険者になるのは諦めるしかないのか……。
「うう……。ううううう!! うぇええええええええん!!」
彼女はブレイズニュートの石像を見上げた。
「英雄は大賢者と共に旅をしたそうです。私だって……。うう……」
さしずめ、守護武器が剣の冒険者とパーティーを組んで冒険するのが夢だったんだろう。
でもなぁ……。別に鉄球でも冒険者になれるんだよな。
「なぁ……。まだ夕方だしさ。ギルドの受付は閉まってないぜ?」
「うう……。なんの話ですか?」
「冒険者の登録さ。まだだろ?」
「は? いえ……。家業が洋裁屋なんです。それを継ごうと思います」
「家業を継ぐことを否定しないけどさ。自分の人生。やりたいようにやってみないか?」
「だ、だってぇ……。私の守護武器は鉄球なんですよ? こんなのギルドの人に笑われちゃいます。事実、学校のみんなには大笑いされちゃいました」
「お前、魔法は使えんのか?」
「え? ええ。回復魔法に解毒魔法が使えますが?」
「凄いじゃん。その実力は守護武器と関係ないよな」
「で、でもでも。杖じゃないんですよ? 僧侶といえば杖ですよ。その方が断然カッコいいです」
俺は鼻先を指でかいた。
「俺の守護武器さ……。コレなんだ」
ブーメランを見せる。
アイアは目を見開いた。
「け、剣とか槍とか……斧じゃないんですか?」
「ああ。ブーメランなんだ」
「ブ、ブーメラン……」
彼女は俺のバッジに気がついた。
「え、凄ッ! マワルさんE級なんですか??」
「ああ。今日、昇級テストに合格したんだ」
「ブーメランで……」
「冒険者の実力にさ。守護武器とか関係ないんだよ」
「…………」
俺は彼女の手首を掴んだ。
「さぁ行こうぜ! 今日はアイアの記念すべき日なんだからさ」
「え、あ、ちょ……。マ、マワルさん」
アイアは真っ赤な顔で困っていた。
ーー緑のギルドーー
「鉄球ぅ!? 守護武器が鉄球なんですか?」
受付嬢は目を見開く。
俺は彼女をジト目で睨んだ。
「受付嬢は仕事をこなす! 私情を持ち込むなよな」
「こほん。まぁ……僧侶はサポートメインですからね。どんな守護武器でも命の危険は変わりません。少し変わった武器なので驚いただけです」
受付嬢は事務処理を遂行。
アイアにはオレンジ色のFと書かれたバッジが渡された。
なんだろう、自分のことみたいに誇らしいや。
「おめでとう。今日からアイアは冒険者だ」
「あ、ありがとうございます!」
彼女はバッジを見て何度もニヤついていた。
胸に付けるとまた笑う。
「へへへ……。ど、どうですかマワルさん?」
「うん! 似合ってる! 凄くカッコいいよ!」
「えへへ……。あ、ありがとうございます」
さて、彼女は冒険者になれた訳だが。
希望としてはブレイズニュートみたいな剣士の仲間になりたいんだろうな。
剣士の知り合いといったら……。ケンゼランドになっちゃうけど、あんな奴はとてもすすめられんしなぁ。
突然、驚きの声がギルドに響く。
「あーーーー! アイアだぁーーーー!!」
それは20人くらいの団体。みな、僧侶の服を着ている。
アイアを知っているってことは、同じ僧侶学校の生徒なんだろう。
彼女は顔をふせた。
「えーーマジィイ!? バッジ付けてんじゃん!」
「おいおい! アイアも冒険者になったのかよぉおお!!」
「ぎゃはは! 鉄球女が冒険者ぁ!? ちょウケるんですけどぉ!!」
アイアはポロポロと泣き始めた。
「身の程知らずって怖いわぁ〜〜。鉄球僧侶が冒険者とかヤバ〜〜!」
「誰も仲間にしないだろうよ。かわいそうに……」
「そうそう。絶対に仲間なんかになれないっての、かわいそ〜〜」
「単独の僧侶とかマジウケるんですけど、プクク」
彼女の涙が床に落ちた時。
俺はブーメランをテーブルにぶっ刺した。
グサァアアッ!!
その音の大きさにギルドは静まり返る。
俺は少しだけ眉を上げた。
「お前ら知らなかったのか? 彼女は俺の仲間なんだぞ?」
生徒達は息を飲み込んだ。
アイアはキョトンとした目で俺を見つめる。
「誰あの人?」
「あのブーメラン。もしかして今ギルドで噂のマワルかな?」
「ああ、ブーメランでゴブリンを5体も倒したっていうあの噂の新人」
「なんでも最速で昇級したらしいぞ」
「え? じゃあアイアの仲間は上級者じゃん??」
「なんでそんな冒険者とアイアが仲間なんだ??」
俺はアイアの背中を優しく押した。
「アイア、行こうぜ。ここは空気が悪いや」
出口に向かった俺はゆっくりと振り返った。
同時にブーメランを投げつける。それは生徒の間を潜ってグサリと壁に突き刺さった。
「そうだお前達。今後、俺の仲間をバカにすることがあったら──」
「──絶対に許さないからな」
生徒達は凍りついた。
俺は呟く。
「
ブーメランが俺の手に戻ると生徒の口から声が出た。それは膨らんだ風船に穴が空いて空気が漏れるような悲鳴だった。
「「「ひぃいいいいいいいいいい!!」」」
◇◇◇◇
外。
もう日が沈み、綺麗な満月が出ていた。
「あーー。なんかすまんな。成り行きであんなこと言っちゃてさ」
アイアは大きく首を振った。
「アイアはさ。剣士の仲間になりたいんだろ? それは十分わかってるからさ。さっきのは忘れてくれていいから」
彼女は俺の両手を握った。
「私……。マワルさんの仲間になりたいです」
「え? で、でも……俺、剣士じゃないぞ?」
彼女はまた大きく首を振った。
「こんな私じゃ……ダメですか?」
彼女は回復魔法が使えるからな。仲間になってくれれば助かるだろう。
「でもさ。俺に気を使わなくていいよ。アイアは自分の冒険をすればいいんだからさ」
「今……してます」
「え?」
「私の冒険は今始まっているんです」
「どういうこと?」
彼女は俺の手をさらに力強く握りしめた。
「私をマワルさんの仲間にしてください。必ずお役に立ちますから。どうかお願いします」
ああ……そういうことか……。
「本当に……いいのか? 俺なんかで? 俺の守護武器ブーメランだぞ?」
彼女はコクリコクリと頷く。その眼差しは俺から離れることはなかった。
「あ……。じゃ、じゃあ仲間になるか……俺達」
ははは。なんか照れくさいな。
見ると彼女は号泣していた。
「なんだよ!? やっぱり嫌なんじゃないか!!」
「これは嬉し涙です」
「へ?」
「私……。マワルさんの仲間になれて本当に嬉しいです!」
「あ、そ、そうなのか??」
「ありがとうございます、マワルさん!!」
「え、あ、うん」
「人生の中でこんなに嬉しいことはありません!!」
「んな大袈裟な!」
アイアは飛び跳ねた。
「やったやったぁ!! 私はマワルさんの仲間だぁああああ!!」
「お、おいおい」
彼女はもう一度、俺の両手を握った。
「がんばりましょうね! マワルさん!!」
「お、おう。よろしくな」
「うふふ……。私、今日から冒険者です!!」
「ああ! 俺達は冒険者だ」
アイアは満月に向かって叫んだ。
「よおおし! やるぞぉおお!! 大陸一の大僧侶になってやる!!」
「ほーー! いいじゃん!! んじゃ俺も!!」
俺は満月に向かって宣言した。
「俺は剣聖ブレイズニュートを超えてやるぜ!!」
アイアは勇ましく笑った。
「マワルさんなら絶対になれますよ!!」
「おう! ブーメランと鉄球で大陸に名を馳せようぜ!!」
「ブーメランと鉄球……。どっちも飛び道具ですね」
「バランス悪ッ!!」
「「 プッ…… 」」
大 爆 笑 !
俺達は満月の光の中、笑った。
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現在の状況【読み飛ばしてもストーリーに影響はありません】
名前:マワル・ヤイバーン。
冒険者等級:E級。
守護武器:ブーメラン。
武器名:ヴァンスレイブ。
レベル:4。
取得スキル:
アイテム:薬草。図鑑。
所持金:3万2千エーン。
仲間:僧侶アイア・ボールガルドNEW
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